飲食店に公式サイトは必要?四川料理の名店・飄香がウェブで饒舌なわけ

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古閑絢子のプロフィール画像
ライター古閑絢子

「BtoBに強い」という看板を長い間掲げてきたベイジですが、これまで手掛けたウェブサイトの中にはBtoCの実績もあるのはご存知でしょうか?

2019年に初めて制作を担当し、2022年にはサイトリニューアルも行った「老四川 飄香(ピャオシャン)」は、都内に4つの店舗を展開している四川料理店です。その公式サイトの特長は、なんといってもコンテンツ量の多さ。ベイジでは新たに、約4万字にものぼる原稿を作成しました。

しかし、飄香はなぜ公式サイトをそこまで充実させたのでしょう。

いまの時代、飲食店と消費者の接点はグルメサイトにSNS、Googleマップ、Google検索、マスメディア、人からのおすすめや散歩中の偶然の出会いなど、オンラインとオフラインの両方に点在しています。

特に口コミは判断材料として参考にされやすく、公式サイトまで行かずに口コミだけでお店が選ばれることも少なくありません。こうした理由から、飲食店に公式サイトは不要で、料理を極めていけば自然といい口コミが増えて集客につながる、という考え方もあります。

確かに、最近はInstagramやFacebook、グルメサイトのみで集客に成功しているお店も増えています。公式サイトを作るにしても、基本情報と予約機能といったシンプルな構造のお店も多い中で、飄香はトレンドからは外れていると言えるでしょう。しかしそこには、ウェブサイトを直接的な集客装置で終わらせない、飄香ならではの戦略がありました。

今回のインタビューではオーナーシェフの井桁 良樹さんご協力のもと、飲食店のウェブ戦略についてお伺いします。

井桁 良樹
1971年千葉県生まれ。高校卒業後調理師専門学校で中華料理を学び、「四川料理 岷江」「知味斎」を経て単身中国へ。上海、成都にて街場の中国料理店やホテル内レストランなど、数店舗で2年間修業に明け暮れ500以上のレシピを習得する。

飄香
「伝統四川料理」をコンセプトに掲げる四川料理店。2005年4月代々木上原に創業し、現在は都内に4つの店舗を展開している。取材させていただいたのは広尾本店。

他媒体に載せきれずにいた、飄香のストーリー

「記憶に残る味を提供したい」。そう語る飄香の井桁シェフにも、忘れられない味というものがある。

たとえば、高校生時代にアルバイトした中華料理屋の回鍋肉。当時はその美味しさに衝撃をうけ、家で作り方を真似して天井まで火をあげてしまった。幼い頃から料理番組を好み、家族に食事を振る舞うのを楽しみにしていた井桁シェフは、ここで初めて家庭の台所を出てプロの世界を見た。

「料理の道に進むといいですよ」というバイト先のマスターの声も後押しに、進学した調理師学校では四川料理の名料理人・斎藤文夫さんと出会う。その縁を辿りながら国内で修行を重ね、憧れるままに中国へと渡った。

山椒の味にまつわるのは、念願の地を初めて踏んだ時の少し苦いこんな思い出だ。

井桁
「四川省に来てすぐ体調を崩したんです。それでも無理して行った陳麻婆豆腐店には、竹筒に入った麻婆豆腐がおすすめメニューに並んでいました。麻婆豆腐って最後に山椒を振るんですけど、竹筒って口が小さいからそこに集中してたんでしょうね、一口食べた瞬間もう痺れまくって。

調子も悪かったですし、こんな料理をずっと夢見ながら勉強してきたのかな、って悲しくなるくらい衝撃でした」

中国では貯金を元手に、こちらからお金を払って働かせてもらおうという意気込みで、さまざまな店の厨房を渡り歩いた。こうして井桁シェフの中で育まれた生活の記憶と味、探求心が、のちに日本の四川料理ブームの火付け役として名を馳せる飄香を生んだのだ。

伝統四川料理の名門・松雲門派(ソンユンモンハ)に弟子入りを志願したのは、代々木に飄香を創業したあとのこと。断られても何度も手紙を出し、最終的には中国で住む場所を決めて直接頼み込む形でようやく受け入れられた。

