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枌谷 力(そぎたに つとむ)
1972年11月7日生まれ。NTTデータでコンサル営業後、Webデザイナー/ディレクターに転身。2007年に独立し、2010年、下北沢に株式会社ベイジ設立。主にWebサイトのプロデュースとアートディレクション、デザインをやってます。Web制作のご相談は絶賛受け付けています。ご連絡は 東京のWeb制作会社ベイジ まで。

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切れないハサミと使えないWebデザイン


Webデザイン, Web制作

本エントリーは、以下の目次で構成されています。

  • 2種類のハサミと2種類のWebデザイナー
  • Webデザインの特殊性
  • ビジュアルのディテールに神が宿らないWebデザイン
  • 美しいが使えないWebデザインをしてしまう理由
  • Webデザイナーを支配する「強固な固定観念」と「裏の動機」
  • 美しいビジュアルの根底にあるデザインの本質
  • 本当に「最近のWebデザインはつまらない」のか?
  • ミスマッチが生む不幸なWebデザイン
  • Webデザイナーに求められる自らのスタンス
  • Web制作会社にも求められる明確な価値観

2種類のハサミと2種類のWebデザイナー

例えば、以下のような2種類のハサミが存在するとします。

  1. 工芸品のように美しいが切れ味はよくないハサミ
  2. 見た目はそれなりだが非常によく切れるハサミ

1は、ハサミとしては売れないでしょう。ただ、それが刺激的で斬新なビジュアルであった場合には、特別な賞を取ったり、美術館に展示されたりはするかもしれません。あるいは、部屋に飾るオブジェとして売れるかもしれません。そう狙って作られたのであれば、それは「素晴らしいデザイン」といえます。

2は、工業デザインの考え方です。切れ味には細心の注意を払います。見た目もなるべく美しくしますが、納期やコストを鑑み、現実的なところで妥協します。例えば、価格を低く抑えるために、安い材質の持ち手にするかもしれません。それでも、抜群の切れ味が受けて大ヒット商品になれば、それもまた「素晴らしいデザイン」になります。

この話をWebデザインに置き換えるなら、1はマーケティング的機能よりもビジュアルが優先されたWebサイト、2はビジュアルよりもマーケティング的機能が優先されたWebサイト、ということになるでしょうか。

もちろん、この両方の究極を狙うケースもあるでしょうが、現実には、どちらかの価値観をより重視し、バランスを取ることの方が圧倒的に多いでしょう。

Webデザインの特殊性

Webというメディアには、デザインを施すにあたってのいくつかの特性があります。もっとも特徴的なのは、ビジュアルのディテールをあまりコントロールできない点でしょう。

例えば、紙のグラフィックのように、仕上がりの発色を入念に調整することは、スクリーンメディアではあまり意味をなしません。なぜなら、スクリーン設定やメーカーの違いなどで、色味が変わるためです。

紙のデザインでは非常に重要となるコンポジションも、スクリーンの縦横比や左右のマージンがその都度変わり、ブラウザによって数ピクセルのずれが生じることが当たり前のWebでは、ある程度は割り切らないといけません。

文字詰めに命を懸けるWebデザイナーは多いですが、デバイスフォントは文字詰めができません。普通のユーザは、画像テキストとデバイスフォントの区別を付けず、文字詰めされていないテキストが混在した画面を自然に見ていることを考えると、Webデザインにおける文字詰めという行為にはどの程度の価値があるのでしょうか。

HTMLの核となる要素は、そこに収められているデータです。しかし、データのままでは人には識別しにくいので、分かりやすく読めるよう、CSSでデザインできるようになっています。ただしそこでは、ビジュアルの完成度よりも、より多くの環境での表示や素早いデータ転送の方が優先されます。PCだけでなく、タブレットやスマートフォンでも問題なく閲覧できることを求められるケースも多くなっています。

