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無料で相談してみるヘア化粧品メーカー最大手・ミルボン(東証1部:4919)は稀有な存在である。サロン向けのBtoB商材でありながら美容系アワードの常連となるなど、消費者市場においても強いブランドを築いている。
その核にあるのは「ファンがファンをよんでくる」という圧倒的な製品力だ。しかし、単に優れた製品を作るだけでなく、それを顧客に届けるための戦略にも余念がない。
販売チャネルを増やすのはマーケティングの王道である。SNSでオーガニックなUGC※が絶え間なく生まれるほどの製品なら、チャネル拡張はダイレクトに売上に反映されるはずだ。しかしミルボンはサロン(美容室)の支援者である姿勢を崩さない。正規の販路はいまだサロンに限定されている。
※User Generated Content:口コミなどのユーザー生成コンテンツ
ミルボンの前身である1960年創業のユタカ美容化学株式会社は、業務用ヘアの専業メーカーであった。
ミルボンはこの祖業を守り続け、現在も中核事業としている。高い製品開発力も、髪のプロである美容師が満足する品質を追い求め続けた結果だ。だからサロンを介在しない施策は、例え短期的な数字に繋がるとしても、選択肢にはならない。なぜなら、アイデンティティとコアバリューを中長期的に棄損するためだ。
ミルボンの経営戦略部でブランド戦略統括マネージャーを勤める竹渕祥平氏は語る。
「ミルボンの事業のすべては、サロンの価値を最大化するために設計されています。そのための事業、製品、研修などの仕組みを作っています。美容は人に生きる活力を与えます。素敵な美容師に出会うことで人生が変わり、素敵なサロンがあるだけで街の魅力が増して見える。それは珍しいことではありません。サロンはまさに『社会に必要な場所』です。このサロンを支援することは『美しさを通じた心の豊かさの実現』に繋がるはず。これがミルボンがサロンをパートナーとし続ける最大の理由です」
明確な哲学を持つミルボンにとって、サロンを介さずに生活者に商品を直接販売することは、その生命線を自ら断ち切る行為に等しい。
一方、愛用する品を手軽に手に入れたいと考えるのは、人の自然な欲求だ。ブランディングに注力してメンタルアベイラビリティ(心理的な入手容易性)を高めても、受け皿となるフィジカルアベイラビリティ(物理的な入手容易性)が不足していれば、顧客化のための購買プロセスは完結しない。
この問題を解決するため、近年のミルボンは二つの矢を放っている。
その一つが、『milbon:iD』と命名されたECである。
メーカー直営ECといえば即座にD2C(Direct to Consumer)を想起するだろう。しかしここでもミルボンのユニークさが見て取れる。
milbon:iDを利用するためには、まず提携サロンに行く必要がある。美容師の診断を受け、その人の髪に本当に合う商品を選ぶ。そのカウンセリングが終わるとmilbon:iDを使う権利が与えられ、好きなタイミングで自宅に商品を届けることが可能になる。
参照:https://salon.milbon.co.jp/shop/pages/about.aspx
サロンに行く手間が加わっているが、あえての設計である。髪と合わない商品を間違って選ぶ利用者を守り、サロンのビジネスモデルを守る。社会がミルボンに何を求めているか。その本質的な問いからブレることはない。
2019年6月にパイロット版をローンチしたmilbon:iDは、2020年6月に正式公開された。1年間で約2000のサロンが提携し、milbon:iDからの売上も順調に推移している。美容師や利用者からの評判もかねがね良好だ。
このmilbon:iDの次に放たれた第二の矢が、2020年6月にリニューアルされた通称「サロン検索」である。
前述のように、ミルボンの商品は美容室に行かなければ購入できない。手に入れたければ、最寄りのサロンでミルボン製品を取り扱っているかを確認し、足を運ぶ必要がある。これをサポートするために作られたのが、提携サロンを検索できるウェブサイトである。
2010年頃から段階的に公開されたこの「サロン検索」は、多くの問題を抱えていた。
Aujua
“milbon”
iMPREA
Villa Lodola
まず、Aujua、”milbon”、iMPREA、Villa Lodolaと、ブランドごとにサロン検索が独自に公開されていた。これはそれぞれ事業部が異なっていたことによる。そのため「ミルボン 製品 店舗」のような、社名を含む検索では到達することができなかった。
