働き方改革で生まれた新しい不安

ベイジは直案件でのやりとりが多いため、スケジュールや納期を調整しやすい。3年ほど前になるべく早く帰る方針を全社的に打ち出したこともあり、遅くまで働くことが少なくなって、以前と比べてもより働きやすい環境となったと思う。他にもノー残業デーやプレミアムフライデーを導入していて、Web/IT業界で、特に受託ビジネスをやっている会社としては、結構珍しい例ではないかと思っている。

上記はもちろん続けていくのが良いと思うが、一方で成長スピードが遅くなり、自己の課題を認識しにくくなるのでは、という危惧を抱くこともある。以前、作業が遅くなる日々が続いた時は、いかに納期までに作業を早く終わらせるか、いかにスピードと精度を保てるか、というのを強く意識していた。

時間的な制約が強いほど、思考を働かせ、無駄を省き、洗練された作業を行うようになる。ミスや漏れの修正作業も極力減らさなくてはいけない。自動化できるものは自動化し、重要な作業に注力できる方法を模索するようになる。

しかし、スケジュールを柔軟に調整できるようになったため、ミスや無駄の多い作業で進捗が遅れたとしても、作業者は課題感や遅延時の痛手を感じることなく完遂してしまう。それが当たり前になると、自己改善をしなくなる。

代理店に勤める知人はよく徹夜作業をしている。過労死やワークライフバランスという言葉がある以上、劣悪な労働環境はどんどんなくなるべきだし、それが正しい。だが、個人の成長に関してのみでいえば、健全な環境がベストなのかは疑問でもある。徹夜したことで得た暗黙知もあるし、納期ギリギリでの要望対応で得た気付きもある。

ある分野で一流になるには、10,000時間必要という有名な話があるが、長く働くほど、その分野の技術やスキルに触れる・考える時間が多くなり、10,000時間への到達は早くなる。

もちろん健全な環境でも成長できる。だがそれは個人の裁量にゆだねられるということでもある。常に自分の課題を見つけ、向き合い、理想を追い、社内社外問わず、経験豊富な方からインプットを行い、業務以外の時間も手を動かし、何かしらのアウトプットをし続ける必要があるということでもある。

いろんな企業で働き方改革が進められているが、専門職の場合、健全な労働環境になればなるほど、個人の取り組み方次第で、スキルや知識の差が開くと思っている。

世の中が改善に向かう以上はそれに従いながらも、常に自分の課題や求められていることを考え、自分の成長を起点に、自分はどうあるべきかを見極めた行動を心がけていきたい。