成長する発想と成長しない発想

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代表/マーケター/デザイナー/ブロガー枌谷力

「自分らしさ」にこだわって働いた結果

私が社会に出たのは1997年。最初の会社は同期だけで500人もいる大企業でした。経営は安定し、福利厚生も充実。在籍しているだけで社会的信用が担保される会社でした。

学生の頃の私は、人とは少し違った視点で物事を捉えると友人から評価されていました。流行りもの、ありがちなもの、浮ついたもの、軽薄なものには与しない。メジャーではなくマイナーを好む自分でありたい。自分だけは本質が見えていると信じ、鋭い指摘を入れ、否定する。それが「自分らしさ」でした。

社会人になっても、「自分らしさ」は絶対に失いたくない、社会に染まりたくない、平凡なサラリーマンになりたくない、と強く思って働いていました。

さほど重要でなくとも、プライベートを優先するのは当たり前でした。職場の飲み会を欠席するのも日常茶飯事です。残業代が出ないのだから、飲み会に出る必要はない。仕事終わりの一杯が楽しみな社会人には、決してなりたくありませんでした。体質的にはお酒が飲めるのに「お酒は飲まない」と公言し、職場の新入社員歓迎会は私だけウーロン茶。新卒社会人の典型的な格好が嫌で、紺のスーツと白いシャツは絶対に着ませんでした。

余暇が充実してない人生なんて終わってると思い、プライベートの多くを趣味に費やしました。定時に上がり、家で好きな音楽を聴き、時々ライブに行く。そんなライフスタイルに満足していました。給与のほとんどを音楽に費やし、年間300枚以上のCDを買い、年間30~50本くらいのライブに行っていました。

プライベートで仕事のことは考えたくありませんでした。仕事の持ち帰りや自宅学習なんてしません。人事から取れと言われていた情報処理の資格も一切手を付けません。ビジネス書を読むことは負けを意味する気がして、音楽雑誌以外読みませんでした。

日本中が沸いているスポーツの話題には絶対に加わりませんでした。そんなことをしたら、忌み嫌っていた「にわか」になるからです。職場で皆が長野オリンピックの生放送で盛り上がる中、その輪には入らず黙々と仕事を処理していました。定時で上がって、大好きな音楽を聴くためです。

自分の役割分担は明確にし、それ以上の仕事はできるだけ受けない。これが私の信条でした。新入社員なのに、「その出張に私が行く必要を感じないので、行きたくありません」と、直属の課長にメールを出したこともありました。

挨拶とか社会人としてのマナーとか、どれもすごくくだらないと思っていました。そんなものに従っているからつまらない大人になる。心の底からそう思っていました。

そのような姿勢で臨んで働いた4年間。今客観的に振り返ってみると、成長の少ない4年間だったと思います。

もちろん、新入社員がまったく成長しないなんてことはありません。別にサボっていたわけではなく、与えられた仕事は真面目にこなしていました。そこで身に付けた知識やスキルもないわけではありません。

でも、4年という時間を過ごした割には、優秀な人たちに囲まれていた割には、それに見合うことが身に付いた実感がありません。恵まれた機会をもっと有効活用できたはずなのに。現在に繋がる何かをもっと獲得できたはずなのに。当時の自分の行動を、少なからず後悔しています。

「自分らしさ」が無効化された環境

社会人になってしばらく経ち、会社の中で与えられた仕事をするだけの人生は空しいと思うようになりました。ありものの会社に縛られず、独立して生きていきたい。そう強く思うようになりました。

どうせ独立するなら、元々興味があったデザインの仕事がいい。そう思って、仕事をしながらグラフィックやウェブの勉強をしました。美大や専門学校を出たわけでもなく、実務経験も一切ない私のデザインスキルは、完全に素人レベルです。そのため、いきなり独立するのではなく、いくつかの会社で経験を積んでから、35歳くらいで独立しようと計画を立てました。

そんな私を雇ってくれるありがたい会社がありました。社員数が10名にも満たない小さな広告会社です。そこに未経験のウェブデザイナーとして転職しました。

私は、一年目の大学受験に失敗し、一年目の就職活動にも失敗しています。そんな不器用な私でも、運良く恵まれた環境の大企業に入ることができました。しかし、10代、20代の失敗の帳尻を合わせながら、なんとか繋ぎ合わせてきた人生のレールを、社会人5年目に突入する28歳の春、バッサリと断ち切りました。

新しい環境では、学生時代から保持してきた「自分らしさ」なんてものにこだわっている余裕は一切ありませんでした。

転職活動中、「28歳はデザインを始めるには遅すぎる」と言われたこともありました。そのため、社内でお荷物扱いされるかもしれないと常に思っていました。年齢に関係なく周囲のすべてが先輩で、できる限り短期間で基礎を吸収しないとマズいと常に焦っていました。ランチや飲み会などの社内交流にも積極的に参加し、できるだけ会話をして、年下の先輩たちの知識や考えを少しでも学ぼうとしました。