それぞれが独自に立ち上げているが故に、UIも統一されていなかった。
何よりも一番の問題は、サロン検索に対する利用者の反応を把握していなかったことである。利用者のために提供したはずのサロン検索なのに、利用者不在で提供されていた。
ミルボンの本部には「ミルボン製品はどこで買えますか?」という問い合わせが常に発生していた。取扱サロンが見つからないことによる機会損失の可能性もあった。単に売上の話だけでなく、ブランド体験の観点からいっても望ましい状況ではない。
長年の懸案事項となっていたこの『サロン検索問題』を解決するため、ミルボンはある会社に声をかけた。それがウェブ制作会社のベイジである。
ミルボンがベイジを指名したのは、考えれば意外でもある。ベイジは確かにBtoBのウェブサイトを得意とする制作会社だ。しかし実績に並んでいるのはビジネスユーザーをメインターゲットとするウェブサイトが多い。今回のサロン検索のように、一般の生活者をターゲットとした実績は僅かだ。
その意図を、以下のように竹渕氏は語る。
「さまざまな”店舗検索サイト”を調べましたが、弊社がイメージしているサイトはありませんでした。サロン検索において最も重要なのは、顧客視点の観点から機能的な検索UIを提供することです。ただ、単に機能的なだけでなく、ミルボンブランドの情緒的側面も感じ取れるものであってほしい。この機能と情緒をバランスよく満たしたUIデザインを提供できるという点で、ベイジさんが最も優れていると考えていました。実は過去に、ユーザーテストからウェブサイトの形に仕上げるまでのベイジさんの仕事ぶりを見たことがあり、ベイジさんが相応しいという確信は持っていました。ビジネスユーザー向けのウェブサイトであっても、お客さま向けのウェブサイトであっても、ユーザーを知った上で作るというプロセスに違いがあるわけではない。だから、難易度の高い要望とは思いましたが、ベイジさんで問題ないと考えました。」
指名を受けたベイジは、デザインコンサルタントである古長克彦を中心にプロジェクトを編成。本格的にサロン検索の問題解決に取り組んでいく。
ベイジのウェブ制作のワークフローは100~150のサブタスクで構成されている。サブタスクの組み合わせは自由だが、どのプロジェクトでも共通する基本パターンもある。その一つが制作前に必ずリサーチの工程を挟むことである。ベイジのプロジェクトはいずれも、最低でも1か月、標準的には2か月の調査期間がある。
サロン検索において、ヒューリスティック評価(専門家の経験則による使い勝手の評価)だけでも明らかな問題が多数検出されていた。しかしヒューリスティック評価には専門家のバイアスが含まれやすい。複数の評価方法を組み合わせて判断するのが理想である。
ウェブサイトの調査手法としてもっとも一般的なのは、Google Analyticsに代表されるアクセス解析だ。アクセス解析によって、ウェブサイトの基礎的な健康状態を確かめることができる。人に例えるなら血液検査に近い。標準的な数値との乖離から、病理の可能性を見極める。
しかし血液検査が可能性の検出に留まり、原因を特定するにはさらなる精密検査を必要とするように、ウェブサイトもアクセス解析だけで病巣を見つけ出せることは少ない。さらにウェブサイトの場合は血液検査のような一般的な基準値が存在しないため、問題の表層を薄く舐めるような調査になりがちである。
そこでベイジでは、アクセス解析以外に複数の調査手法を併用している。中でももっとも重視しているのが、ユーザーを観察することとユーザーに直接話を聞くことである。前者はユーザビリティテスト、後者はユーザーインタビューと呼ばれるものだが、ベイジではまとめて「ユーザーテスト」と呼び、標準メニュー化している。
ユーザーテストが調査手法の中心になるのは、今回のサロン検索の改善プロジェクトにおいても例外ではなかった。ただし、プロジェクト特性を加味したカスタマイズは行われている。
ユーザーテストの一般論的なセオリーはあるが、正解はない。予算や実施スピードの問題もある。重厚長大なユーザーテストを実施すると、スケジュールは長期化し、コストもかかる。そのプロジェクトのビジネス要件を考慮した適切な被験者数を見極める必要がある。計画の精緻化にあたり、古長はプロジェクトの前提を改めて整理した。
これら前提から、ユーザーテストの基本方針は以下となった。
4つのサロン検索のうち2つを除外し、他社サイトを2つ加えたのは、既存のウェブサイトを繰り返し確認するより、ビジネスモデルが似てて完成度が高い他社事例をテストした方が比較材料として適切であるいいと判断したためである。
このようなユーザーテストの基本方針は、テスト計画書にまとめられている。
