カッコつけた言葉より、伝わる言葉を選ぼう

ベイジでは「Twitter道場」という取り組みを行っていて、参加者は週ごとに自分のツイートと反応を振り返り、それに対してお互いアドバイスを伝えあったりしている。 そこで先日、とある自分のツイートがわかりにくい、という話になった。文章のわかりにくさは、Twitterだけではなく、会社で日報を書くときなどにも感じていた課題である。 […]

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仕事の「基礎にして極意」は気遣いだと思う

ディレクションを進める中で「気遣いスキル」の大事さを実感することが多い。ひとつひとつは些細なことだが、小さな気遣いが積み重なることで、現場の進捗に大きく影響する。 丁寧に言語化する 相手によって伝え方を変える 言いづらいことを代弁する などなど 経験豊富なベテランであっても、仕事ぶりをよく見てみると、こういった基礎的なスキルに支 […]

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ディレクターは良き日本語警察であれ

日本語警察という言葉がある。 主に日常会話の中で、ちょっとした言葉の使い方や文法の間違いをいちいち指摘する人を揶揄する言葉だ(と認識している)。 日常会話においては、その場の雰囲気を共有したり会話の流れを楽しむことに重きが置かれるので、多少は言葉が不正確でも問題ない。そんな中、相手の気持ちや場の雰囲気より「日本語が正しいこと」を […]

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業務システムの「使いやすさ」は相手への理解から生まれる

2020年10月からベイジに中途入社し、以前では経験出来なかった案件規模や新しい業務習慣に順応しようと、修行の日々を送っている。 ある程度の社会人年数を経て仕事を覚えると、小綺麗にまとめるというか、形を整えてお茶を濁すようなスキルも身についてくる気がする。 例えば議事録や調べ物一つとってもそうで、経験を重ねればなんとなく成果物の […]

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