PowerPoint歴23年、デザイナー歴20年、経営者として10年以上に渡って自社のマーケティングやセールスに深く関わり、提案書を作ったコンペでの勝率91%を誇る私の知見を余すことなく注ぎ込んだ、『最強の提案書を作る方法~伝わるストーリー・コピー・デザインの法則』というスライドを公開しました。
便宜上「提案書」としていますが、企画書、営業資料、ホワイトペーパー、社内文書など、人を動かすために作られるすべてのビジネス文書に応用できるはずです。
提案書のストーリー、コピー、デザインに関する、実践的かつ具体的なノウハウを詰め込んでいます。デザインについては、プロのデザイナーではなく一般のビジネスパーソンを対象とし、仕事の中で本当に必要な知識だけをまとめています。
約170ページある本スライドは、私が企業向けにこれまで20回以上行ってきた有料講座の配布資料を元に、公開用に仕上げたものです。スライドだけではやや言葉足らずな部分もあるため、講座の中でお話ししてることを中心に、約4万字に渡って、詳しい解説を以下に記載しています。
情報量が非常に多いため、ブックマークしていただいた上、実際に提案書や企画書を作る時に必要な箇所のみを見返すようにしてお使いください。
「提案書はどう作るのがいいのか?」という問いに答えるためには、「なぜ提案書が必要なのか?」から考えるといいでしょう。
例えばコンビニでおにぎりを買う時に、私たちはおにぎりの提案書を見せられることはありません。電化製品を買う時も、車を買う時も、パンフレットを見せられることはあっても、PowerPointで作られたお手製の提案書を見せられることはないはずです。
では、なぜ私たちはモノやサービスを売る時に提案書を作るのでしょうか?
それは相手が法人、つまりBtoBビジネスだからです。そして提案書が満たすべき基本要件は、BtoBビジネスにおけるマーケティング&セールスの特性と密接に関係します。
以下は、マーケティング&セールスにおけるBtoCとBtoBの違いを比較した表です。
この中からいくつかの要素をピックアップして詳しく解説します。
先ほどのコンビニにおにぎりの例に限らず、自分自身が味わうため、体験するため、所有するために購入するのがBtoCの基本です。一方、BtoBは多くの場合、購入者と利用者が異なります。それに故に提案書は、利用者ではなく意思決定者に向けて書かれなくてはなりません。
例えばMicrosoft365というクラウド製品は、個人にも法人にも売れる商材ですが、個人に売る場合は利用者目線、法人に売る場合は意思決定者目線になり、訴求するメッセージが変わります。
こう書くと当たり前のように思えますが、利用者にとってのメリットばかり並べ、管理者や意思決定者にとってのメリットは想像に任せてしまうような提案書を見かけることは珍しくありません。
また、利用者と購入者が異なること以外に、関与者が複数存在することもBtoBの特性としてよくあげられます。
BtoCは大抵1人で購入を決めますが、BtoBでは平均5.4人が関わるとも言われています。つまり、複数人の間で独り歩きしても伝わるように端折らずしっかり書く、というのもまた提案書の基本要件の一つです。
これは、以下のような状況で提案書がシェアされることを想定して作る必要がある、ということです。
「提案書はシンプルであるべき」という考え自体は間違いではありませんが、あまりにシンプルに作り過ぎて、営業が口頭で補足しないと伝わらないような提案書にしてしまうと、このように提案書が独り歩きしたときにうまく機能しなくなります。
さらに、BtoB商材は課題解決型商材であり、意思決定者の間では、経済合理性について議論されることが基本です。ブランド商材のように、所有や体験のワクワク感や快感を増幅させる「ゲイン商材」ではなく、痛みや悩みの軽減を目的とした「ペイン商材」ともいえます。
こう考えると、提案書においては「課題解決に繋がる強いロジック」が非常に重要であることが分かります。
さて、ここまではBtoBにおける言語化やロジックの大切さを裏付けるものでしたが、一方で意思決定の最終段階で強い影響を与えるのが、情緒的な印象です。
なぜなら、多くのBtoB商材は高額であり、失敗した時の経済的リスクが高いにも関わらず、乗り換えることが困難で、選択の基準が複雑で、情報量が少なく、購入後のイメージを事前に描くことが非常に困難、という特性があります。
数百万円、数千万円、数億円の投資を決める企業は、清水の舞台から飛び降りるような不安感を常に抱えているものです。だからこそ、その不安感を和らげてくれる「信頼感」も非常に重要な要素になりえます。
ようするにブランディングの領域の話ですが、これは提案書にキレイなビジュアルが必要、という話ではありません。ただ、丁寧に作られている、しっかり作られている、という印象が好意的に作用する可能性は、BtoBにおいてもあるということです。
このようにBtoBの特性から提案書が満たすべき基本特性を改めて整理すると、
といったことになります。
そしてこういったことはすべて、キレイな提案書を作って顧客や上司に褒められることではなく、提案書の真の目的のために実行されなくてはなりません。
提案書の目的が、「キレイな提案書を作ること」ではなく、「受注の獲得」とした時に意識しなければいけないのが、提案書を作る上での適切な時間配分です。
このことを考えるうえで整理したいのが、提案書の構成要素です。
一つずつ説明しましょう。
中央に位置するアイデアというのは、提案書におけるもっとも重要なコアです。決まった製品やサービスがあるビジネスであればそれそのもの、知識労働型の仕事においては課題解決のアイデアになるでしょう。どんなに提案書のデザインやコピーが美しく、卓越したストーリーが備わっていても、製品・サービス・アイデアが課題を解決しうるものでなければ買われません。
次に重要なのが、アイデアを伝えるストーリーです。どんなに優れたアイデアも、興味をそそられる分かりやすいストーリーがなければ、その有用性や魅力は伝わってきません。
その次に重要なのがコピーです。人はアイデアやストーリーの良さを、文章で具体的に理解します。この文章の質が低く、抽象的で何も伝わってこない書き方をしてしまっては、優れたアイデアもストーリーもすべて無駄になってしまいます。
そして最後に来るのが、デザインです。デザインは重要ではない、とは言いませんが、アイデア、ストーリー、コピーを凌駕するほどの要素ではありません。デザインがいくらよくても、アイデア、ストーリー、コピーが陳腐であれば、提案書の本来の目的である「受注獲得」は決して達成されません。
このように考えたときに果たして、PowerPointを使って提案書や営業資料、企画書の作成に勤しんでいる多くのビジネスパーソンは、適切な時間の使い方ができているのでしょうか?
