UIが先か人間の行動が先か

コンポーネントを整理していると、人間の行動とUI、どちらの視点に揃えるべきかと時々自問し、混乱してくる。

前者の場合、まず始めにユーザーが望む行為や解決したい課題がある。次のページに移動したいから「リンク」を使う、という考え方だ。

後者の場合は、まず始めにUIがある。例えば「リンク」というコンポーネントがあるから次のページに移動させる、という考え方。

世の中のデザインシステムを見てみると、概ね後者が多いのではないかと感じる。

だがよく考えると、ユーザーがウェブサイトやアプリケーションに求めているのは、必要なページに移動したり登録ができることである。機能さえ果たせれば、そのための部品がボタンであろうとなんであろうと関係ないはずだ

ボタンが「決定」「送信」という行為を生むわけではなく、人間が「決定」「送信」したいから「ボタン」が生まれる。その連続でGUIは発展してきたのではなかったか?

とは言いつつ、人間の行動ありきかUIありきか、こだわりすぎるのはよくないとも考えている。なぜなら、UIがユーザーの新たな欲求を生み、行動を規定することだってざらにあるからだ。

例として、TwitterやInstagramの出発地点はコミュニケーションを欲するユーザーの潜在的なニーズだったはずだ。しかし、UIがサービスとしてコミュニケーションの形式を規定したことで、ユーザーは単なるコミュニケーションへの渇望ではなく、「Twitter / Instagramをやりたい」という特定の欲求を抱くようになった。

Slackにしても、「メッセージを送る」という基本機能はメールと同じなのに、メールとは比較にならないくらい短い文章でのやり取りが行われている。ユーザーは「短文を早く打とう」と思っているのではなく、Slackが提供する快適なUIや使い方に沿って行動しているだけなのだ。

そもそも、人間は自分の欲望や行動をきっちり規定することはできない。もしかすると、そこが「人間の行動を規定するUI」という潮流につながっているのかもしれない。

そういうコンポーネントにおけるある種のセマンティックさについてぐるぐると考えていると、なかなかドツボにハマってしまう秋 (冬) の夜中である。