分業で仕事をする上で気を付けたいこと

今のWeb制作は分業制である。Webサイトが完成するまでに、ビジネス戦略の策定があり、コンテンツの企画があり、情報設計があり、デザインがあり、フロントエンド実装があり、サーバサイドの開発があった後、公開されてユーザの目に触れる。しかしメンバーのほとんどは、その中の一部を担っているに過ぎない。

分業にはメリットとデメリットがある。メリットはもちろん生産効率のような面もあるが、それ以外に、自らの専門性を集中して、研ぎ澄ませることができることがあげられる。一方デメリットとしては、専門分野以外の視点が弱くなることがあげられる。

分業では、自らが担当する専門分野以外のことはやりません、それは決めてから指示してください、といった言い分もまかり通る。分業による生産の高速化を活かすには、ある程度は明確な役割分担も必要ではある。

しかしながら、明確な役割分担が行われることと、ベストなアウトプットを生み出すことは別問題でもある。役割分担が明確で、自分の役割をきちんと全うしていても、プロジェクトが最終的に求めている成果に結びつかいこともある。そうすると、結果的に自分の仕事の成果も見出しにくくなる。分業意識が強くなりすぎると、このあたりの感覚が鈍る。

例えば自分はデザインが主体業務であることが多いが、デザインに含まれる設計やコピー、モーションや実装についてネガティブな指摘が入った際には、それが自分が主体的な役割でなかったとしても、「自分の専門外ですから知りません」と一蹴することはできないし、そうであってはならないと感じる。

もちろん、職歴的に、職能以上の職責を求められている面はある。しかしそれ以上に、自分が仕事をしている時間の中で生み出したものが、結果的に良い結果に結びついていない、そこに良い影響を与えきれていないということに対し、自らの力の至らなさを感じるからでもある。

例えばレストランで自分がウェイターを担当していたとする。そこで作られた料理は最悪に不味いものだったとする。客からはもちろん自分宛にクレームがくる。その時に「いや、作ったのは 僕じゃないんで」と割り切れるだろうか。

客に対して期待に応えられなかったことを謝罪するとともに、少なくとも、厨房に対してフィードバックをせずにはいられない。改善できないか、議論もしたい。その時に自分を突き動かすのは、自分が関わっている仕事が顧客の満足に結びついていないことへの危機感であろう。

例えば、客から届いた指示通りにデザインを作ったとする。無事公開されたは良いが、お問い合わせは一向に来ない。それは指示が悪かったからです、と言えるだろうか。結果は売上に影響を与え、会社の評価に影響を与え、結局は自分に返ってくるものだから、他人事には思えない。

分業であったとしても、我々は最終的に作り上げるWebサイトが求める結果に、強い関心を持つべきだろう。その意識があるから、成果を生み出すための価値ある仕事を、自分の担当の中から見出すことができる。その意識があるから、自分の職責を超えて、物事の良し悪しが判断できるようになる。その意識があるから、自分の職責に囚われず、キャリアパスを築くことができるようになる。

例え分業をしていても、こういった結果に対する意識が強く根付いているチームと、あまり根付いていないチームでは、自ずと自ら作り上げるアウトプットのクオリティも変わり、生産性において何を重視するかの考えも変わり、そして今の自分の仕事から開かれる可能性も、大きく変わってくるのではないかと思う。