そのため、ビジュアルコントロールの面では、他のメディアのデザインと比べると、制約がかなり多くなっています。

つまり、冒頭で例にあげた「工芸品のように美しい」というビジュアルを突き詰める価値観は、Webデザインの世界ではなかなか実現しにくいものなのです。

そして、「見た目はそれなりだが非常によく切れるハサミ」を求められる仕事なのに、Webデザイナーが「工芸品のような美しさ」の価値観を優先させると、ビジネスをしたい企業やプロデューサー、ディレクターとの軋轢を生む一因となります。

ビジュアルのディテールに神が宿らないWebデザイン

「ディテールに神は宿る」という言葉をデザイナーは好みます。

ディテールまで丁寧に作りこまれたデザインを見ると気分が高揚し、その仕事に憧れを抱きます。デザイナー自身も、ディテールを詰める作業を好み、できればディテールを詰め続けたいと考えます。

これはデザイナーという職業を選ぶ人間の性でしょう。

そして、自分が没頭したディテールの価値を認めてもらいたいという気持ちが、「ディテールに神は宿る」という言葉によって代弁されます。ただしこの言葉は、時に、誰にも価値のない無駄な作業に時間を使うことを正当化するためにも使われます。

特に、Webデザイナーのいう「ディテールに神は宿る」は、空しい結果になることも多いのではないでしょうか。前述の通り、ディテールを完全にはコントロールできないメディア特性があるからです。せっかく手間をかけても、ユーザに伝わらず、なんの効果も生まれない、ということが往々にしてあります。

あるいはもし、デザインの神がWebの世界にもいるのだとすると、それはビジュアルのディテールではなく、別のディテールに宿るようにも思います。

例えば、CVRを上げるためにボタンを(やや不格好でも)数ピクセル大きくしてコピーを動詞にするとか、不意にマウスオーバーしたときに誤作動させないために実行までに数秒のインターバルを置くとか、検索エンジンを意識して全てのページのDescriptionを丁寧に変えていくとか、そういった部分です。

それはもはやビジュアルが大好きなWebデザイナーたちが憧れる世界ではないのですが、Webデザインにおいては、そういったディテールの方がより意味があるというのが、現実なのです。

美しいが使えないWebデザインをしてしまう理由

Webデザインでは、「見た目はそれなりだが非常によく切れるハサミ」という考えの方が重宝される世界であることは、実は多くのWebデザイナーはよく知っています。それは、この業界で働いていれば当たり前のように言われることだからです。にも関わらず、多くのWebデザイナーが「工芸品のように美しいが切れないハサミ」に心を奪われ、つい、判断を誤らせてしまいます。

その理由は、実に単純です。

多くのWebデザイナーはビジュアルが大好きなのです。美しいビジュアル、ユニークなビジュアル、斬新なビジュアル。それに憧れ、仕事にしたいと思い、Webデザイナーになった人が多いのではないでしょうか。

私自身もかつてはそうでした。私がWebデザイナーになった当初はFlash黎明期で、アニメーションを多用した刺激的なビジュアルのWebサイトが、国内外で立ち上がり始めた時期でした。グラフィックや映像との境界も曖昧な時代だったため、例えばTOMATOやHi-ReS!、designer’s republicのような、作家性の強いデザイナーたちに強く憧れ、その流れでWebデザイナーを志しました。

そんな駆け出しのころの私は、今思えば、やはりビジュアル至上主義でした。ビジネスとの親和性、機能性、ユーザビリティの大事さは、分かっているつもりでした。でも、美しくなければ意味がない。だから、トレードオフの状況になると、ビジュアルへのこだわりを優先させてしまいました。気持ちがどうしても、そちらに揺らいでしまうのです。

私自身がそうだったので、ビジネス上の役割やマーケティング的機能よりビジュアルを優先したい、という誘惑に負けてしまう若いWebデザイナーの気持ちは、よく分かります。