元々、サッカーにはまったく興味がありません。でも2002年の日韓ワールドカップに関わる仕事を周囲がしていたので、自分も積極的に関心を持つようにしました。広告に関わる仕事だから、流行が嫌いだのなんだのと言っていられない。そう思い、流行をできるだけ受け入れるようにしました。それが軽薄だろうが、下世話だろうが、何かが流行るには必ず理由があるはず。そんな目で見るようになりました。

業務中に仕事をするだけでは、スキルとして明らかに不十分でした。そこで、プライベートもできるだけ勉強に費やしました。自分のウェブサイトを作ったり、デザインポータルを立ち上げたり、好きなデザインを模倣した作品を作ったりしていました。

この時期はあれほど大好きだった音楽からも遠ざかり、新しいCDもあまり買わなくなりました。ライブには一切行かなくなりました。

将来独立するからには、色々なことを知っておいた方がいい。そう思い、役割分担と関係なく、デザイン以外の役回りも自分から行うようにしました。営業やシステム開発にも、可能な範囲で関わるようにしました。デザインの説明にマーケティングやブランディングの知識も必要だと思い、ビジネス書を読むようになりました。マーケティングやブランディングが得意な人がいたら、積極的に話を聞くようにしました。

このように仕事の幅を広げていくと、いろいろな業界や年齢の人と接するようになりました。そこで、挨拶やビジネスマナーの大切さを思い知るようになりました。

新卒で入社した会社と比べて、新しい職場環境は、待遇や福利厚生の面ではまったく恵まれていませんでした。年収も半分近くにダウンしました。何日も徹夜することは当たり前でした。仕事とプライベートの区別もほぼなくなりました。「自分らしさ」なんてものがどこにあるのか分からなくなりました。完全に量産型のウェブデザイナーになりました。

しかしながら、今客観的に見て、最初の会社の4年間より、転職した2年間での成長が遥かに大きかったです。知識や技術だけの話ではありません。物事の考え方、人との接し方、社会の捉え方、仕事観、人生観。会社とは何か。人に何かを伝えるとはどういうことか。自分のしたいことと世の中のニーズ。どこが重なり、どこがずれているのか。様々な意識や物の見方が大きく変わりました。

社会人になって最初の4年間と、ウェブデザイナーに転職してからの2年間。職務内容こそ違えど、私自身の潜在能力には大きな違いはなかったはずです。働く環境だけでいえば、最初の4年間の方が圧倒的に恵まれていました。

しかし、今の自分の礎になる大事な成長を経験したのは明らかに、恵まれていない環境の方でした。環境が悪い方が成長する、などという極論を論じる気は毛頭ありません。ただ、充実した労働環境と仕事のやりがいや成長スピード、未来への影響力は、この時の私の場合は相関しませんでした。

「自分らしさ」が育てた成長しない発想

人間は誰しも成長する可能性を秘めています。しかしその可能性を一番閉ざしてしまうのは、実は働く環境ではなく、自分自身の心なのだと思います。

すぐに他者や環境を否定し、自分の行動や変化を抑制するタイプのネガティブ発想は成長の最大の敵です。せっかく成長する機会が目の前に現れても、安易に迎合することを恥ずかしいと思い、否定し、チャンスを放棄する。自分は軽薄な人間ではないと行動しないことを正当化し、コンフォートゾーンから飛び出さず、ずっと同じ場所に居続ける。結果、成長する周囲に差をつけられ、時代に取り残され、やがて「できない人」になる。かつての私は、まさにその道を歩んでいた人間でした。

逆に、この他者否定型・行動抑制型のネガティブ発想=成長しない発想をしなくなるだけで、成長のチャンスは大きく広がります。

過去の私自身を振り返ってみても、成長を促したのは、環境そのものではありませんでした。「成長しない発想」をやめて、「成長する発想」に転換したことでした。私が陥っていた「自分らしさ病」に起因する「成長しない発想」と「成長する発想」の違いを、もう少し詳しく整理してみました。

面倒くさそうだ、やめておこう → 面白そうだ、やってみよう

未体験のことを面倒くさそうと思うか、面白そうと思うかで、人生におけるチャンスの多さ・少なさが決まるのではないでしょうか。

それをしたら損をするのでは → それをしたら得をするのでは

未体験のことに対して、いつもメリットよりデメリットにばかり目が行き、尻込みする時点で、多くのものを失っていませんか。

どうせ無理 → なんとかなるかも

立てた目標を達成できるかどうかは、能力の差ではなく、時間の有無でもなく、とにかくなんとかしようと思うか、あるいは最初からあきらめる準備をしているかの違いだったりしないでしょうか。

