SaaSがUIデザインに力を入れるメリット

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デザインコンサルタント古長 克彦

ベイジでデザインコンサルタントをしている古長です。

ベイジには2019年11年に入社し、SaaS/業務システムのUXリサーチやUI改善提案などの仕事をしています。『knowledge / baigie』では、SaaSや業務システムのUX/UIデザインの勘どころ等を発信していく予定です。

今回はSaaSにおけるUIデザインの重要性についてお話します。

SaaSは急成長している市場の1つですが、急成長の裏には様々な課題が潜んでいるものです。その課題の一つがUIデザイン、というサービスも多いでしょう。

事業の成長スピードに追い付けず、デザイン上の課題を抱えたまま走っているサービス、直感的に魅力を感じにくいUIデザインによって、マーケティング的に苦戦しているようなサービスは、確かに多く見られます。

こういったデザイン上の課題を抱える背景としては、以下のような事柄が考えられます。

  • 優秀なデザイナーを多く確保できない
  • デザイナーの育成が追いつかない
  • デザインを外注すると管理がしにくい
  • サービスコンセプトが伝承されずデザインの統制がきかない
  • 調査が十分できずユーザーを理解しきれていない
  • ビジネス・マーケティングレベルまで考えられるデザイナーがいない

これらを解決してUIデザインへ落とし込むことができれば、事業の大きな成長を見込めることも多いでしょう。UIデザインの改善が、経営課題と直結しているサービスも多いでしょう。

そこで今回は、UIデザインに力を入れることでSaaSが得られるメリットを、改めて整理してみました。

メリット1:機能が正しく使われる

SaaSのUIデザインは、SaaSが提供している機能を、より有効に活用してもらうために施されるものですが、UIデザインに問題があると、UI上でのユーザーとの対話がうまく行かず、せっかく実装している機能を正しく使ってもらえなくなります。

機能があることに気づいてもらえなかったり、本来の機能とは違う使い方をされたりした結果、「使いにくい」とユーザーに思われてしまう可能性が生まれます。せっかく高度な機能を実装しても、それを引き出すUIデザインでなければ、機能やサービスの価値は理解してもらえなくなります。

誤解されやすいUIデザインはさらに、カスタマーサクセス、カスタマーサポートの業務を妨げ、そのコストが膨らむ可能性もでてきます。

機能を正しく使ってもらうには、人が自然に使えるような配慮が重要です。例えば、インタラクションデザインを加えユーザーの目線を誘導したり、初回利用時のチュートリアル画面を準備したりなど。十分に考慮されたUIデザインが備わっていれば、SaaSが提供している機能を、ユーザーが気付き、きちんと使えるようになります。

メリット2:ユーザーが自己解決できる

多くの企業が相乗りして利用されることが前提のSaaSは、一企業の業務特性に合わせて作ることはできません。個々の企業内の業務は往々にして難解なことも多いため、100%直感的に操作できるUIを作ることは、現実的には難しいことも多いでしょう。

そうすると、今度はユーザーが迷うことを前提にデザインされていることが重要になります。ユーザーが迷う時間や回数を減らし、たとえ迷っても、ユーザー自身で解決や学習ができるようにするのも、UIデザインの役割です。

そのために、マニュアルのダウンロードやヘルプページの充実もいいですが、UIデザインを工夫すれば、サービスを利用しながら、自然な動線で、必要最小限の情報に辿り着けるようにもできます。

例えば、難しい用語や機能にツールチップを併設すれば、解説がすぐ読めるようにできます。ユーザーが操作に失敗することを前提に、操作の取消しができるサービスも存在します。UIデザインを極めれば、セルフサービスに近い自己解決型のサービス提供が可能になるのです。

メリット3:導入に納得感が生まれる

SaaSを導入する大きな目的は、クラウド環境を活用してインフラ投資や保守などのコストを最大限抑えながら、業務効率化することです。しかしながらUIデザインに問題があり、ユーザーの利用が進まないと、その効果は得られません。それどころか、ユーザーのタスクが増えて、導入に対する社内の冷たい風当たりが生まれるケースもあります。