一番左の「売るものが決まっている」というのは、売る製品やサービスが決まっている場合です。アイデアは決まっているので、その製品やサービスの魅力を上手に伝えるストーリーに一番時間を割き、次にコピーに時間を使い、余った時間でデザインを最低限キレイにまとめる、というのが適切な時間の使い方になります。
決まった製品やサービスがないビジネスにおいては、真ん中のように、アイデアに一番時間を費やすのが、適切な時間配分です。その次にストーリー、コピーと時間を使い、やはりデザインは最小限度の時間に留めるのが良いでしょう。
しかしながら、実際のビジネスの現場では、一番右の「だめな時間配分」のように、重要度の高いアイデア、ストーリー、コピーにはあまり時間を使わず、デザインにばかり時間をかけてはいないでしょうか。これでは、受注を獲得するという提案書の真の目的を達成する、適切な時間配分とは言えません。
しかしながら、このように間違った時間配分をしてしまうのは、多くのビジネスパーソンが提案書におけるデザインを正しく理解しておらず、どの程度の力加減で仕上げればいいか、どうすれば最小の時間で最大の効果を発揮するデザインになるか、といったノウハウを知らないからです。
世の中には、企画書や提案書のデザインをレクチャーした書籍なども存在しますが、その多くは、プロのデザイナーである私からすると「やりすぎ」に思えます。ビジネスパーソンが提案書を作る上で覚えておくべき原則は、そんなに多いわけではありません。
このような考えが『最強の提案書を作る方法』の根底にあります。そしてこのような考えに基づき、このスライドおよびこの記事では、以下のようなテーマを扱っています。
なお、『最強の~』と銘打っているのはそれだけの自負があるからですが、一方で、素晴らしい提案書を作ればなんでもかんでも売れるわけでもありません。例えば以下のような条件下では、どんな提案書もかなりの苦戦を強いられるでしょう。
こうしたことまで解決できる、魔法の杖のようなノウハウではない、ということはあらかじめご了承ください。
提案書を作る時、以下のような作り方をしている人をよく見かけます。
このような作り方をすることの最大のデメリットは、「ストーリーが見えないまま提案書を作ってしまう」ということです。ストーリーの全体像が見えていないので、「相手が知りたいこと」「相手の気持ちに応えること」ではなく、「自分にとって都合がいいこと」を基準にして、提案書を構成してしまいます。
そうではなく、
と、提案する相手に合わせて、ゼロからストーリーを作っていくことが大切です。
私はPowerPoint歴23年ですが、それでも提案書を作る時は、いきなりPowerPointを操作するのではなく、裏紙にサムネイルを並べてスケッチしたり、Wordやテキストエディタを使ったりして、まずは文字でメッセージや目次をまとめるところから始めます。
特に顧客やアイデアが大きく変わる時などは、過去の提案書を流用しようとせず、ストーリーを全体像から愚直に考えるべきです。そのストーリーがあった上で、「このページは昔作ったあの提案書のあのページが使える」と作業の効率化を図るべきです。
また、ストーリーは必ず、細部からではなく、メッセージの全体像からブレイクダウンするように作りましょう。図で示すとこのような感じです。
ここからは、大→中→小の流れで、詳しく解説していきます。
ストーリー作りにおいてもっとも重要なのが、「ストーリーの大枠」です。そしてこれは、提案書における最重要パートと言い換えても過言ではありません。
これをまったくのゼロから考えるわけではありません。基本的には、以下のセオリーに乗っ取って考えていくことになります。
このセオリーは、私が勝手に作ったものではなく、顧客の行動喚起を目的として作られるダイレクト広告でよく使われる理論を流用したものです。よくできた提案書に限らず、世の中のよくできた広告は、このセオリーに従って作られていることも多いです。
例えば、数年前に話題になったハズキルーペのテレビコマーシャルも、このセオリーを比較的忠実に踏襲しています。
提案書の作成方法を指南する私の講座では、このセオリーを以下のようなフレームワークに落としこんで、ストーリーの大枠を考えるワークショップを行ったりもしています。
ちなみに、ダイレクト広告には、こういったセオリーがいくつか存在します。「結論→問題提起→解決策→信頼→安全」に拘らず、他のセオリーも参考にして、それぞれの会社や商材なりのセオリーを作り上げてもいいでしょう。
ここからは「結論→問題提起→解決策→信頼→安全」のフレームワークに従い、各パーツの作り方をより詳しく解説します。
「結論」というのはその名の通り、提案書の結論、主旨、要点などを端的に説明するパートです。提案書ではないですが、私たちの会社紹介資料の1ページ目も、端的に私たちの会社を紹介したページを置いています。これが結論です。
この結論は、提案書の内容をまとめればいいわけではありません。忙しい役職者が1ページで要点を理解したり、気乗りしてない人に話を聞く姿勢になってもらったりするのが目的なので、以下の点を満たすよう、結論を作る必要があります。
中でも特に重要なのが、「顧客が知りたいこと目線」です。提案書が失敗する最大の原因は、「自分たちが言いたいこと目線」で書いてしまうことですが、この姿勢は、結論ページで特に強く現れます。
自分たちが言いたいことを伝えようと思いが先走り、顧客の気持ちが客観的に見えていない状態で結論をまとめてしまうと、「だから何なの?」という感想しか抱かない、効力のない結論になってしまいます。
BtoBの顧客がまず知りたいことは、大抵以下の3つのいずれかです。
こうした質問にきちんと応えられる結論になっているのか、というのが重要なポイントとなってきます。
具体的な例をいくつかお見せしましょう。
この例のように、企業理念やミッションを最初に大きく訴求する提案書や営業資料は多いですが、顧客がまず知りたいことが、その企業の理念やミッションであることはほぼありません。つまりこれは、無意味な話にページと時間を割き、提案書に関心を持ってもらう確率を下げる結論であるといえます。
これも、英語のブランドメッセージを一番目立つ要素にしているという点で、同様の課題を抱えていますが、他にも「創業30年」という情報や、事業部編成など、「それは本当に顧客がまず知りたい情報か?」ということを無視した結論の構成になっています。
これもまた、自分たちが言いたいことを伝えようと気持ちが先走り、自分たちと顧客の心理が見えなくなっているといえるでしょう。
こちらは、私たちが用意している結論ページです。
何を持って「顧客が知りたいこと」とするかは、業界や市場の中での文脈にもよります。私たちのようなweb制作会社の場合、業態認知は基本的にされているので、一般的な業務内容の紹介は求められていません。「企業向けのホームページを作ることができる会社です」という説明は、顧客がまず知りたいことではない、ということです。
では、「クオリティの高いwebサイトを作ります」というのはどうでしょうか?
これについても、「そもそもweb制作会社ってそういうもの」と多くの顧客は認識しているはずです。さらにいえば、このような常套句はどのweb制作会社でも言う言葉で、目新しさがありません。つまりこれも、顧客がまず知りたいことではないのです。
一方で私たちは、「BtoBに強いweb制作会社」をメインキャッチにしていますが、BtoBに強いことを明言しているweb制作会社は、日本に2社しか存在しません。つまりこれは、「他社と何が違うの?」という質問に端的に回答するメッセージとなっています。
さらに、私たちの商談先であるBtoB企業にとっては、「BtoBに強い」というのは、自分たちが抱えている課題を解像度高く理解し、本質的に解決してくれるのではないか、という期待に繋がります。つまり「BtoBに強い」というのは、強い差別化であり、課題解決に繋がる強いドライバーになると考えられるわけです。
そしてメインキャッチの下部に配置されている9つのリストで、課題解決に繋がる、顧客にとってのペインを解消できる、ということを証明できそうな制度や仕組み、数字などの具体的なエビデンスを並べています。
このようにして、「顧客が求める結論」を1ページでまとめています。
結論は1ページだけのシンプルなものですが、業界や顧客を踏まえた上でまとめる必要がある、難易度が高いパートであるといえます。
資料の流れ上、結論が最初に来てはいますが、その後の問題提起、解決策、信頼、安心の内容も踏まえて作る必要があり、工程としては最後に手掛けてもいいでしょう。
先ほど、提案書作成においてストーリーの大枠が最も重要、という話をしましたが、その中でも一番重要なパートが、この「問題提起」だと私は考えています。
この問題提起には、以下のような重要な役割があります。
ここに書いてあるように、特に価格や機能面で大きな差がない商材カテゴリにおいては、問題提起の質や切り口の違いが提案の差になる、ということは実際に起こりえます。
この問題提起を考えるうえでカギとなるのが、顧客の失敗ストーリーです。
「提案書とは」の中で、BtoBは課題解決型商材であり、ペイン商材である、という話をしました。このような商材を購入する根底には「失敗したくない」という心理があります。今までに犯した失敗を繰り返したくない、あるいは、新しい商品やサービスを導入して失敗したくない、という気持ちです。
このことは、BtoB商材のテレビCMやタクシー動画のほとんどが、失敗ストーリーから製品の特徴を伝えようとしていることからも分かります。
このようなことからも、問題提起を決める前にまず、「顧客が心から避けたいと思っている失敗ストーリー」をしっかり定義しておく必要があります。
例えば、私たちのようなweb制作会社の場合だと、以下のようなことです。