リサーチの被験者を選考する時、直感的に、年齢や性別、収入、居住地、などのデモグラフィック属性をつい基準にしがちである。しかし、購買傾向や利用動向に影響を与えない属性で被験者をパターン化すると、調査内容が偏る可能性がある。そのため、デモグラフィック属性を被験者選考の基準に加えないのが基本である。
サロン検索においても例外ではない。利用動向のデモグラフィック属性の関係は希薄で、影響を与えるのは情報取得行動のスタイルとITリテラシーであった。その観点から、以下の3タイプの被験者をリクルーティングした。
ユーザーテストは古長のほか、UIデザインを担当するベイジのデザイナー、高塚結子も同席のうえ、ミルボン社内で実施された。
テスト環境は実際の利用環境と異なっていることを考慮し、アイスブレイクでリラックスした環境を作る。テストの意図を説明した後、画面を操作してもらいながら、被験者に自然な発話を促す。
こうして4サイト×2デバイスで計8つのテストを行った後にインタビューを実施し、全体の総括や日常的な行動をヒアリングを行った。検索行動を繰り返すことによる習熟にも配慮し、被験者によって対象サイトの順序も入れ替えた。結果として、ユーザーテストは1名につき約4時間を要した。
そもそも、ユーザーテストは何人が適切なのだろうか。ユーザビリティの大家、ヤコブ・ニールセン博士は論文の中で「5回分の評価があれば十分」と断言する。テストが0回だと得られる洞察もゼロとなるため、テストは必ず実施すべきである。しかし、テストの被験者や評価する専門家が多くなるほど、5回目を境に学びの量は減少しメリットが減っていくので調査コストに見合わなくなる。
参考:Nielsen, Jakob, and Landauer, Thomas K.: “A mathematical model of the finding of usability problems” Proceedings of ACM INTERCHI’93 Conference (Amsterdam, The Netherlands, 24-29 April 1993), pp. 206-213.
5回で十分というニールセン博士の主張から、今回のユーザテストはさらに少ない人数を設定している。ニールセン博士の論文を踏襲したとしても、それでも70%近くの問題は検出される。さらに、サロン検索という特定機能に特化したテストであるため、検出の精度は高くなると予想したためだ。
事実、3名の被験者間で明らかな違いというのはあまり存在せず、以下のような共通傾向が導き出された。
事業部を横断して意思決定を促す場合に、こうしたエビデンスは重要な役割を果たす。
ミルボンの経営戦略部、ブランド戦略室所属の西田洋介氏は語る。
「ブランド毎の自由な裁量もある程度許容しているミルボンでは、ブランドを横串にする統一規格を作るのはいつも苦労します。それはサロン検索も例外ではありません。運営体制や求める要件、意思決定者がブランドによって異なっており、これがサロン検索全体の問題に繋がっていました。担当者同士の意見だと、想いの強さが上回り、個別に作った方がいい、という判断にどうしてもなりがちです。しかし今回、ユーザーテストの結果という、客観的データが存在したことで、ブランド間の合意を取ることが非常に容易でした。皆、ユーザーのためになりたいと思っているため、ユーザーの行動やニーズが可視化されれば、その方針に素直に従ってくれます。こうして、不要な情報を思い切って削除するなど、ユーザーのことを一番に考えた意思決定が可能になりました。」
サロン検索を改善する上で、マインドセットの変化が必要だと古長は考えた。それは「検索の起点をサロン検索にしない」ということである。
旧サロン検索は、サロン検索が検索の起点であるという設計思想で作られている。だからサロン検索のホーム(通称トップページ)に経由しないとサロンの情報に到達できない構造になっていた。
しかし、ユーザーテストを見てもこれが間違った認識なのは明らかだ。ユーザーは、Googleに入力する前段階からサロンの検索を始めている。つまり、検索の起点はGoogleである。
そう考えた場合、Google検索からシームレスにサロン検索内部に遷移できる構造が求められることになる。サロン検索のホームを経由しなくても、Google検索で「銀座 ミルボン 美容室」と検索すれば、ミルボン製品を扱っている銀座の店舗情報がすぐに見える状態である。
考えれば当たり前のことではあるが、システムの外側でのユーザー体験を考えず、システムの内側でのユーザー行動だけを考えて設計した結果、この罠にはまってしまっているウェブシステムは少なくない。