SaaSの導入を意思決定する責任者としては、現場の「使いやすい」という声がなによりも重要です。しかも、それは明らかに実感できるレベルでなければなりません。それ以外に、数値化された明確な効果も必要です。例えば、SaaS化によって短縮される業務時間、学習コスト、サポートチームへの問合せ対応コストなどの削減数/削減率も、一つの指標になるでしょう。

このように、単に見た目をスッキリさせて使いやすくするだけでなく、ROIの観点から明確な業務効率化に繋がるUIデザインが求められます。これを実現するには、ビジネスとデザインの高度なバランス感覚を持ったUIデザイナーが不可欠です。

メリット4:開発やテストが容易になる

使い勝手を追求すると、機能やUIはシンプルになっていくものです。しかしながら、UIデザインの方向性を見誤ると、それとは反対に、どんどん複雑になっていきます。そうして複雑化したUIは、ユーザーだけでなく開発にも悪影響を及ぼします。

各画面の個別仕様が多い複雑なUIにしてしまうと、当然実装の手間が増えます。テストも複雑になり、テストの負担も増えます。それがさらに開発コストを圧迫します。

優れたUIデザインには、「一貫性」があります。画面レイアウト、画面遷移の構造、インタラクション、そのすべてに一貫性があれば、メニューや機能が豊富であったとしても、ユーザーは同じように使いこなすことができるだけでなく、開発にもメリットをもたらします。コードを流用して実装を効率化でき、テストも減ります。開発効率と品質を同時に上げることができるわけです。

理想的なUIデザインは、ユーザーだけでなく、開発者にも良い影響を与えるのです。

メリット5:改善が容易になり成長しやすくなる

クラウド上で提供されているSaaSには、アップデートが容易という特性があります。

そのため、激しい競争環境下にあるサービスでは、改善サイクルを短期間で回していくことが戦略上重要になります。また競合が少ないサービスであっても、創業期にはPMF(プロダクト・マーケット・フィット)させるための高速な改善が不可欠です。

こう考えると、スピーディーに改善・拡張しやすいUIデザインであることは、SaaSの成長性を握る重要な鍵になります。

複雑なUIデザインは、初期の開発だけでなく、改善や拡張にも悪影響を与えます。複雑なUIに合わせて実装されたシステムでは、改善してもその影響範囲が見えにくく、その都度大規模なテストが必要になります。こうして改善スピードが下がっていきます。

公開当初は良いデザインであっても、改善・拡張時にデザインコンセプトを継承しないと、徐々に同様の問題を抱えたサービスになることもあります。デザインは、最初も大事ですが、継続することはもっと大事です。

メリット6:良いフィードバックが得られる

ユーザーの声を収集することは事業を成長させるうえで非常に重要ですが、UIデザイン上の問題を多く抱えたサービスに対してフィードバックをもらっても、「このボタンのせいでミスをする」「2つの要素の見分けがつかない」など、初歩的な改善フィードバックがそのほとんどを占めてしまいます。

ユーザーの本来の目的や心理が見えないまま、表面的なフィードバックに対して反射的に改善を行っていくと、結果的にUIデザインの一貫性がなくなり、システムはさらに複雑性を増し、結果的にサービスの価値を下げてしまう可能性も生まれます。

優れたUIデザインによって、多くのユーザーが適切な使い方をしていれば、「このような使い方もしたい」「こういう状況に対応できる機能が欲しい」など、サービスをさらに成長させるための、健全なフィードバックが得られるようになります。

メリット7:マーケティングが楽になる

Salesfoece.comが提唱した「ザ・モデル」と呼ばれるレベニューモデルを採用し、マーケティング/インサイドセールス/フィールドセールス/カスタマーサクセスに分けて組織編成をしているSaaS企業が増えています。UIデザインの質は、このザ・モデルを構成するそれぞれのプロセスにも影響を与えます。