できあがったものを見ると、当たり前のことを書き連ねているように思えるでしょう。
しかし、ワークショップなどをしてみると、自分たちの顧客の失敗ストーリーを客観的・具体的に描くというのは意外と難しく、例えば以下のように、失敗ストーリーの解像度が低かったり、自分たちにとって都合のいい失敗ストーリーしか思いつかなかったり、といったことの方が多いです。
このように曖昧・的外れな失敗ストーリーしか出てこないのは、顧客像を具体的にイメージできていないからです。このようなことが社内で常態化しているようであれば、ブレストで「無い知恵」を絞るより、実際の顧客に会ってみて、リアルな話を聞いた方がいいかもしれません。
このようにして、具体的かつ芯を捉えた失敗ストーリーができたら、それを元に、問題提起パートを作り込んでいきます。
これも、具体的な例をお見せしましょう。
これは、マネージャー向けの教育プログラムを提供する会社が実際に使っていた提案書の問題提起パートの抜粋です。(公開用に文章などは多少変えています)
3ページにわたって問題提起されており、一件しっかりと作られているようにも見えます。おそらく「マネージャーが現場でうまく機能していない」という顧客の失敗ストーリーは見えているのでしょう。
しかしながらこれを読んでも、提案された側はおそらく「ふ~ん」としか思わないでしょう。一番の理由は、根拠を示すことなく、この商材にとって都合がいい問題提起しかなされていないからです。
このようなポイントを元に改善を加えた問題提起パートがこちらです。
改善前の問題提起では、根拠もなく唐突に示されていた「マネージャーの現状」について、①ではきちんとデータを引用し、根拠を持って提示するようにしています。その上で、②で問題の原因を3つに分類しています。
ここでいきなり、商材の売込みをかけるのではなく、③で同様の問題を抱えて解決した事例を紹介し、④でその要因を分析しています。
また⑤⑥では、その事例だけの特殊なケースではなく、一般化された理論に基づいていることを示します。
これを⑦で、提案企業の個別事情と照らし合わせて、⑧で提案企業における基本的な方針を導き出しています。
そうしてようやく、商材の提案に繋がる、問題提起の核心⑨を提示するわけです。
実際に9ページに渡って問題提起をすべきかはさておき、失敗ストーリーから問題提起に展開するには、このくらいロジカルかつ客観的に構成する必要がある、というわけです。
また、問題提起を作る際には、自らの商材を売り込もうという意識に囚われて都合のいい問題提起をするのではなく、一歩引いて客観的な視点になり、以下のようなスタンスで作られるべきだと言えます。
問題提起をした後は、どうやってその問題を解決するか、なぜ解決できるといえるのか、ということを提示しなければなりません。それがこの「解決策」のパートです。
この解決策パートは、要するに商材のセールスポイントの提示になってくるわけですが、自分たちが言いたいセールスポイントを単純に列挙するのではなく、以下の点を抑えた作りにする必要があります。
ただ、このような解決策の条件を示すと、「自社の商材にそんなに都合のいい解決策は備わっていない」「うちの商材には他社にはない明確な優位性や独自性はない」と思うかもしれません。
確かに製品やサービス自体に競争力が全くない場合、それそのものを見直さないといけない、ということはあります。しかしながら、問題提起まで立ち返ることで、顧客の心に深く刺さる、自社ならではの解決策とストーリーが作れるようになることもあります。
BtoB商材は、価格と機能で決まると思う人もいるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。似たような商材であっても、問題提起の内容を変えることでリフレーミングされ、新たな価値が生じることがあります。
例えばweb制作というサービスを提案する時、顧客の問題を「webサイトが充実していないこと」と定義すると、解決策は「コンテンツやデザインを制作してwebサイトを充実させること」になります。
しかし、顧客の問題を「他のマーケティング施策と噛み合っていないこと」と定義すると、解決策は「マーケティング施策を紐解き、噛み合うように役割を再定義してwebサイトを作る」ということになります。
このように、問題提起と解決策は対の関係であり、解決策に魅力が生まれないのは問題提起が凡庸だから、ということがあります。
良い解決策がすぐに思い浮かばなくても、「うちの商材はそんなもんだから仕方ない」と諦めず、問題提起まで遡った上で、他社では訴求できない魅力を見つけられないかを、社内で議論してみてはどうでしょうか。
ここまで説明してきた結論、問題提起、解決策がしっかりしていれば、提案はスムーズに通るだろう、と思うかもしれません。
しかし、「提案書とは」の中で述べたように、高額で失敗リスクが高いのに、判断基準が複雑で客観的な情報が入手しにくいのがBtoBです。購入前に「絶対に大丈夫だ」という確信が持ちにくく、信頼感のような情緒的な要素が判断基準に加わることがあります。
例えば、金額に大きな差がなく、解決策も一長一短だった場合。大手企業との取引があり、メディアにもよく取り上げられている会社と、知らない企業ばかりが取引先で、他で名前を聴いたことがない会社とでは、おそらく前者の方が成約率は高いはずです。
このような勝負になった時も想定し、以下のような役割を持った「信頼」のパートをきちんと提案書に組み込んでおくべきです。
この信頼パートを作るのは、これまでの問題提起と解決策に比べればそれほど難しいものではありません。書くことは概ね決まっているからです。
これらに類することを、できるだけ具体的なファクトを示すことができれば、信頼パートとしては十分なものになるでしょう。
信頼パートで示す情報が、すべての顧客を想定した情報であるのに対し、この「安心」のパートが想定するのは、懐疑的な顧客、否定的な顧客です。
「提案書とは」でもお話ししたように、BtoB企業の意思決定においては、平均5.4人が関わると言われています。つまり、担当者が好意的な印象を持っていたとしても、協議する5.4人の中に、否定的な評価をする人、他社を推している人がいたりすると、不利な状況に陥ることがあります。
そこで、懐疑的な人や否定的な人が質問してくるであろうことに対して、あらかじめ手を打っておくというのが、この安心パートの主な役割です。
信頼パートと同様、この安心パートも、掲載する情報は割と決まっています。多くの場合、ファクトを交えて以下のことをしっかり掲載しておけば大丈夫です。
信頼パートと安心パートについては、どんな提案書であっても内容がいつもだいたい同じになる、ということが多いです。そういう場合にはテンプレート化しておき、どんな営業資料も同じものを張り付ける、ということでも問題はないでしょう。
ここまで、「ストーリー作りの大中小」のうち、「大」を構成する「ストーリーの大枠」について、かなりの文字数とスライドを使って説明してきました。それだけストーリーの大枠が重要だからなのですが、逆にいえば、ストーリーの大枠さえ決まってしまえば、ストーリーの後工程は比較的簡単です。
次の「中」にあたる「ページ構成」とは、言い換えれば目次作りです。
目次は、結論→問題提起→解決策→信頼→安心のストーリーの大枠を元に、それらを説明するために必要なページに細かくブレイクダウンしていけば概ねできあがります。
目次化した結果、流れとして不自然な箇所は入れ替えていきましょう。結論→問題提起→解決策→信頼→安心という要素さえ満たされていれば、その順番で説明しないといけない、というわけでもありません。
私のようなベテランになると、原型が分からないくらいに入れ替えてしまうこともありますが、それでも結論→問題提起→解決策→信頼→安心の基本要素がきちんと格納されていれば問題ないので、話した時の自然な流れなどを意識して調整しましょう。
また、ページ構成を作る上では、以下のようなことにも気を付けましょう。
ページの内容とは、文字通り、各ページの中身に何を書くか、ということです。具体的にはコピーの役割ですが、ストーリーを仕上げてコピーに入る直前の段階で、各ページにどういう内容をどういう表現で書くかという大まかなプランは立てておきましょう。
ここまでストーリー作りの基本をお教えしてきましたが、これはあくまで基本の型です。実際のビジネスでは、提案に至るまでの流れや、RFP(提案依頼書)で指定された要求事項などに合わせて、さらに調整を加える必要があるかと思います。
例えば以下のような柔軟なカスタマイズを適宜行って型を崩していき、実際の商談に最適化した提案書に作り込んでいきましょう。
最終的にはこのように型を崩していきますが、この章の冒頭でお話ししたように、いきなり型が崩れた他の資料をベースにして、提案書を作るのはオススメしません。基本のストーリーの方がなくなってしまい、本来掲載すべき情報が抜け落ちたり、意図が伝わりにくい流れになってしまったり、ということが起こるからです。
特に提案書作りに慣れていないほど、今回ご紹介したストーリーの型をベースにして、愚直にこの型から作っていくことをオススメします。
提案書作りで一番難しいのが、このストーリーです。ワークショップをやっても、短時間で効果的な解が出てくるようなことはほとんどありません。しかし、受注するという目的に対して一番重要なのもまた、このストーリーです。
この後に説明するコピーやデザイン以上にストーリーの練り込みに時間をかけると、成果を上げる確率はきっと上がるはずです。難しいとすぐに諦めてしまうのではなく、提案書を見た人の気持ちを具体的に想像しながら、粘り強く磨き込んでいきましょう。
これは、ある提案書の表紙に書かれていたコピーです。提案書としてのこのコピーの問題点を、あなたは指摘できますか?