Google検索を起点とするなら、ユーザーはサロン検索内のサロン情報ページだけに訪問し、直帰するのが理想的な使い方の一つになる。そうすると直帰率は高くてもいいし、訪問当たりのページビューも低くてもいい、という通常のウェブサイトとは逆の発想の指標が見えてくる。
しかしながら、旧サロン検索はこれと反する構造になっていた。
旧サロン検索では、ホーム画面を起点としているため、サロン検索に到達できないユーザーは情報を見つけることができない。追い打ちをかけるように、サロン検索自体のUIの品質が低く、限られた訪問者をさらに不満を抱かせていた。
新サロン検索では、全体を以下のような構造に変えている。サロン検索のどのページからも訪問できる、マルチエントリー型のウェブ構造に刷新したわけである。
SEOを意識し、Google検索と溶け合った検索体験を提供する。これが、ミルボンのブランド体験における、サロン検索のもっとも重要な役割である。役割が明確に決まれば、適切な数字目標が決まり、情報設計もUI設計の方針もドミノ倒しのように決まっていく。
今回のリニューアルにおいては、行動経済学などでよく話題になる「プライミング効果」を活かすことも大きなテーマの一つであった。
旧サロン検索のUI上の大きな問題点に、オリジナリティの高さがあった。オリジナリティが高いことは一般的に好意的に解釈されるが、ウェブサイトのUIにおいて、オリジナリティは必ずしも良い結果をもたらさない。
独自性のあるUIに遭遇したユーザーは、新たな学習を強いられる。ゲームのようにUIの世界観を楽しむのが目的なら、学習を娯楽にさせることができる。しかし、利便性を最重視するツールの場合、UIの学習はストレスにしかならない。オリジナリティへの固執を止め、過去に利用した経験があり、利用方法が想像できるUIに寄せて行く必要がある。これがプライミング効果を活かす、ということである。
例えば、旧サロン検索では地図検索のUIが採用されていた。しかし既存のあらゆる地図系アプリケーションと異なる操作体系であったため、ユーザーテストの中でもほぼすべてのユーザーが戸惑っていた。そこで新サロン検索では、誰もが見慣れたGoogleマップのUIをベースに再設計を行った。
Google検索と溶け合わせることも、GoogleマップのUIを踏襲することも、行っているのは、ユーザーがサロンを見つけ出す障壁を一つでも多く取り除くことである。UIデザインはデザインの一種ではあるが、デザインという言葉が想起させる華やさは希薄だ。人の行動をデザインするための地道な活動の積み重ね。これがUIデザインの世界の現実であり、魅力でもある。
2010年代はデザインの裾野が大きく拡大した時代だ。一部のクリエイティブ業界だけでなく、あらゆる分野のビジネスにデザインの概念は拡がっていった。UXデザインのような言葉を非デザイナーが使うことが当たり前になった。デザイン思考も同様である。
デザイン思考とは、デザイナーの思考プロセスを一般のビジネスにも応用しよう、という考え方である。起源は意外に古く、1969年のハーバート・サイモンの著書『システムの科学(The Sciences of the Artificial)』まで遡る。
かつてはプロダクトデザインの手法だったデザイン思考は、2000年代にIDEOのティム・ブラウンをはじめとする様々な人物によって、ビジネス分野に適応され始めた。2000年代後半にiPhoneが世界のビジネスを変え、その中心概念であったデザインへの関心が爆発し、デザイン思考が一つのブームになった。
デザイン思考とは、不確実性の高い時代におけるイノベーション創出のためのデザインプロセスである。厳密にはいくつかの考え方が存在するが、プロトタイピングを用いたフィードバックサイクルが含まれる点は共通する。
ベイジのプロセスにも、この考えは取り込まれている。基本的にはプロトタイプに対する複数回のテストを推奨している。しかしこの回数は対象とするプロジェクトの規模と求められる期間によっても変わる。今回のサロン検索においては、機能が絞られていることから、プロトタイプへのユーザーテストは一度とし、あとは公開後に検証して必要に応じて改善を加えればいいと判断した。(実際、2021年11月に公開後の改善が行われている)
プロトタイプに対するユーザーテストの被験者は、最初のユーザーテストと同一人物とした。かつてのサロン検索と比べ、根本的な問題が改善されているかを確認。さらに、UI上のいくつかの仮説、例えばGoogleマップを踏襲したUIが、本当に直感的に分かりやすいと思うかを検証していった。