Webデザイナーを支配する「強力な固定観念」と「裏の動機」

ビジュアルが大好きであるが故に「見た目はそれなりだが非常によく切れるハサミ」が作れなくなる、というときの心の動きをもう少し深く考えてみると、そこには、Webデザイナーを支配する「強力な固定観念」と「裏の動機」が、大きな影響を与えているのではないかと思います。

特に若いWebデザイナーには、以下のような考えを持つ方も多いのではないでしょうか。

  • 本当にイイものなら、アレコレ言わなくても、分かってくれるはずだ
  • デザイナーたるもの、できあがった作品がどう見えるかがすべてだ
  • デザイナーならデザインで勝負すべきだ。理屈を語らず、黙々と仕事すべきだ
  • デザイナーなら、自分の感性で人を振り向かせるべきだ
  • デザインを勉強していない人たちより、デザイナーの方が本当に良いものを分かっているはずだ

もしこれを読んで、「それは固定観念じゃないだろう、デザインをする上での真っ当な考えであり、真理だ」と感じた方は、やはり固定観念に強く支配されているといっていいでしょう。そればかりが、デザインのすべてではないからです。

また、「企業とユーザのために、コミュニケーションを最適化する」というWebデザインの本来のミッションを言葉では理解しながらも、実は、以下のような「裏の動機」を強く抱いてデザインしている方もいるのではないでしょうか。

  • 自分が本当に良いと思うデザインで、評価されたい
  • ロジックではなく、自分のセンスを褒められたい
  • 業界内で話題になるような実績を作りたい
  • 同業者からすごいと言われ、羨望の眼差しで見られたい
  • 海外のデザインポータルに載って、世界中から注目されたい

こういった固定観念や裏の動機が、すべて悪いわけではありません。これらが、デザイナーの創作意欲を刺激し、あるレベルまでのスキルアップを強く促す側面があります。駆け出しのデザイナーなら、これくらいの野心家、理想家でなければならないとも思います。あるいは、デザイナーのこういった固定観念や動機が、絶妙なバランスでビジネス戦略と掛け合わさることで、意外なケミストリーを生み出すこともあります。

しかし、それはやはりバランスと扱われ方が適切だった場合においてのことです。

あまりに強い固定観念や裏の動機は、「見た目はそれなりだが非常によく切れるハサミ」という観点でWebデザインを捉えるときに、大きな弊害を生み出します。ビジネスロジックやユーザニーズより、つい自分の感性を優先させてしまう、あるいは、自分の美意識にそぐわない仕事を「面白くない」と感じてしまう、といったことを引き起こします。

上記のような固定観念や裏の動機を持ったWebデザイナーにとって、「見た目はそれなりだが非常によく切れるハサミ」を作る行為は、理屈では理解できても、気持ちが付いてこないのです。

気持ちが付いてこないから、デザインにマーケティングやブランドや経営戦略の知識もある程度必要だと言われてもそれを勉強する気にはならないし、もしデザインにビジネス的なロジックを持ち込んできたとしても、客観的な判断ではなく、自分の好きなデザインを通すための都合のいい解釈に落ちていってしまうのです。

これが、Webデザイナーがある時点で陥る、ジレンマの一つではないかと思います。

美しいビジュアルの根底にあるデザインの本質

例えば、Webデザイナーにデザインの根拠を尋ねたときに、以下のような答えしか返ってこない、ということはないでしょうか。

  • 青がよく映えるように、差し色で赤を使った。
  • 硬い印象を減らすため、角丸にした。
  • もっともキレイな構図になるよう、写真の縦横比を変えた。
  • より繊細な印象にするため、フォントのウエイトを1段下げた。
  • ゆったりした印象を与えるため、マージンを広く取った。
  • トレンドだからフラットデザインを採用した。
  • 操作して気持ちいいからアニメーションを入れた。

どれも、間違ってるわけではありません。ただ、これらの根拠はいずれも「美しいビジュアルを仕上げるため」という視点でしか語られていません。そして、こういった根拠しか出てこないのだとしたら、やはりそのWebデザイナーは、キレイなビジュアル作りという観点でしかWebデザインを捉えていない、ということになります。