私であれば、特に見出しの上にある補足説明のコピーに対して、以下のような赤入れを行います。
これは提案書に限らない、ビジネスパーソンが書く文章全般に共通する問題です。何かを言ってるようで何も言っていないことを書き、メッセージを伝えにくくしてしまう、ということが、ビジネスの現場で頻発しています。
「コミュニケーション能力」というのは、どんな職業でも求められる必須能力です。ただし、このコミュニケーション能力の具体的な内容は、時代によって徐々に変わってきています。インターネットがない時代であれば、会話力こそがコミュニケーション能力の中心的なスキルでした。現在でも、接客業などのように人と会うことがメインの仕事では、会話力は重要なスキルです。
一方、メールやチャット、ドキュメントを中心に仕事を進める職種においては、会話力以上に求められるのが文章力です。現代のビジネスパーソンは、文章力を求められる機会が非常に多いというのは、働く中で実感していることでしょう。
しかし、それほどまでに大事な文章力について、多くのビジネスパーソンは、学校で習う国語や現代文以上の知識や技術を有していません。これが提案書などに無意味な言葉を書いて仕事をした気になってしまうという現象に繋がっていると、私は感じています。
コピーに関する訓練を受けた人が少ないことから、提案書のコピーに関する様々な誤解が蔓延し、見当違いな指示が上司からなされていたりします。例えば提案書に対して、以下のような誤った意見を聴いたことがないでしょうか?
PowerPointのようなツールは、デザイン機能があるが故に妙に誤解されてしまいがちですが、製品・サービスの具体的な便益や魅力を理解する上では、図表やビジュアルよりも、言葉や文章の方が圧倒的に重要です。
例えば、以下の扇風機の写真を見て、この扇風機の魅力が伝わってきますか?
「見た目が好き」という気持ちを抱くことはあるかもしれませんが、それ以上のことは、判断できないはずです。ところが、以下のように文字を乗せてみるとどうでしょうか。
この扇風機の魅力、便益などが、明確に、具体的に伝わってくるようになります。ここまで伝わってきて初めて、購入するかどうかの俎上に載ってきます。
扇風機のような姿形のある商材でさえこうなのですから、BtoBでよく扱うような無形商材や外観が訴求ポイントではない商材は、なおさら言葉は重要です。
提案書作りにおいて、「直感的に分かるように図やグラフを多用しましょう」「分かりやすく表にまとめて」などという指示が飛んだ結果、図や表ばかりになった提案書をよく見かけますが、これは作り方として間違っています。提案書のストーリーは、言葉や文章を中心に紡いでいかなければ伝わりません。図表やグラフは、言葉や文章を補佐する脇役にしかすぎません。
このように理解を促すと、「文章は苦手だから自分には無理だ」と尻込みしてしまうかもしれません。しかし、安心してください。ビジネスパーソンがプロのコピーライターや小説家のような文章力を身に付ける必要はありません。ちょっとした努力で到達できるレベルで十分です。
より具体的には、以下の3つの大原則を守る・意識するだけでも、ビジネスパーソンとしては十分な文章力が身に付くはずです。
この3つのポイントについて、一つずつ解説していきましょう。
先ほど例示したコピーのサンプルもそうですが、ビジネスパーソンが書くコピーの一番の問題として、「無駄な言葉が多い」ということがあげられます。
以下も、実際に提案書の中で使われていたコピーです。日本語としてはおかしくはありませんが、やはり「無駄な言葉が多い」という問題を抱えています。では、どの言葉を削ることができるか、分かりますか?
以下のように赤で示した部分は、なくても文章が成立します。
言葉の無駄を省いた文章がこちらです。
元の文章と比べ、約50字が圧縮されています。さらに、読み比べるとわかると思いますが、元の文章よりも明らかに読みやすく、理解しやすい文章になっています。
このように、文章から無駄な言葉を削っていくと、基本的には文章は読みやすくなります。なぜなら、文章には以下のような基本法則があるからです。
ここでのポイントは、「情報量が同じ」ということです。言葉を削った結果、情報が減ってしまうと、分かりにくくなってしまう可能性があります。ただ、情報が減らないのであれば、文字量は少ないほど分かりやすくなります。言葉のノイズがないことで、脳内で処理する負荷が減り、本当に必要な情報だけをスムーズに理解すればよくなるからです。
実はこのような文字削りの作業は、文章を本職とする人もよくやっている作業です。
文章力がある人は最初から美しい文章が書ける、と思うかもしれませんが、一部の天才的な方を除くと、そんなことはありません。多くの場合、最初に書いた文章には無駄な言葉がたくさん含まれています。
私はビジネスパーソンの中でも比較的文章が書けるほうだとは思いますが、それでもWord等で書いた最初の文章には、無駄が多く含まれています。完成までにブラッシュアップを書けた結果、文章量が3分の2から半分くらいになることも珍しくありません。
文字を削る作業は、最初は時間がかかるかもしれません。ただ、文章や提案書を書くたびに、無駄な文字を削ることをしていると、自然と、どういう言葉を削っていくと良いか、そのパターンが見えてきます。
文中の以下のようなポイントは、だいたい削ってしまって大丈夫です。これらを中心に文字を削り、文字量を初案の半分にすることを目標にしてみましょう。
なお、このように大胆に文字を削ってしまうことを不安に思うビジネスパーソンは少なくありません。それは文章を書くときに、以下のような「不純な動機」があるからではないかと思います。
特に、文字を減らしすぎると手抜きに見えるのでは、という不安を感じる方も多いでしょう。この文字が少ないことに対する恐怖心が、文章を伝わりにくくする一番の元凶です。
しかし、文字を減らして手抜き感が出るのは、中身がないことが原因です。それは文字数の問題ではなく、内容の問題です。アイデアやストーリーさえしっかりしていれば、文字は減らしても大丈夫なはずです。
そのため、まずは思い切ってどんどん文字を削っていきましょう。その結果、中身がない文章になるようであれば、きちんと情報を盛り込み、短くても中身がある文章になるよう仕上げましょう。
ビジネスパーソンが書く文章について、無駄な言葉が多いことと同じくよく見かけるのが、「抽象的な曖昧言葉でお茶を濁す」です。
それは例えば、以下のような文章です。
日本語としておかしくはないので、書いてあることは理解できますが、メッセージとしては何も伝わってきません。なぜならばこの文章には、具体的なことが何も書かれていないからです。
特に以下の箇所は、ビジネスパーソンの文章によく見られる、典型的に曖昧ワードです。
これを具体的な言葉に置き換えると、以下のような文章になります。
この内容に関心があるかどうかはさておき、具体性を高めたために、この企業が提供しているサービスの特徴が、より分かりやすく伝わってくるはずです。競合商材と比べてみれば、差別性や独自性が伝わってくる文章になっているはずです。
特に無形商材を扱っている場合には、「具体的に書く」ということがそもそも難しい場合もあります。しかしそういう場合であっても、可能な限り具体的に書こうと努めるべきです。具体的なスペックが見せられなくても、歴史、実績、制度、メソッド、システム、ドキュメントなど、曖昧な言葉ではなく、具体的に伝えられる何かがあるはずです。(まったくないなら、具体的なことが言えるようサービスを磨く必要があります)
それにしても、世のビジネスパーソンはなぜ、曖昧で抽象的な文章を書きたがるのでしょうか。その一番大きな理由は、曖昧で抽象的な文章は、頭に負荷をかけなくても書けるからです。つまり、文章を書くという仕事をしながら、頭の中はサボってると、文章がどんどん曖昧に抽象的になっていきます。
例えば以下の文章。
この5つのコピーは、私が2~3分ほどで適当に作ったものです。何も考えずに作ることができる、「仕事をした感」が簡単に出せる便利なコピーです。しかし、こういう文章の書き方ばかりしていると、文章力や思考力はどんどん低下していきます。
特に、以下のような言葉は、言葉を曖昧にする要注意ワードです。
これらの言葉が頻出しているようであれば、その文章は高い確率で曖昧で抽象的な文章になっているはずです。これらの言葉が使われている箇所について、「それは具体的には?」という言葉を自分自身で問いかけていって、文章を具体化していきましょう。
また、こういった単語レベルで文章が抽象化する以外に、そもそも文章として、何か言っているようで何も言ってない文章を書いているケースも、非常に多く見かけます。例えば以下のような文章です。
これも、一見しっかりと書かれた文章のように読めますが、よく読んでみると、たいしたことは何も言っていない文章になっています。
具体性のある文章だけを抜き出していくと、たったこれだけのことしか言っていません。