大きな認識の相違は発生せず、多くの仮説が有効であり、UIによる操作体験は飛躍的に向上したことが確認された。その上で、以下の新しい改善点を発見。UIの品質はさらに引き上げられていった。
このような経緯があった上で、現在のサロン検索がある。
今回のリニューアルは、Google検索との融合が一つのテーマであった。そのため、トラフィックの大半が検索結果や詳細画面に散らばると予想した。しかしそれでも、最大の流入経路はホームになるだろう。「ミルボン」という企業名を含む検索では、真っ先に表示される可能性があるからである。
ホームの役割は、最寄りの店舗情報にいち早く誘導させることだ。そのため、検索フィールドを中心にしたシンプルな構成を選択した。またより最短の遷移を実現するため、閲覧履歴と位置情報から推測される最寄りの店舗情報が自動表示機能を新たに実装している。
検索結果は、ユーザーが馴染んでいるGoogleマップのUIを参考にしつつ、サロン検索に特化したカスタマイズを行っている。ホームから大胆にUIが変わることでユーザーを迷わせる懸念もあったが、ユーザーテストの結果、大きな問題とならないことが判明した。
新設された店舗詳細ページは、ユーザーが必要とする情報を網羅的に、簡潔にまとめている。ウェブサイトというと長時間滞在させることが良いとされがちだが、サロン検索は逆である。「目的の情報を見つけて一秒でも早く立ち去ってもらう」ことが目的である。そのためコンパクトであることは非常に重要だ。
新サロン検索は、ユーザーの観察から得た結果を元にロジックを積み重ねた設計がなされている。ユーザーはショウウィンドウに引き寄せられてふらりと立ち寄るのではない。明確な目的意識を持ち、何らかの問題を解決するために訪問している。UIは徹底して存在感を消し、黒衣にならなければいけない。存在を消し、ユーザーを然るべきゴールに導くためのロジックを総動員しなければならない。
しかし、ユーザーテストですべてのロジックが洗い出されるわけでもない。人の目は、一つの目的に集中すると盲目になるが、無意識化で認識自体は行われている。その僅かな隙間を縫うようにミルボンのブランドを埋め込んでいく。全体をミルボンブルーを基調とした上質な配色でまとめる。空気感を感じさせる抽象的なビジュアルをヘッダに配置する。
9割のロジックに1割のエモーションをスパイスとして加えて、UIのスタイリングが決まった。これが開発会社の手に渡った後、新しいサロン検索が公開された。
新サロン検索のリニューアルが成功だったのは明白だった。ミルボン製品を購入できるサロンに対するお問い合わせが明らかに減ったからである。それはアクセスログにも表れていた。すべての指標が大幅に向上している。
季節変動も考慮し、公開から時間が経過したタイミングで改めて、アクセス解析で前年同時期との比較を行った。具体的な数字は公表できないが、相対比較でもその成果は明らかである。
リニューアルの効果は西田氏も実感しているようだ。
「取扱いサロンを探す問い合わせは明らかに減りました。サロン検索を活用し、お客様ご自身でサロンを見つけられるようになったのだと実感します。また、Twitterでサロンを検索を使ったことが分かるUGCを見かけることもあります。以前はそういった声はほぼ存在しませんでしたから、大きな違いです。」
竹渕氏も口を揃えながら次のビジョンを語る。
「まずはブランド名を含む指名検索できちんと到達することができ、その上で使い勝手を高めるリニューアルを今回は行いました。しかし、これで終わりではありません。まず、例えば銀座などの主要都市を含む検索での順位をさらに上げていきたいです。また、十分なトラフィックが確保できるようになったため、サロン検索内のコンテンツ拡充も現実的な選択肢になりました。サロン検索からmilbon:iDに誘導する購入ガイド、サロンにシャンプーだけ買いに行くことに心理的ハードルを感じるお客さまの障壁を取り除くメッセージ、サロンで購入するヘアケア製品だからこその良さを伝えるコンテンツなど、アイデアは色々湧いてきます。」
サロン検索はリニューアルで大きな問題を解決した。しかしこれは通過点に過ぎない。
ミルボンは2020年から、サロンと利用者の体験を大きく変革するためのデジタルトランスフォーメーションに本格的に取り組み始めているが、まだ始まったばかりともいえる。デジタルを活用してどこまで飛躍できるか。これからが勝負である。
ミルボンは引き続きベイジにいくつかのプロジェクトを依頼している。ベイジもまた、ミルボンという稀有な存在の企業がさらに輝きを増せるよう、引き続き全力で支援を続ける体制を整えている。
撮影:関口史彦(オフィシャルサイト)