多くのWebデザイナーは、まずはPhotoshopなどのデザインソフトのオペレーションを学び、配色やレイアウトなどの、主にグラフィックデザインの分野で使われてきたデザイン理論を学び、成長していきます。

ただし、それはあくまで「美しいビジュアルを作るスキル」に留まったものです。しかし、現実のWebデザインでは、以下のような判断が求められます。

  • 高級ホテルのサイトだから、上質な写真と落ち着いた色調で構成したが、コンバージョン率を少しでも上げるため、予約ボタンは目立つよう、あえて全体と馴染まない異質な色にした。
  • 競合に対して親しみやすさで勝負しているサービスだから、都会的で洗練された写真ではなく、野暮ったく素人くさい写真をあえて採用した。
  • 野菜がたくさん食べられることが最大の強みの飲食チェーンだから、緑を徹底的に押し出したトーン&マナーとした。
  • 見た目が美しく質が良い商材だが、知名度が無く、SEOに頼った集客が不可欠なため、テキストをできるだけ盛り込んだWebサイトにデザインした。
  • リテラシーの低い運用者によって更新されるので、回り込みなどのレイアウトは廃止し、更新時にトラブルが起きにくい単純なレイアウトにした。
  • デザインに疎い一般人が多く使うWebサイトだから、分かりにくいフラットデザインではなく、多少野暮ったくても、より誤解が少ない、少し古くさい立体的なデザインに仕上げた。
  • デバイスにかける負荷を軽くして処理速度を上げるため、余計な装飾や動きはすべて排除した。

これらの判断は、ビジュアルの美しさと相反することも多いです。一方で、ユーザのリテラシーや行動動線、市場における強み、SEO、ハードウェア特性に至るまで、様々な知識に基づき、多面的にWebサイトの役割を捉え、バランスを取りながら、デザインにまとめあげようとしています。

そして、これこそが、Webデザインという仕事の本質ではないでしょうか。

本当に「最近のWebデザインはつまらない」のか?

数年前から、「Webデザインはつまらくなった」という人が増えてきたように感じます。

10年ほど前、Flash全盛のころは、ビジュアルのインパクトが強いWebサイトが評価され、企業もそこに費用を投じていました。

しかし、やがてWebサイトのマーケティング的役割が強くなり、ビジュアルリッチなWebサイトの効果が疑問視され、Flashも使えなくなり、タブレットやスマートフォンへの対応も求められるようになって、ビジュアルを作りこむ仕事の意味合いは、かなり変質してきています。

確かに、ビジュアルへの関心をモチベーションにしているWebデザイナーからすると、今のWebデザインは面白くないかもしれません。

ただ、私自身は、この考えに共感できないな、と思っています。なぜなら私は、今のWebデザインがつまらないとは、微塵も思っていないからです。

元々、ビジュアル優先でWebデザインを捉えていた私は、SEOやログ解析、ブログやSNSなどの、ビジュアルとは切り離されたWebの評価軸を経験する中で、その考えが大きく変わりました。Webはビジュアル至上主義であってはいけない、という当たり前のことが、理屈ではなく、思考回路や価値観の中に深く根付いていきました。前述した、強力な固定観念や裏の動機から、自分自身をある程度解き放つことができるようになりました。

マーケティング的要件、技術的制約、ユーザ行動、競合との関係性、そしてクライアントと自分の主観的な感性も含めてビジュアルを組み立て、A/Bテストを行い、その成果をアクセスログで検証し、「思い通りの成果が出た」「これはうまくいかなかった」などといったPDCAを回すという、広い意味でのWebデザインという仕事は、本当に楽しいもので、今現在、私自身は、このことに大きな魅力を感じています。