このような、抽象的で中身のない文章ばかりでは、いくら製品やサービスが優秀で、ストーリーがしっかりしていても、その魅力は何も伝わってこないでしょう。そんな提案書では、その商材が本来持っているパフォーマンスに見合った受注を獲得することはできなくなります。それどころか、そんな文章ばかり書いていると、ビジネスパーソンとしての思考力もどんどん弱くなっていきます。
提案書を一度書き上げたら、見直す機会があると思いますが、その時は、無駄な言葉を削りながら、一方で「もっと具体的な書き方ができないか」ということを意識して、文章をブラッシュアップしていくと、提案書のクオリティが短時間でワンランクもツーランクも上がっていくのではないかと思います。
文字を減らす、言葉を具体化する、ということと比べれば簡単な文章力上達のテクニックとして、「文章の構造を単純にする」というのがあります。
提案書に長文が書かれることはあまり多くはないと思いますが、例えば以下の文章。
難しい話はしていないのですが、文章構造が複雑であるがゆえに、文章を理解する難易度が上がってしまっています。
特に、主語と述語が離れてしまい、その間に長い文章が挟まれていること、前置きや兵器が多すぎることなどは、文章構造が複雑化している原因です。
これを単純化したのが以下になります。
文字を減らすテクニックも併用してはいますが、このように、文章の構造を単純にすると、一気に読みやすく、分かりやすくなります。
提案書の文章を見直す際には、以下のようなポイントを中心に、文章構造をシンプルにできないか、再度検討してみましょう。
先ほども書いたように、世の中のビジネスパーソンは、コピーに関する教育を受けていません。そのためここまで解説した、文字を減らす、言葉を具体化する、構造を単純にする、と磨いていくだけで、平均的なビジネスパーソンよりも遥かに高い文章力を身に付けることができるようになります。
それは、競合企業の提案書を作っているビジネスパーソンよりも文章力の面で優っている、つまり提案書レベルでは勝てる可能性が高い、ということを意味します。
そしてこの3つを磨いたうえで、文章を書くことの楽しさを覚え、さらなる上達を目指したければ、以下のようなことにも、挑戦してみるといいでしょう。
提案書や営業資料の作り方に関して、最もニーズが高いのは、デザインについてでしょう。私がいくつかの企業で行った提案書作成の講座についても、いずれもキッカケはデザインを何とかしたいという要望でした。
提案書をデザインするメリットは、端的にいえば以下の3つがあると思います。
しかしながら、「提案書のデザインをなんとかしたい」と考えている企業やビジネスパーソンは、2つ目の「心理的障壁の排除」と3つ目の「イメージを向上させる」を、過大評価しすぎだと思います。
もちろん、デザインの力を駆使すれば、あまり好きじゃないという気持ちを和らげたり、古臭い印象を洗練された印象に変えたりは、できなくはありません。しかしながら、デザインでそこまでの効果を生み出すのは簡単なことではありませんし、そのことが受注に繋がる確率も、決して高くはありません。
そう考えたとき、プロのデザイナーでもない一般のビジネスパーソンが、心理的障壁を排除したり、イメージを向上させたりするための、高度なデザインテクニックを身に付けるべきかというと、私はそうは思いません。そんなことに費やす時間があるなら、ストーリーやコピーを磨くことに費やした方が、よっぽど受注確率を高めると思います。
つまり、ビジネスパーソンは、提案書をデザインする目的を「提案内容の理解を促進する」ということだけに絞って考えた方がいいと思うわけです。
言い換えると、こういうことです。
認知容易性とは、ノーベル賞受賞の行動経済学者ダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』にも登場する概念で、ようすうに、「分かりやすいものが好き」という人の基本特性です。
つまり提案書のデザインにおいても、分かりやすくシンプルで見慣れたデザインにすることで、認知の負荷を下げ、ストーリーやコピーを伝わりやすくし、それによって好意を形成すべきである、と捉えることができます。
派手な見た目、洗練されたビジュアル、プロのようなレイアウトによって、好意的印象を高めようとするのは、提案書デザインにおける本質ではない、ということです。
そしてもう一つ、認知容易性とともに、提案書デザインにおいて考えなければいけないのが、労働生産性です。つまり、短時間で効果をあげるちょうどいいバランスを見極める、ということです。
例えば、同じ受注を獲得できる提案書が2種類あった時、Aの提案書はデザインが非常に洗練されているが制作に5日かかる、Bの提案書はデザインはラフだが1時間で作れる、となれば、Bの方が提案書のデザインとして優れているといえます。Bは1日で作れるわけですから、単純にAの5倍の労働生産性があると言えますし、5倍の売上をあげる提案書の作り方ともいえます。
このように労働生産性の高い提案書デザインを実現するうえで、私は「すべきこと」以上に、「すべきでないこと」をきちんと決めておくことが重要だと考えています。特に以下の3つは「すべきでないこと」として、強く意識しておく必要があると思います。
大事なポイントなので、少し詳しくお話ししましょう。
①の「デザインを新たに考えない」というのは、提案書を作るたびにいちいちデザインを考えない、ということです。見やすいレイアウト、分かりやすいデザインパターンが存在するのであれば、どんどん流用すべきです。ストーリーはなるべくゼロから考えましょう、というお話をしましたが、デザインはむしろ逆です。デザインはなるべく流用し、ゼロから考えることをできるだけ減らしましょう。
②の「相手に合わせてデザインしない」も似たような話です。しばしば、提案先の企業のCIカラーに合わせて提案書などを見かけますが、色を変えたり、考え直したりする時間自体が無駄です。「うちの会社のカラーに合わせてくれたから、ここに発注しよう」などという意思決定が起こることは、ほぼゼロに近いはずです。そんな時間があれば、ストーリーやコピーを磨くことに費やすべきです。提案書というのは、自社のセールスツールなので、自分たちのデザイン様式で堂々と提案すればいいと思います。
③の「カッコいい提案書を目指さない」は、まさにここで伝えていることになります。提案書のデザインに悩み、時間を使ってしまうのは、カッコいいデザイン、キレイなデザイン、スタイリッシュなデザインに近づけようとするからです。しかし、提案書はデザインの美しさやオリジナリティを競っているわけではありません。既にお話ししたように、認知容易性さえ担保できれば良く、あとは労働生産性を重視して、効率よく作られるべきなのです。そのため、「よりカッコよく」といった考えは一切捨て去るべきです。
デザインというと、「見た目をキレイにすること」と一般的には思われており、この記事の大半も、その一般的な認識に合わせてデザインという言葉を使っていますが、本質的なデザインの定義は、「目的を達成したり課題を解決したりする最適な方法を生み出すこと」です。それを実現するために、私が一貫して提唱しているのは「シンプルデザイン」です。提案書デザインにおいても、この本質的なデザインである「シンプルデザイン」を基本姿勢として、取り組む必要があると考えています。
ここからは、「配色」「レイアウト」「文字」「図形・グラフ」といったデザイン要素ごとに、具体的かつ実践的なテクニックをお教えしていきます。
ただしこれもまた、「キレイにするため」のテクニックではなく、「短時間で素早くそこそこのデザインにするため」のテクニックに絞っています。
そのため、プロのデザイナーが覚えるようなデザインの知識やノウハウは紹介しません。あくまで一般のビジネスパーソンが真似できる範囲の事しか書いていません。しっかり作り込んで、ビジュアルとして100点満点を目指すようなデザインテクニックではなく、あまり深く考えず機械的に真似をすることで、60点~70点のくらいのビジュアルに仕上げるようなテクニックに絞っています。
これも、提案書における「本質的なデザイン」を意識した上でのコンセプトです。
私の講座で、提案書をデザインする上で何が一番難しいと感じるかと質問すると、ほとんどの人が「色」と答えます。しかし、だからといって「自分には色のセンスがない」と悲観する必要はありません。実はプロのデザイナーでも「色が苦手」という人は非常に多いです。というより、色というのはそもそも扱うのが難しいものなのです。考え出すと泥沼に入ります。一般のビジネスパーソンが提案書を作る上では、色のことをあまり考えすぎず、機械的に処理するのが一番です。
そうするために基本的に抑えていきたい基本セオリーは以下の3つです。
①の「色数はできるだけ少なく」ですが、色が難しくなるのは、多くの色を扱おうとするからです。例えば、白黒のドキュメントを、美しいと思うかどうかはさておき、「見にくい配色」「好みじゃない色使い」とは思わないはずです。