貪欲に本場の四川料理を追及し、いまとなっては”継承人”として腕をふるう井桁シェフだが、大切にしているのは「そのこだわりで本当にお客さまを喜ばせられるか」だ。食べる人の育った環境や文化を無視して、その魅力を感じてもらうことはできない。

また、飄香の料理に使われるのは日本の素材。中国の硬水で育つ野菜は風味が力強い一方で、日本の軟水で育つ野菜は繊細な味わいを持つ。素材の味や特徴を引き立たせるためには、素材本来のトーンにあわせた味付けが必要になる。

井桁
「最初は伝わっているレシピや方法で、何度も同じように作ってみます。

でも飄香に来てくれるのは、四川料理に興味がないかもしれない現代の日本に生きる方たちです。伝統を守りつつ、料理で迷うことがあればそこを基準に考えますね」

「見たことも聞いたこともない料理」をどう伝えるか

飄香は現在、広尾、銀座三越、六本木ヒルズ、代々木上原の4店舗を展開している。中でも麻布十番から移転した広尾本店は井桁シェフが直々に腕をふるう場だ。提供はコース1種類のみで、全14品の料理にはすべて漢字2文字のタイトルが付けられている。

これは前菜の『琵琶』という一品。

テーマは四川省で昔から食べられている乳酸発酵の漬け物、泡菜(パオツァイ)。牡丹海老を泡菜のピクルス液でマリネし、海老の下には細かく刻んだ野菜のピクルスと食感のアクセントとなるもち麦が隠れている。上のクリーム色のソースは泡菜のピクルス液にオイルを加えて乳化させ、シート状に伸ばしたもの。ロックチャイブというハーブを楽器の弦に見立てている。

料理の構想が浮かんだのは、四川省の博物館で一枚の絵を見た時。そこには北宋の高官、蘇易簡が好物の泡菜の漬け汁を飲んでいる姿が描かれており、「泡菜の料理って面白い」とイメージを膨らませた。印象的な造詣のヒントを得たのは、四川省に伝わる海老を琵琶の形に作る料理から。

井桁シェフのインスピレーションの源泉は”いま流行りのもの”ではなく、四川料理と中国の歴史とが絡まりあう部分にある。

広尾本店には、井桁シェフが国内外で収集したものが随所に施されている

井桁
「全くないところから新しく料理を作るのではなく、まずは四川の伝統料理を必ずオマージュします。ただ、100年200年も前の料理を真似するのではなく、100年経ったらどう変わるだろう、もし四川の料理人だったらどう変えるだろう、と想像して、新しく作ります」

旬の食材をいかすために、コースのメニューは頻繁に変更される。しかし、「食べたあとは一本の映画を見たような感動」を目指す井桁シェフにとって、メニューを絶えず刷新し続ける理由はそれだけではない。

井桁
「飄香は創業からいままで通ってくださっているお客さまが多くて、誕生日や結婚記念日に必ずうちを使ってくれる方もいらっしゃいます。なのにまえ来た時とぴったり同じ料理だったら、感動ってどんどん薄れていきますよね。

だから自分も、またさらに感動させてあげたいという気持ちが湧くんです。たとえ同じ料理だとしても、ステップアップしていかないといけない」

井桁
「でもメニューを考えているとつらい時もあります。苦しいというか、生まれてこない。

いつも想像するのは、一曲目が大当たりした作詞家の気持ちですね。世間を知らなくて、勢いがある時はいくらでも書けるかもしれません。でも書きたいことを一通り書き終わったあと、きっと書けない人は書けなくなる。

その中でもずっと名曲を生み続けられるような人たちは、本当にすごいと思います。常に何かでアップデートしてないと、新しい表現なんて出てこないんです」

歌詞を通して自分の表現を伝えられる作詞家とは違い、井桁シェフの場合苦しみを乗り越えた後にもう一つ乗り越えるべきものがある。

思い出してほしいのは、あなたがさっき『琵琶』の写真を見たときのことだ。その料理がどういうもので、どんな味がするのか、一目見てピンときただろうか。 

日本人のほとんどが食べたことはおろか、見たことも聞いたこともない料理を作る。それは、どんなに言葉を尽くしても伝えきれない、もどかしさとの戦いでもある。工夫が必要な環境で表現を追及する井桁シェフは、「少しの遊び心も大事なんです。これだったらエビマヨとも説明できるでしょ?」とお茶目に笑う。

