部下を見ない上司はいるが、上司を見ない部下はいない

昨年秋から社内のリーダー職を中心に「自己変革プログラム」という取り組みを行っている。このプログラムを行う度に、自分が人の上に立つ立場になりつつあることを実感する。

ベイジには中途入社だったが、当時は今以上にベテランばかりで構成された会社だったため、自分は年齢も立場も一番下だった。当然ながら、それまでに在籍していた会社でも部下だった時期があり、上司としてより、部下としての経験の方がまだ長いだろう。そんな部下だった頃の自分を振り返ってみると、上司のことをよく見ていたな、と思う。

あの上司はすごい。あの上司は尊敬できない。あの上司にはついていきたい。あの人は上司とは思えない。

上司の中には部下のことをあまり気にかけない人もいるが、反対に上司を見ない部下というのはほとんどいないのではないだろうか。

自分がかつて在籍していたある会社は、下から上への不満が非常に多かった。幹部と仲が良かったり、ただ社歴が長いというだけで評価される会社だった。努力や実力、成績ではなく、単に長く在籍しゴマをすっておけば出世でき、肩書がもらえ、昇給できるような風土だった。少なくとも、部下である自分にはそう見える会社だった。

現場には契約社員やアルバイトなどもいたため、正社員だった自分はチームでは2番手や3番手の立場にいた。リーダーが異動となり、半年くらいリーダー代理として働いたこともあった。チームごとに売上ノルマとランキングがあったが、自分が代理の時は常に売上がトップだった。常に割り込んでいた前年比を上回る成績も出し続けた。

しかしそのことが評価されたことはなかった。昇進や昇給の声がかかることもなかった。給与査定もなく、役職で給与が自動的に決まるシステムだった。そのため、どんなに売上に貢献しても、業務提案をしても、給与は常に20万円の据え置きだった。

反対に、任されたチームの売り上げをことごとく下げ、知識もなく、成果を出さなくても、在籍期間が長く、幹部と良好な関係を持っていただけに見える人が、倍以上の給与をもらっていたこともあった。

その会社では、優秀な人が契約社員やアルバイトのままであることも多かった。そういう人たちほどすぐに辞めていった。その会社には上司はこうあるべきだという啓蒙も価値基準もなく、それをベースとした評価の仕組みもなく、各人が勝手に思っている上司像のまま野放しであったが故に、様々な上司を垣間見ることができたともいえる。

上司になると、目の前に降りかかる仕事だけをしていればいいわけではない。部下のモチベーションを敏感に感じ取り、自ら成長するのを促したり、部下を主役にしつつ裏から支えたり、時には自分の背中を見せたりし、チーム全体の指揮を高めていくのも上司の重要な仕事だ。

かつて自分が尊敬できなかった上司。口だけだと感じた上司。こうはなりたくないと思った上司。なんだこいつと思った上司。しかし今、そういった上司たちとの経験を活かすべき時がやってきたと感じる。

単に自分のためというだけでなく、部下から尊敬される上司・先輩と見られ、部下が模範とし、部下のやる気に繋げていきたい。技術力に限らず、指導力や社内での影響力に至るまで、様々なことを学び、常に実践していくよう心がけていきたい。そのキッカケを、現場での経験はもちろんだが、自己変革プログラムやビジネス書などから得られればと思っている。