ただやはり、この楽しさを、理屈ではなく、感情として受け入ることができないと、今のWebデザインという仕事は、確かに退屈なのかもしれません。

ミスマッチが生む不幸なWebデザイン

Webデザイナーのビジュアル偏重が、不幸な結果を招くこともあります。

例えば、著名なWebデザイナーがリニューアルしたWebサイトのコンバージョン率が10分の1以下に落ちたり、デザイナーの間で評判を集め賞を取るようなWebサイトだったのに、Webサイトへの流入が激減して問題になった、といった話をクライアントから聴いたことがあります。これらは、Webデザイナーだけの責任ではなく、発注企業の意思決定、指示の出し方にも大きな問題があると思われますが、少なくとも、Webデザイナーの美意識と、ビジネスの実情は、大きくかい離していました。

一方、デザイナーの間では評判の悪いデザインが、実は大きな問題もなく、企業がWebサイトに与えた役割をきちんと全うしていたり、ユーザをスムーズに目的のコンテンツまで誘導していたりするケースもあります。

このように、表面的なビジュアルを重視してWebサイトの価値を判断するデザイナーの感覚は、Webに具体的な成果を求めるクライアント企業や一般ユーザと、大きくずれていることが多々あります。

ビジュアルが大好きなWebデザイナーにとって、醜いビジュアルが成果を出すという状況は、受け入れがたいものでしょう。それ故に、デザイナー受けの悪いビジュアルが施されていると「これはブランドイメージを棄損している」と辛辣な評価を与え、デザイナー受けの良いデザインには、それがビジネスとしても成功するはずという断定から、最大限の賛辞を送ります。

こういったWebデザイナーの評価には「ブランド」という言葉がよく用いられます。ビジュアルがいい→ブランドイメージが良くなる→ビジネスに貢献する、というのが、ビジュアルを重視したいWebデザイナーの基本的な発想です。

しかし残念ながらWebデザインの世界とは、そんな単純なものではありません。外からビジュアルを見ただけの一面的な評価で、ブランド戦略を語ることなどできず、大抵は的外れな論評をするだけだったりします。

経験豊かなデザイナーでも、Webサイトのビジュアルを見ただけで、その本当の価値は測れないものです。しかし、なぜか自分には正しい審美眼があり、多くのことがよく見えている、と感じてしまうのが、Webデザイナーという職業の悪い癖でしょう。(私自身も、油断をしていると、そういった考えに侵されることがあります)

このようなWebデザイナーにありがちな感覚のズレが、Webデザイナーと企業とのミスマッチを生み、Webデザイナーには成果が生み出せないと判断され、その価値を低く見積もる(Webデザインにお金を出さない/出しても意味がないと考える)空気を生み出しているのだとしたら、非常に残念なことです。

Webデザイナーに求められる自らのスタンス

とはいうものの、実のところ、Webデザインも細分化されていて、「これがWebデザインである」と一概に言えない状況にもなっています。

例えば、「工芸品のように美しいハサミ」のような、ビジュアルのインパクトを最優先においた、作家性の高いWebサイトのニーズも、一定数存在します。ビジネスとしての活用方法は発注企業が考えるとして、Webデザイナーは、自らの感性と審美眼に基づき、自分の世界を追及することを求められます。こういう案件では、企業はあまり口を出さない方がいいかもしれません。

これはこれで、とても魅力的な仕事です。ただし、その市場は極めて狭く、競争も激しいでしょう。その世界を極めるには、いわゆるWebデザインとは異なるアプローチをしなければなりません。ビジュアル志向が非常に強いWebデザイナーは、この世界を目指していくのも一つの選択肢だと思います。

一方、そういったビジュアルの支配力が強い世界を目指さないのだとすると、Webデザイナーというのはやはり、ビジュアル以外の知識も豊富に身に付け、ビジュアル一辺倒の価値観を変えていかなければなりません。