井桁
「飄香の料理は多くの人が思い浮かべる中華とは違います。それを理解してもらうのは、すごく難しい。でも、表現したうえで分かってもらえないのは悲しい時もある。この料理はどういうものなのか、どうして作ったのかを、やっぱり伝えていかないといけないです」

店での体験を楽しんでもらうための公式サイト

もちろん、井桁シェフは知識ありきで料理を作ったりはしない。見た目に驚き、一口食べてその美味しさにまた驚く。新しい料理と出会える飄香での食事は、それだけでも純粋に楽しい。

だが知識があるからこそ、届けられる体験もある。同じ料理でも、「不思議な食感は泡菜という四川の漬物にもち麦があわせてあるからだ」と気付くことができれば、料理の歴史や文化へもイメージを膨らませやすくなる。

料理について知ってもらうこと。それは井桁シェフの大切にする「記憶に残る味」を提供するためにも重要だ。

井桁
「家に帰ってから、あるいは数日経ってフッと『また食べたいな』と思ってもらえる店と、そうではない店。その違いは感動があるかどうかだと私は考えています」

飄香の主戦場はレベルの高い飲食店が集う東京。星の数ほどある「おいしい」飲食店の中に埋もれないために、料理人としては自分の腕を信じたくなる。しかし舌で感じる味わいだけではなく、まるで四川旅行に来たかのような深い感動を届けられれば、飄香での体験はより記憶に残るものになるはずだ。

広尾本店では知識もあわせて食事を楽しんでもらうために、フロアマネージャーの熊谷さんが料理を説明する。それでも、お客さまの目の前に皿を置いたまま長々と話すわけにはいかない。何十分も語れる内容を厳選し、1分以内にまとめている。

そこでベイジが提案したのは、そういった情報も含めて店での体験を深められる公式サイトをつくることだった。

ウェブサイト制作前の戦略工程では飄香の提供価値と顧客ニーズを整理。飄香の「いままでにない体験」を支えるブランド要素をもとに、井桁シェフの経歴やメニューの解説、お店のこだわりなど、ユニークな魅力をコンテンツ化してウェブで伝えることに決めた。

また店での体験をより楽しんでもらうために、飄香ならではの情報だけではなく四川料理の歴史や背景といった周辺知識もあわせて掲載する。

たとえば、四川料理には「赤くて辛い」という一辺倒なイメージが定着している。しかし南米原産の唐辛子が中国に伝わったのは、世界が大航海時代を迎えた17世紀。「一菜一格、百菜百味(1つ1つの料理に品格があり、百の料理には百の風味がある)」と表される通り、四川料理は古くからバリエーションが豊富で、多彩な味わいに満ちている。

井桁シェフが伝えたいその魅力や奥深さについて、公式サイトなら存分に語ることができる。

こうしたコンテンツの中では、グルメサイトに掲載されている以上の情報を求めている訪問者に対して必要なものを提供することも意識した。

一方的にこだわりを伝えるのではなく、使用している食材の安全性や辛さの程度、お店の雰囲気・構造など、人によっては不安な要素にも答える。

井桁
「公式サイトを読み込んでから来店してくださるお客さまもたくさんいらっしゃいます。そういった方に料理を提供すると、やっぱりこれまで以上に食事を楽しんでいただけるのでこちらも嬉しいです」

サイト上の情報から伺える井桁シェフの経験と技術に魅かれて、調理師学校の生徒から履歴書が届くこともある。

飄香を知らない人にリーチするには?