マーケティングであれば、展示会に出展しても、UIデザインに直感性や魅力がないと、ブースへの集客に悪い影響を与えるでしょう。競合と区別がつかないUIでは、広い会場で興味を持ってもらうことは難しくなります。このようなことは展示会だけでなく、webサイトやホワイトペーパー、メールマガジン、ウェビナーなど、あらゆるマーケティング施策で起こりえます。

逆にプレゼンテーション力の高いUIデザインが備わっていれば、マーケティング施策を打ち出したときに成果が出やすくなるだけでなく、その後工程であるインサイドセールス/フィールドセールス/カスタマーサクセスにも好影響を与えるはずです。

このように、直感的に魅力が伝わるUIデザインには、マーケティングを容易にし、顧客化プロセスをスムーズにする効果があるのです。

メリット8:顧客の信頼を獲得できる

スイッチングコストが高いSaaSほど解約率は低くなる傾向にありますが、解約率が低いからと言って、ユーザーが不満を持っていないわけではありません。問題を放置すれば徐々に解約リスクは高まります。そして一度解約されると、二度と戻ってきません。

このような事態を回避するためにも、UIデザインは重視したいポイントです。「使いやすい」というユーザーからの信頼が得られれば、他社員や他部門への拡大も狙えますし、より高額なプランへの乗り換えも発生するでしょう。また、提供企業に対する信頼が生まれれば、提供する他サービスのクロスセルも期待できます。

良質なUIデザインは、カスタマーサクセスチームにも良い影響を及ぼします。使い勝手がよく明解なUIデザインが備わっていれば、導入時のサポートも容易になります。良質なデザインが、ユーザーとの直接的なコミュニケーションをサポートし、より良い信頼関係構築の可能性を高めます。

メリット9:ブランド力が高まる

アップデートが頻繁に行われるSaaSでは、機能優位性は長く続きません。そのため中長期的には、機能競争や価格競争に陥らないブランド力が必要になってきます。

ブランドを構築するうえで、ブランド体験の一貫性は欠かせません。そのブランド体験の構成要素に、サービスの利用体験に大きな影響を与えるUIデザインも含まれます。

立派なカルチャーを持ち、洗練されたイメージを打ち出しても、肝心のサービスの利用体験がイマイチであれば、そのブランドは「イメージだけ」と受け取られてしまうでしょう。逆に、ブランドをきちんと体現した良質なUIデザインが備わっていれば、ブランドイメージはより強固になります。

強固なブランドは、顧客の離反を防ぎ、新規顧客の獲得を容易にし、競合との不毛な競争を回避できます。投資家にも良い印象を与え、資金調達を容易にします。

ブランドは一朝一夕で作れるものではありませんが、ブランドへの影響も踏まえて、UIデザインを磨いておくことは、SaaSにおいては特に重要であると考えられます。

メリット10:採用が容易になる

現在の採用市場は明らかに売り手市場です。優秀な人材は引く手あまたで、就職先に困らない一方、企業は優秀な人材の確保に苦労しています。このような企業側に不利な状況の中で、明らかに使いにくく、見るからに魅力がないUIのサービスを提供していることは、採用戦略にも暗い影を落とすでしょう。

優れたUIデザインを持つSaaSであれば、マーケティングやセールスがしやすくなり、成果ややりがいも感じやすくなります。エンジニアも、複雑で魅力に乏しいUIより、心の底から良いと思えるUIの方が、開発する喜びを感じられるはずです。そして当然、魅力的なUIが備わったサービスであれば、優秀なデザイナーからの応募も期待できるようになります。

このように、良質なUIデザインは、顧客を引き付け、開発者を助けるだけでなく、良質な人材獲得に貢献する可能性があります。

さいごに

このように考えていくと、良質なUIデザインは、単にユーザーの使い勝手を良くするだけでなく、事業成長、マーケティング、ブランディング、資本戦略、採用戦略など、経営のあらゆる面に好影響をもたらすと考えます。

これまでデザイン投資をあまり行わず、一方で事業に閉塞感や限界を感じているSaaS企業は、これを機に、大々的にデザインを見直してみてはいかがでしょうか。

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