例えば以下は、白と黒以外の色をほとんど使わずに私が作ったスライドですが、別にデザイン的に大きな欠陥を抱えているようには見えないはずです。
白黒の配色に、あと一色を加えるだけだとまだ大丈夫です。しかし、もう一色、さらにもう一色と色を増やしていくほど、色のコントロールは難しくなり、高度なスキルとセンスが求められるようになります。プロのデザイナーであれば、そのようなデザインにも挑戦していく必要がありますが、一般のビジネスパーソンは、色で戦う必要はありません。色をできるだけ使わず、色に時間を奪われないようにするのが、賢明です。
②は、選んだ数少ない色を、きちんと統一したルールの中で使いましょう、という意味です。ページによって色の使い方がちぐはぐで、意味づけが不明瞭であったなら、せっかくの色を使っている意味がなくなります。
③の「色に頼らない」ですが、色を多用したくなる人の中には、「色を使った方が分かりやすくなる」という固定観念があるようにも思います。確かに、色を有効に活用した優れた情報デザインというのは存在しますが、色を使う=分かりやすくなる、というほど直接的な効果があるわけではありません。
そもそも、色そのものは情報を持っていません。
例えば私たちは、信号を見て、青は進め、黄は注意、赤は止まれと瞬時に識別しますが、これは過去のどこかの段階で、青は進め、黄は注意、赤は止まれ、という情報を脳内にインプットしているからです。しかしこの事前情報が与えられていなければ、私たちは瞬時には判断できません。そのため同じ色でも、スマホアプリ上の青や黄や赤のボタンから、その意味を直感的に理解することは難しいです。
このような色の特性を考えると、「色を使えば分かりやすくなる」というのが安易な発想で、思うほどに効果的ではない、ということが分かるでしょう。むしろ、①にあるように色のコントロールを失ったり、②にあるように一貫性を失ったりして、結果的に分かりにくく認知容易性の観点でも好ましくない配色になるのがオチです。
このような、配色の基本セオリーを踏まえたうえで、より具体的なテクニックをお伝えしましょう。
色のセオリーでは「色数を少なく」と書きましたが、さらに言えば、背景の白を除き3色以内にすべきです。ベースカラーは文字色につかう黒、アクセントカラーは強調や注意喚起に使う赤、そしてメインカラーはCIカラー、と基本カラーを設定し、それ以外の色を一切使わなければ、そんなにひどい配色にはならないはずです。
どうしても他の色を使いたいという場合は、基本カラーと白もしくは黒とのグラデーション上にある色を選べば、まとまりがない配色にはなりません。
グラデーションカラーを使う上で、グラデーションを自分で作る必要はありません。スライドの配色をあらかじめ設定しておけば、色を選択するカラーパネル上に自動的にグラデーションカラーが出てきますので、それを使えばいいでしょう。
もし、グラデーションカラーではない他の色を使いたい、ということであれば、トーンから色を選ぶ、ということもできます。
トーンとは、色の構成要素である明度と彩度が同じ色のグループです。同じトーンで色をまとめると調和しやすくなる特性があります。例えば、メインカラーにブライトトーンのオレンジを使っているのであれば、同じブライトトーンの中から他の色を選ぶと、まとまった配色になりやすいです。
ただし、この話を聞いて、「なるほど!すぐ真似できそうだ!」と思うビジネスパーソンはほとんどいないでしょう。それもそのはず、プロのデザイナーの中でも、トーンを上手に使えない人がいるくらい、これは難しい色の選び方です。デザイナーではない一般のビジネスパーソンが、このレベルの配色の知識を身に付ける必要はありません。愚直に3色の基本カラーと、グラデーションカラーの組み合わせでデザインしていくべきです。
それでもどうしても他の色がほしいのであれば、無彩色を使いましょう。
無彩色であれば、どんな色と組み合わせても、おかしな配色になることはありません。少し暗くなったり、全体的に無機質な印象になったりすることはありませんが、プロのデザイナーを目指しているわけではないので、そのくらいは許容範囲です。
このような色の基本テクニックを使った改善例をお見せしましょう。
ここまでの説明をお読みいただいた方であれば、この資料の問題点は一目瞭然でしょう。グラデーションも多用した上で、数えきれないくらい多くの色が使われています。しかしながら、トーンが合っておらず、まとまった配色というよりゴチャゴチャとした配色に見えます。色の多さによって分かりやすくなるどころか、むしろどこに着目していいかよく分からなくなっています。そして一番の問題点は、これを作り上げることに非常に時間がかかることです。最終的に色を決めることも含めて、一日近くの時間を費やしているのではないでしょうか。
この章でお話ししたように、提案書において、こんなにたくさんの色を使う必要は全くありません。限りなく白黒に近付けてもいいはずです。改善例を見てみましょう。
白と黒を除くと、使っているのは青と、そのグラデーションカラーである水色だけです。しかし、これでも十分にこの図表は表現できますし、何よりも改善前の資料よりも遥かに分かりやすくなっています。真ん中の「システム・スキームの統合」が一番重要なことが、一目でわかります。なにより、改善前の資料よりも遥かに、作る時間が短縮されるはずです。
このように、色を使わず、色に頼ることをしなければ、提案書のデザインは自ずと良くなっていくはずです。
レイアウトとは、紙面を構成する要素の配置方法です。このレイアウトにも、以下のようなセオリーが存在します。
これについては、具体的なノウハウをお見せしていく方が分かりやすいでしょう。
一般のビジネスパーソンが作る提案書デザインをプロのデザイナーが見て、一番気持ち悪さを感じるのは、この整列がきちんとされていないことです。左側のように、端も揃っていなければ、余白の感覚も、ボックスの中の文字の揃えも統一されていない、という資料を頻繁に見ます。これをきちんと整列してあげるだけで、デザインは一気に整います。
一般のビジネスパーソンがこのようなガタガタのデザインのまま放置してしまうのは、プロのデザイナーからすれば理解しがたいことなのですが、その理由の一つに、整列機能をうまく使えていないからでは?と思います。
PowerPointには、ボタン一つで端を揃えたり均等に並べたりする整列機能があります。
私は、上記のような整列関連のボタンをリボンインターフェース内に配置し、いつでもすぐにワンクリックで整列できるようにしています。またその他のポイントとしては、文字ボックスなどのパディングの設定を、上下左右すべてゼロにするのを既定にします。こうすることで、ボックスの左幅は揃っているけど、目視した時に文字の端だけズレている、ということが起こらなくなります。
このように、短時間で整列するための機能が色々あり、これらを有効活用して、要素を整列させていきましょう。
レイアウトで他に覚えておきたいのが、近接のルールです。
これは何かというと、同じ情報グループを近づけて、違う情報グループを離す、というセオリーです。デザインが苦手だというビジネスパーソンの提案書には、しばしばこのような近接のセオリーに反した配置がよく見られます。近接を上手に使うと、色の塗りや線で情報のセグメントを表現する必要がなくなり、スッキリしたデザインに仕上がります。
これと関連して、余白も上手に使いたいものです。
ビジネスパーソンの提案書を見ると、目立たせたいメッセージの文字を大きくして、ぎゅうぎゅう詰めの状態にしていることがよくありますが、文字に目が行くかどうかは、相対的なバランスで決まります。
右側のように、文字サイズが小さくなっても、余白が広くなれば、相対的に文字に目が行きます。「余白を恐れる」というのは、ビジネスパーソンのデザインによく見られる傾向ですが、余白は悪くありません。大胆に、堂々と余白を使いましょう。
また、レイアウトする時は目線の流れも意識しましょう。
横書きのレイアウトであれば、左上から右下に向かって目線が移動していきます。最初に読ませたい要素や大事な要素は左上を起点とし、そこから流れるように文章や要素を組み立てていくなど、目線の流れを意識しましょう。
最後に、紙面全体の中のレイアウトについて。
特に要素が少ない時に迷いがちですが、基本的には、固定位置に配置する方法か、上下左右中央に配置する方法かの、二種類しかありません。どちらが優れているというわけでもないので、好きな方を選択するでいいと思いますが、少なくとも提案書の中では、位置固定か中央配置かで一貫しておくようにしましょう。
レイアウトについても改善例をお見せします。
これは数年前に、某省庁のサイトで一般公開されていたPowerPoint資料の、文字だけを入れ替えたものです。つまり、実際に使われていたレイアウトですが、ご覧のように、ブロックの幅も余白も揃えも、まったく揃っていません。あまりにもガタガタすぎて、仕事をする気がないのかな?という気もしてきたりします。
これをキレイに揃えたのが以下になります。