さらにもう一つ、マーケティングの観点でベイジがコンテンツに期待した効果がある。それは「飄香について誰かに話したい」という気持ちを後押しすることだ。

ウェブサイトは作るだけで劇的な効果が見込めるものではなく、お客さまがページにたどり着くまでの動線やその他の接点も考慮しなければならない。飄香の場合も、まずブランドを認知してもらうためにメディアへの露出や口コミ、検索結果などを通してのアプローチが必須だった。

コンテンツに期待できる効果といえば、SEOを真っ先にイメージする人も多いかもしれない。しかし来店したお客さまに向けて、飄香での体験を振り返ったり、おすすめしたりする時に参照できるコンテンツを用意することで、シェアや口コミといったUGCを誘発させられるのではないかと考えた。

井桁
「SNSや口コミサイトでも、ホームページの文章を引用して投稿してくださる方が多いです。

あとは、メディア取材ですね。取材に来られた方にお会いすると、ウェブを見てくれているのがわかります。ご来店いただいた方だけではなく、より多くの方に四川料理のこと、飄香のことを知ってもらえるチャンスが増えました」

ベイジの代表枌谷も創業時から飄香に通い続けるファンの一人。「いいもの作りますよ」という冗談のようなアプローチで制作が決まった。

コンテンツ量と比例してメディア取材が増える現象は、ベイジが過去にウェブサイト制作を手掛けた老舗高級料亭でも起きていた。事前情報や切り口になる材料を公式サイトに載せておくと、取材する側には企画や打診がしやすくなるメリットがあり、取材を受ける側としても”いい質問”をしてもらえる可能性が高まる

最近は「消費者向けビジネスに公式サイトは必須ではない」と言われることも多いが、それは必ずしもすべてのBtoCに当てはまるわけではない。

飲食店の場合、誰にどんな情報を届けたいか店に来る前と来た後のお客さまに何ができるかを考えると、公式サイトの必要性や役割がおのずと見えてくる。

この場所で四川料理の未来をつくる

広尾本店の窓から見える竹。「飄香」という店名は井桁シェフが中国での修行中に見た竹林が由来。

井桁シェフいわく、中国では四川から流行りの料理が生まれることが多い。

中国四大料理の中でも、四川料理の故郷は少数民族が多く暮らす国土の西側、異なる文化が交わりやすい地域。四川料理もまた周辺の食文化と響きあい、唐辛子やトマト、マスタードなど外来の素材さえ取り込む柔軟性を養いながら発展してきた。

飄香にとっても、ここ数年飲食業界に暗い影を落とすコロナウイルスは飲み込みがたい危機だったと言える。しかし井桁シェフはそんな四川料理の精神に立ち返り、伝統を継承しつつ新しい四川料理を追及する意欲を高めたと語る。薬膳の免許を取得するだけでなく、四川料理では珍しいお酒やお茶とのペアリングも開発を進めた。

井桁
「オーナーとしてやれることは全てやろうと覚悟を決めました。以前のように頻繁に四川省には行けなくなりましたが、現地の友人や兄弟弟子と連絡を取り合い情報交換を続けています」

2022年にリニューアルした公式サイトではそういった飄香の変化も反映。グローバルナビゲーションには新しく始めたデリバリーやテイクアウト、通販のカテゴリを設置したほか、井桁シェフのプロフィールページにはコロナを経てからの心境やこれからの意気込みを加えた。

また、日々変化を遂げる井桁シェフと飄香の表現を記録するために、公式サイトには『飄香名菜譜』というページを設けている。ここには今後も、井桁シェフと飄香から生まれる新しい四川料理が追加されていく予定だ。

井桁
「四川の伝統的な名菜を自分で作ろうという意気込みも、新しい四川料理を追及していきたいという気持ちも、きちっと写真や文章で残していくと、僕は面白いんじゃないかなと思いますね」

左から飄香フロアマネージャー熊谷さん、井桁シェフ、ベイジ代表枌谷、ベイジデザイナー池田

飄香公式サイト

企画/インタビュー/執筆:古閑 絢子
撮影:加藤 アラタ(オフィシャルサイト

お店の魅力が伝わるウェブサイトなら、私たちにお任せください

ベイジでは、文章のプロで構成されたライターチームがコンテンツをつくっています。

読まれ、記憶され、行動を促すウェブコンテンツは、集客だけではなくお客さまとのコミュニケーション、ブランディングにも寄与します。豊富な実績や自社メディア運営で得た知見をもとに、専任のライターがコンテンツの企画から制作まで担当します。

既存サイトへのコンテンツ追加や記事単位での制作も可能ですので、ぜひご相談ください。

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