つまり、マーケティング、心理学、SEO、データサイエンス、ハードウェア、プログラミング、サーバサイド、論理的思考、ビジネスコミュニケーション、あるいは経営や法務に至るまで、Webと相関する幅広い知識をバックボーンに持ちながら、決して器用貧乏という訳でもなく、専門分野であるデザインに関してはスペシャリストであるような、そんなWebデザイナーを目指す必要があるのではないでしょうか。

また一方で、ビジュアル以外の価値観も重視して仕事をしている会社、ビジュアル以外の幅広い価値観をWebデザイナーに教えてくれるような会社で働くことも、これらのWebデザイナーには必要なことではないかと思います。

Web制作会社にも求められる明確な価値観

Webデザイナーたちの未来を背負うWeb制作会社もまた、そのポリシーを明確にしておく必要があります。

私の会社では、ビジュアルの前にビジネスを考えなければならない、と口を酸っぱくいいながらも、画像テキストの文字詰めはきちんと行いますし、写真もできる限り綺麗に見えるよう調整します。一本の線を加えるかどうか、もっともバランスよく見えるマージンにも、細心の注意を払って、社内でブラッシュアップします。

しかしこれは、同じ手間で作れるのならより綺麗に仕上げた方がいい、明確な効果が分からない領域はデザイナーの審美眼に委ねた方がいい、という判断からです。ただし、ビジュアルの追及が、マーケティング的機能、あるいは制作時間やコストへ悪影響を与えかねない場合には、ビジュアルの追及をやめ、本来優先すべき事項にフォーカスします。

つまり、あくまで、「見た目はそれなりだが非常によく切れるハサミ」のアプローチです。そして、冒頭の例で挙げた「安い材質の持ち手に変える」に相応するような、一連の意思決定、判断こそが、Webデザインの本質であると、スタッフに伝えています。

先ほども述べたように、Webデザインと言っても様々なニーズ、様々な価値観があります。これはわが社の価値観であって、会社によっていろいろな見方があってしかるべきです。ただ、多様な世界だからこそ、Web制作会社としてのデザインの価値観を一貫させて、スタッフに対して明確にしていくことが、非常に大事なのではないかと思います。

例えば、以下のようなWebデザイナーが混在する会社だと、現場はどうなるでしょうか?

  • とにかく見た目重視で、徹底的に見た目にこだわるデザイナー
  • マーケティング的機能を最優先に考え、最終的には見た目は優先しないデザイナー
  • 定時内に帰ることが最優先で、そのためには見た目も機能も妥協するデザイナー

こういった価値観の違いを放置したまま、啓蒙や教育もなく、採用においても一貫したポリシーがない環境で働くと、解消できない混乱や衝突が起こり、それに起因する不平不満が大きくなりがちだと、経験的に思います。

私が会社を作るときは、「私たちが考えるWebデザインとは、こうだ」ということを明確にし、一貫した価値観でアウトプットを評価し、採用においてもこの価値観へコミットできるかどうかを重視することをしよう、と強く決めていました。それが今後どう働くかはわかりませんが、少なくとも現時点では、基本的な価値観のところでデザイナーたちとのかい離が生まれるシーンがほとんどないと、強く実感しています。

まとめ

ここでは、Webデザインに特化したお話をしましたが、これらは、アプリやソフトウェアを含むUIデザイン全般、あるいはプロダクトデザイン、商業デザイン全般に通じる内容ではないかと思います。

デザイナーという仕事は奥が深く、環境は厳しく、正解がない世界で試行錯誤しなければならない、非常に難しい仕事だと思います。しかし、今の社会に決して欠くことのできない職業でもあります。デザイナーがいなければ、どんなに素晴らしいアイデアも形にはならず、人々にその価値を届けることはできません。

だからこそ、デザイナー、あるいはデザインを生業とする会社が、ここに書かれているようなことを真剣に考え、デザインの社会的価値が少しでも高まるような活動ができるようになればいいなと思い、現時点の自分の考えをまとまりなく文章にしてみました。