それは嫌い → それは好きになるかもしれない

やったことがないこと、精通してないことに好きも嫌いもないはずなのに、それを最初から嫌いといって拒絶するのは、チャンスを失いやすい発想ではないでしょうか。

そのことは自分には向いてない → そのことはやるべきだろう

向き不向きなんて、本当はやってみるまで分かりません。なのに、やるべきか、やらざるべきかの判断ではなく、最初から自分には向いてないと決めつけてかかるクセが、あなたから成長機会を奪っていませんか。

参考にならない。無駄だった → 何か参考にできることがあるはずだ

いつも最高の経験ばかりで人生を過ごすことなんてできません。良くない経験も、そこから学べること、反面教師にできることは色々あるはずです。経験を無駄にしているのは、他人でも会社でもなく、自分自身ではないでしょうか。

それは自分の役割じゃない → 自分の周りのこともできるだけ知ろう

自分の責任範囲しか見ないで仕事をする人と、周囲で起こっていることも自分事として捉える人では、同じ1日8時間の労働でも、経験の量も質も変わります。これが1年、2年、3年と続くと、成長する人としない人の、大きな差になるのではないでしょうか。

流行に乗るなんて恥ずかしい → 流行ってる理由を確かめよう

世の中で起こっていることをシャットダウンしても成長しません。自分の好き嫌いではなく、なぜ世の中の人はそれに魅了されているのか、ということを考えられれば、自然と耳に入ってくる雑音も貴重な情報源になるのではないでしょうか。

簡単に動かない自分は冷静沈着で賢い → 何か行動しないとマズい

動くべきか、動かざるべきかは状況にもよりますし、無計画な行動が良いわけではありません。ただ、変化をいつも嫌い、変わらない自分でありたいと頑なに思ってる人は、常に出遅れ、常に成長機会を失っていませんか。

もうできない → まだやれる

何事も工夫をすれば、無理な状況を覆したり、代替案で近い効果を得る方法を考える余地はあったりします。目標を到達できるかどうかは、やれると考えるか、諦めるかの違いだけだったりしないでしょうか。

失敗例があるからやらない方がいい → 成功例があるからできるかも

物事には、成功も失敗もあり得ます。単に億劫で自分がしたくないということでも、さもそれが正しい判断であるかのような事例を集めることはできます。しかしその判断は本当に冷静な撤退なのでしょうか。単に変わりたくない自分を正当化しているだけではないでしょうか。

都合よく人に使われて損をする → 誰かの役に立つと良い仕事が来る

役割を明確にし、それを頑なに堅持する人の心にあるのは、損得勘定です。余計な仕事に口出ししたら自分の仕事が増える。給料以上に働かされる。だから決められた仕事以外は一切しない。それが賢い働き方だ。でも、そうやって周囲にバリアを張ってしまうことで、人から頼られなくなり、その結果、多くのチャンスを逃していないでしょうか。

「自分らしさ」を成功者と結びつける罠

かつて、「自分らしさ」を堅持して、「成長しない発想」でいる私を支えていたのは、成功者やカッコいい生き方をしている人たちのこんな言葉でした。

「人からダメだと言われたが、自分は信念を貫いた」
「誰も評価してくれなかったが、自分は成功すると信じていた」
「大事なのは、自分を信じることだ」

しかしこれがトラップでした。

確かにそうなのでしょう。大きな成功や成果を手にする人は、自分の信念やスタイルを大切にしているのでしょう。しかし現実には、自分の信念やスタイルにこだわって成功する人と、目立った実績がないただのひねくれものになってしまっている人が存在します。両者の大きな違いは、目指すべき明確な目標やビジョン、志、それに伴う行動力の有無ではないでしょうか。

過去の私のように、明確な目標もビジョンも裏打ちするスキルもない。プライドだけは一人前。あれはしたくない、これはカッコ悪い、こんな社会人になりたくない、という文句が多い。変わらない自分が「ポリシーがある人」と誤解し、何事においても新しいことは受け付けない。何事においても行動せず、目標と紐付かない根拠のない「自分らしさ」を最優先で考えている。そんな人は、殻に閉じこもったまま、ろくに成長もせず、どこにも向かわず、何も成し遂げられません。

自分らしさや自分のスタイルが意味を成してくるのは、明確な目標やそれに伴ったスキルがあり、それらが相乗効果を発揮する時だけです。

成功する人というのは、大きな意味の「自分らしさ」にこだわりつつ、目標と合致しない細かなこだわりはすぐに捨てるような、そういう柔軟さも持ち合わせているのではないでしょうか。私自身は決して成功した人間ではありませんが、そんな気がしてなりません。

私の経験、あるいは周囲の人を見ても、新しい環境に飛び込むときは、妙な「自分スタイル」は捨てて、すべてをいったん受け入れた方が、成長可能性が高まるというのは、ほぼ確実に言える法則です。