ご覧のように、整列、近接、余白のセオリーを活かし、レイアウトをキッチリと揃えるだけで、最低限きちんとデザインされた提案書に見えてきます。
グリッドを引くと、どのように整理されたかがより分かるでしょう。
このようなことも、整列機能とスマートガイドを使えば、時間をかけずにできますので、是非PowerPointのオペレーションも勉強してみてください。
文章の書き方については「コピー」の章で解説しましたが、ここでは文字のデザイン、専門的な言葉でいえば、タイポグラフィに関するノウハウです。より具体的には、書体、文字サイズ、行間などについてです。
この文字についても、セオリーはあります。
勘のいい人ならお気付きと思いますが、「数を減らす」「統一する」というのは、デザインの基本セオリーであり、このことは文字のデザインにも当てはまります。
その上で、基本的なポイントをいくつか具体的にお伝えしましょう。
書体というのは、提案書を書く上で比較的皆さんが気にする要素ですが、結論からいうと、OSが標準で搭載しているゴシック系の書体にしましょう。
提案書を書く時の書体の選択肢としてまず頭に浮かぶのは、ゴシック系か、明朝系か、ということでしょう。(欧文だとSan-Serifか、Serifか、ということになりますが、提案書は基本的に日本語で書かれるはずなので、ここでは和文に話を絞っています)
明朝は、文字を筆で書いていた時代のトメやハネの名残である「飾り」が残っている書体です。明朝を使うと、クラシカルでアカデミックな雰囲気が出るとも言われています。しかし言い換えれば、明朝を使うメリットはそれくらいしかありませんし、そのことは提案書の本来の目的(受注獲得)にほぼ影響しません。
一方のゴシック体は、飾りなどの装飾をなくした書体です。強みは可読性の高さでしょうか。特に小さな文字や、解像度の低いスクリーンでの表示において、よりスッキリと読みやすくなるのがメリットです。それ故にデジタルの世界では、解像度が低かった時代から伝統的にゴシック系の書体が標準でした。一方の、明朝体は「デザインの情報量」が多く、小さくなると潰れやすい、書体のデータ量が大きくなるなど、デジタルの世界では不向きな書体ともいえます。
私たちの仕事環境において、PCやスマホなどのデジタルは既に欠かせないものとなっています。そして、私たちが生活の中で一番見慣れているのが、ゴシックです。そして、ゴシックの最大の利点は、見慣れている=認知容易性が高い、ということでしょう。書体が邪魔をせず、脳による情報処理を自然に助けてくれます。ストーリーやコピーを練り込んでいれば、このことは最大の利点になるでしょう。
だから提案書の書体は、Windowsであればメイリオ、Macであれば、ヒラギノで作るのがベストです。ただ、書体のセレクトは提案書の成果に致命的な影響は与えないので、好みの問題で、メイリオではない別のゴシックを使うのは問題ありません。明朝も絶対にダメとまでは言いませんが、あえて使う理由がない、というのが正直なところです。
デザインに無用な時間をかけたくない、書体選びで無駄な時間を使いたくない、というビジネスパーソンは、メイリオ一択で考えるということでいいでしょう。それでも全く問題はありません。
余談ですが、デジタル時代が加速し、世界的にゴシック体のような飾りのない書体がますます主流になっていっています。例えば、2015年にGoogleがロゴを変更しましたが、これも飾りのあるSerifから、飾りのないSan-Serifへの変更でした。
つまり、ゴシック体/San-Serifを選ぶということは、デジタル時代における主流に合わせる、とも言えるかと思います。
文字に関して、書体選びの次に意識したいのは、文字サイズとジャンプ率についてです。
ジャンプ率というのは、見出し・本文・キャプションという別要素の文字があった時の、文字サイズの違いのことを言います。上記の図でいうと、文字サイズの差が少ない左側より、差が大きい右側の方が、よりジャンプ率が高い、といえます。
ジャンプ率については、上品で落ち着いた雰囲気を出しないならジャンプ率を下げる、ダイナミックで動的な印象を与えたいならジャンプ率を上げる、などとプロのデザイナーは教えられたりしますが、提案書のデザインにおいては、「上品で落ち着いた雰囲気」を出す決定的なメリットはなく、むしろ情報のメリハリをはっきりつけた方がいいことなどから、なるべくジャンプ率は高めにするよう、心がけましょう。
なお、文字サイズについては、例えば講演のスライドなどは24pt以上にした方がいい、などと言われることもありますが、提案書は基本的に近い距離で見るのと、独り歩きしても成立するように文字量がやや多めになることから、文字の大きさにそれほど固執する必要はありません。とはいえ大きめの方が有利ではあるので、私は14pt以上とある程度決めています。
また、文字サイズのルールについて、例えばページタイトルは24pt、大見出しは20pt、小見出しは16pt、本文は14pt、図の説明は10~12ptなどと、大まかにルールを決めておいた方が、全体的に統一感が出ます。ただ、各ページの文字サイズを細かく見比べることをする人はほとんどいないので、各ページの情報量に合わせてある程度柔軟に変えていっても大きな問題は生じないかな、と思います。
文字サイズと同様に、文字を見やすくする上で非常に重要なことでありながら、多くのビジネスパーソンが無頓着なのが「行間」です。
ビジネスパーソンが作る資料を見ると、左のように行間が全くなく、ギュウギュウになった文章をよく見かけます。これを右のように、きちんと行間を入れるだけで、一気に見やすくなりますし、デザインとしてもより洗練された印象になります。
どのくらいの行間がいいかは、感覚的なものですが、提案書であれば、本文は1.5(150%)、見出しなどの大きめサイズの文字は1.2~1.3(120%~130%)くらいにするのがいいでしょう。
ちなみに私は、Wordやブログのような長文を読ませる場合には、行間を2.0%(200%)に設定します。
なお、PowerPointには、文字を装飾する機能がいくつか備わっています。
これも結論からいえば、太字と下線以外は使わない、というルールでいいかと思います。斜体も影も、「なぜ斜体なのか?」「なぜ影なのか?」の意図が伝わりにくく、さらに太字や下線と混在すると、優先度の序列が分からなくなってきます。この手の文字の装飾は多用しない、と認識しておいた方がいいでしょう。
ここまでお話しした文字のデザインについても、改善例をお見せします。
これも某省庁が実際に公開していた資料を基に、文字だけを入れ替えたものですが、ご覧の通り、書体、文字サイズ、装飾など、ここでお教えしたことがほとんど守られていないデザインになっています。
文字についてのみ、適切なデザインを施したのが以下の改善例です。
3種類の書体が混在していたのを、MS Pゴシックに統一し、タイトル、見出し、小見出し、本文でサイズを変更、影などの装飾をなくしました。文字量が多めなので調整を入れませんでしたが、文字サイズを全体的に小さくし、行間をもう少し広めてもいいかもしれません。
このように、文字のデザインにこだわるだけで、資料の読みやすさ、洗練された印象は一気に改善することは珍しくありません。デフォルトの文字設定をそのまま使うのではなく、読みやすく見やすい自分なりの文字デザインのパターンを見つけ出してみましょう。
「コピー」の章で、提案書において何よりも大事なのは文章だ、図表は脇役に過ぎない、というお話をしました。世の中には図表・グラフの塊のような提案書が数多く存在し、「分かりやすく図にしろ」と上司から間違った指示が出されているケースも散見されます。繰り返しますが、図表・グラフは提案書の脇役であり、図表・グラフを中心にした提案書の作り方をしてはいけません。
この図表・グラフについても、以下のようなセオリーが言えるかと思います。
グラフ、表、図の順番で、これを具体的に説明していきましょう。
グラフは、提案書でも頻繁に使われます。グラフ化すると、客観性が増すような気がしますし、実際数字の比較や推移を示すうえで、グラフは強力な情報になりえます。ただしこのグラフも、乱造してなんでもグラフ化すればいいわけでもありません。
大事なのは、「何を伝えたいか?」ということです。その伝えたいことに合わせた、適切なグラフのフォーマットと、表現を選択する必要があります。
グラフとしてまずスタンダードなのは、棒グラフです。
棒グラフには縦置きと横置きがあり、明確な使い分けの定義はありませんが、売上の推移など、時間が軸に加わる場合には縦置き、アンケート結果のようなものは横置きが使われることが多いです。
グラフには他に、折れ線グラフと円グラフがあります。
複数の指標の推移を比べる場合などは、棒グラフよりも折れ線グラフの方が分かりやすくなります。また、売上と利益率の推移などでは、棒グラフと折れ線グラフが併用されることもあります。
円グラフはシェアを示すのに向いています。ただ円グラフは、分割数が増えると分かりにくくなり、微妙な差の表現にも不向きという特性があります。男女比など、比較対象が2~3種類しかなく、違いを大雑把に掴む程度でいい時に使うべきでしょう。