それを社畜とバカにする人もいるかもしれません。狂信的になったり、違法行為に手を染めたり、病気になるまで働けとは思いません。でも、自分のこだわりはいったん捨てて、新しい環境にある程度どっぷり浸かろうと覚悟することは、「成長する発想」を促す、ひいては自分の秘められた能力を最大限引き出す、とても大事な心構えなのだと思います。

「自分らしさ」を捨てるのは目標を見つけるため

私が「成長しない発想」をやめられたのは、目標が見つかったからでした。しかし目標というのは、実はそんなにすぐには見つからないとも思います。私も社会人2年目になるまで、仕事の目標は見つかりませんでした。明確な目標が見つからないまま働いている人の方が、世の中には多い気もします。たった2年で目標と思い込めるものを見つけられた私は、かなり幸運だったと思います。

もし今大きな目標がないのなら、なおさらまずは仕事にしっかり向き合う濃密な時間を過ごした方がいいと私は思います。濃い体験をしているからこそ、自分のしたいこと、したくないこと、向いていることが際立って見えてきます。大目標でなくとも、仮の目標が見えてきます。すべての経験が無駄にならず、反省や反面教師も含めて、次のステップに活きてきます。

逆に、これといった明確な目標やビジョンもないのに、社会との摩擦や努力から逃げることを正当化するためだけの「自分らしさ」にこだわり、「成長しない発想」で日々を過ごし、淡泊に仕事をする習慣がついてしまうと、実りの少ない毎日を過ごしてしまいます。後でやりたいことが見つかった時、経験をうまくリサイクルできなくなります。私のように、人より出遅れたキャリアを歩んでしまいます。

いやいや、忙しすぎるとゆっくり考える暇がなくなるよ、なんていう人もいるでしょう。しかし果たしてそうでしょうか。そういう人は例え時間があっても、決断を後回しにするだけではないでしょうか。むしろ忙しい状態、頭がフル回転している状態、このままではいけないという焦燥感に迫られている状態の方が、自分のキャリアや仕事を真剣に考え、少ない時間から行動する時間を捻出したりしないでしょうか。

働き方も価値観も人それぞれで、何が正しいわけでもなく、幸福は自分で決めるものですが、以前の私のように根拠のない「自分らしさ」に固執するあまり、「成長しない発想」に取りつかれ、貴重なチャンスを活かさずに実り少なく過ごしてしまったと後悔する人が無駄に増えないよう、自分の経験を少し書き連ねてみました。

余談

最初の章で、新入社員の私が出張を拒否するメールを直属の課長に送信した、というエピソードをご紹介しました。その時の課長、木村課長について、少しお話します。

木村課長は、私の我儘を叱ることはありませんでした。「ええよええよ、そぎちゃん(私)がしたいようにすればいい」といつも言ってくれる人でした。部署の飲み会を欠席して一人だけ帰る時も、「もしかしてデートか?そりゃ急がなな!お疲れさん!」と笑顔で送り出してくれるような人でした。

出張を拒否するメールについても、「そぎちゃんが納得いかないのなら行かんでええよ」と私の意思を尊重してくれました。ただその時は珍しく、「そぎちゃんももう少し色々経験したら分かるようになるよ」といった趣旨のことも、返信メールには書かれていました。木村課長がそんなことを言うなんて珍しいな、とその時は思いました。

木村課長は、私が社会人二年目の時に異動してしまいました。最後にお会いしたのはいつか、はっきり覚えていません。

その後、私なりに自問自答しながらキャリアを進めてくる中で、木村課長があの時伝えようとしていた「色々経験したら分かるようになる」が、理解できるようになりました。もしまた木村課長に会う機会があった、当時の非礼を詫びるとともに、そのことを伝えようと、漠然と思っていました。

2020年秋、その古巣の会社から、「OBと対談するコンテンツを作りたい」という取材依頼を受けました。対談相手は、現在はその会社で人事部長をしている当時の先輩です。面白そうな企画だと思い、私は快諾しました。

その取材の合間に、たまたま木村課長の話になりました。そして、木村課長はその会社を定年退職してすぐ亡くなったということを知りました。

どうするのが自分なりの恩返しになるのでしょうか。自分なりの経験を交え、自分なりの言葉で、木村課長に教えていただいたことを語ることは、せめてものお詫びになるのでしょうか。そう思いながら、最後にこの文章を追記しました。

我儘で理屈っぽく、自分の殻に閉じこもりがちだった未熟な新入社員を優しく面倒見ていただき、本当にありがとうございました。お陰様で、25年前のあの頃よりは、社会と自分との距離の取り方が分かるようになった気がします。

※本エントリーは、2014年2月19日に公開した同名記事を加筆修正したものです。

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