また、グラフを色や装飾で飾るのは止めましょう。
色を付けるのは、本当に注目させたい箇所だけとし、あとはモノトーンが一番分かりやすいです。またPowerPointにはグラフを立体にするなどのエフェクト機能がありますが、このような機能を使う必要はありません。伝えたいことに注目し、できるだけシンプルなデザインにまとめるべきです。
表について、同様のことが言えます。
表もまた、余計な装飾をできるだけ減らし、スッキリと仕上げるようにしましょう。上記の例のように、上下左右を線で囲んだりセルを塗ったりする必要はなく、最低限の線だけで表現すると、見やすく、スタイリッシュな表に仕上がります。
表については、デザイン的な表現以外に、構成もよく考えるべきです。上記の場合、元の表では、表の中の文章を読み込まないと、言いたいことが伝わりません。もし各社の優劣を比較するのがこの表の目的であれば、文章ではなく、〇△×で表現した方が、より伝わります。さらに着目させたい箇所にだけ、色や囲みを使うと、言いたいことがより分かりやすくなるでしょう。
図についても、なんでも図にすれば分かりやすくなる、というわけではありません。
図が向いているのは、グルーピングの表現と、プロセスの表現です。概念図など、グループの位置づけや重なり方は、文章よりも図を用いた方がより正確に伝わるでしょう。プロセスについても、特に条件分岐をするような複雑なプロセスは、文章では伝えにくく、図を用いて説明するのが効果的です。
この図についても、装飾は控えめにする、というのは共通します。
派手に装飾した図より、色も装飾も控えめな図の方が分かりやすいというのは、この例を見てもよく分かるかと思います。
このように、図、表、グラフそれぞれでの特徴はあるものの、デザインという面で共通するのは、派手にデコレーションせずシンプルにすること、図、表、グラフを用いることで伝えたいメッセージと関係ある箇所のみ、控えめに色や装飾を使うこと、といえるかもしれません。
ここでも一つ、改善例を紹介します。
この表の目的は、課題を整理した上で、優先順位を分かりやすくすることですが、デザインの装飾が強すぎて、本来の情報に意識が向かいにくくなっています。
これを改善したのが以下になります。
まず、余計な装飾は全部外し、ほぼ白黒の表に変更しています。また、この表は課題の優先度を決めるのが目的であるため、「重要度」「コスト」「実現性」「優先度」という列を追加してスコアリングしたうえで、もっとも注目してほしい「優先度」の列のみ色を付け、この列の数字を見れば、優先度がすぐに分かるようにしています。
デザインだけではなく、情報設計も含めた改善ではありますが、このように、単に表を使うのではなく、何を伝えたいかを意識し、それを伝えやすくするためにデザインを利用するというのが、図表・グラフにおける、正しいデザインの考え方と言えます。
ここからは、ここまで言及しなかったその他のデザイン要素について解説します。
背景は「何もしない」が正解です。時々派手な背景の提案書を見かけますが、派手な背景は情報のノイズで、ストーリーやコピーの邪魔になるだけです。提案書の内容に自信がないと、派手な背景で挽回しようなどと考えるのかもしれませんが、背景なんて不要なくらいにストーリーやコピーを練り込む、という風に発想を変えましょう。
PowerPointは、色々な形のオブジェクトを扱うことができますが、これも他のデザイン要素を同じく、たくさんの種類の形を使えば使うほど、まとめるのが難しくなり、チグハグな印象になってしまいます。デザインをシンプルにスッキリとまとめたいのなら、四角と丸しか使わない、というくらいに割り切って使った方がいいでしょう。
線についても同様で、PowerPointでは色々な線を作ることができますが、とにかく種類を増やさない、というのが基本的な考えです。実線、太線、破線くらいであればいいですが、二重線まで使いだすと、デザインが散らかるというだけでなく、では二重線と太線はどちらの方が情報として強いのか?と線の意味が伝わりにくくなってしまいます。
また、プロのデザイナーではない一般のビジネスパーソンは、グループや情報のまとまりを表現するのに安易に線を使ってしまいがちです。しかし、線を多用すると、逆に見にくく、分かりにくくなってしまいます。塗りや余白などを上手に使い、なるべく線を使わないようなデザインを考えるようにしましょう。
矢印についても、世の中の提案書では、グラデーションなどを使って派手にデザインされ、結果的に下品な色使いになってしまっていることも多いように思います。おそらく「弊社商品を使えばこんな成果が出ます!」という気持ちが先走り、センセーショナルな印象を出そうと派手な装飾をしてしまうのでしょうが、矢印は派手に装飾しなくても、意味は通じるはずです。もし通じにくいのなら、吹き出しや文字情報で補足するで、問題ないはずです。「力んだ矢印」にならないよう、注意しましょう。
写真やイラストについても、図表・グラフと同様に、必要なければ使わない、使う場合でも控えめに、原則は他のデザイン要素と同じで派手な加工は施さない、レイアウトは整列させる、ということを徹底しましょう。特に、余白が怖くて隙間を埋めるようにイラストや写真を入れているケースを散見しますが、質の低いイラストを挟んでノイズを入れてしまうより、多少レイアウトが物足りなくても、何もない余白がぽかんとあった方がマシです。製品写真を見せる必要がある、内部構造を伝える必要があるなど、余程強い理由がない限り、写真やイラストは使わない、と考えておきましょう。
図を作る時にアイコンを用いることがあると思いますが、左側のように派手なアイコンを使うと、情報の邪魔をしてノイジーになりますし、デザインも全体的にゴチャゴチャとまとまりがないものになってしまいます。右側のように、文字要素を殺さないシンプルなアイコンをなるべく選ぶようにしましょう。アイコンはフリーのモノが世の中にたくさんあるので、そういったものをダウンロードして日頃からストックしておくといいでしょう。
最後に表紙ですが、表紙はまったく重要ではありませんので、できるだけ時間をかけずに仕上げるべきです。提案書の表紙は、タイトルだけ一瞥してすぐにめくられてしまうものです。その後の内容に入れば、表紙のことなど一切記憶していないはずです。むしろ、表紙が印象に残るようでは、ストーリーが失敗していると言えるかもしれません。表紙が素晴らしいからと言って、受注の確率が上がるということもないでしょう。表紙は顔だからと凝って作る必要は全くありません。文字を並べただけのシンプルな表紙で、まったくありません。
参考事例として、私が作成したスライドをご紹介します。提案書ではないので、ストーリーの参考にはなりませんが、私が提唱する「シンプルデザイン」の具体的な参考になるのではないかと思います。
ここまで、提案書の作り方というテーマで詳しくご説明してきましたが、当社の本業であるweb制作のコンテンツにおいても、ほぼこの思想で作っています。つまりここに書いてあるのは、マーケティングやセールスに関わるあらゆるコンテンツに応用可能なセオリーということです。
中でも皆さんの関心がもっとも高いのは、提案書のデザインについてでしょう。実際、私が過去に行った講座でも、デザインに関してはかなり細かい質問が飛んでくることがあります。「○○な場合は文字サイズを小さくしていいのか?」「○○な時は色を少し変えてもいいのか?」「グラデーションを使う時と使わない時を教えてほしい」「あえて明朝体と使い分けた方がいいケースは?」といったような質問です。
そんな時はいつも、「デザインの細部で勝負するわけではないので、悩むんだったら些末な部分は気にしなくていい」と答えています。
提案書において最重要なのは、アイデア、そしてストーリーです。次にコピーです。重要度はかなり下がっての、デザインです。デザインに関しては、最小の時間で最大の効果を得る、そのバランスを見極めることを忘れてはいけません。
ここでお教えしたことの中で、簡単に真似できることは是非やってみましょう。でも迷ってしまう、分からない、真似できない、ということは、どんどん無視しても構いません。プロのデザイナー、プロのコピーライターではないので、少しずつできるようになる、ということで問題ありません。
重視すべきは「与えられた時間の中で最大限の成果を出すこと」で、「提案書のデザインを美しくすること」ではない、その本質だけは見失わないようにして、ここに書いた数々のノウハウをご活用いただければいいかと思います。
ウェブ制作といえば、「納期」や「納品物の品質」に意識を向けがちですが、私たちはその先にある「顧客の成功」をお客さまと共に考えた上で、ウェブ制作を行っています。そのために「戦略フェーズ」と呼ばれるお客さまのビジネスを理解し、共に議論する期間を必ず設けています。
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