ベイジと才流が考える、コンテンツで得する会社と損する会社

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ライター西岡紀子

ウェブ制作会社のベイジとメソッドに基づくコンサルティングサービスを提供する株式会社才流(以下、才流)には、ある共通点があります。それはビジネスのノウハウや会社の知見をコンテンツ化し、無料でウェブに流通させていること。SNSなどで拡散されたコンテンツがきっかけで、両社を知った方も多いでしょう。

ベイジと才流はコンテンツを起点としたインバウンドマーケティングを中心に、案件を獲得しています。両社のように、広告出稿やテレアポなどのアウトバウンドの活動を行なわず、お客さまから問い合わせをいただいて案件を獲得できる状態を目指す企業もあるのではないでしょうか。

しかし両社によると「コンテンツを流通させて多くの接点をつくる」マーケティングは企業によって向き・不向きの差が大きいと言います。またインバウンドマーケティングの比重が大きいがゆえに、近年では思わぬ落とし穴にはまりかけた経験もあるそうです。

ではコンテンツを流通させて「得」をする企業にはどのような共通点があるのか。「損」を避けることはできるのか。強いコンテンツを生み出し続ける2社の代表に、コンテンツの向き・不向きやメリット・デメリットについて率直に語っていただきました。

「コンテンツ流通型」戦略を薦めない理由

2019年のベーシック社の調査によると、オウンドメディアを停止した企業の8割以上が、立ち上げからわずか2年未満で運営を停止しているそうです。一方でサイボウズ社の『サイボウズ式』やクラスメソッド社の『Developers IO』のように、強い発信力を持ち、多くの人に読まれ続けているメディアもあります。魅力あるコンテンツを作り発信する活動がすべての企業にフィットしないのはなぜなのか。その背景を探ります。

栗原康太(Kota Kurihara)
株式会社才流・代表取締役社長。東京大学卒業。2011年に株式会社ガイアックスに入社し、BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ。事業部長、経営会議メンバーを歴任。「メソッドカンパニー」をビジョンに掲げる株式会社才流を設立し、代表取締役に就任。著書に『事例で学ぶ BtoBマーケティングの戦略と実践』(すばる舎)、『新規事業を成功させる PMFの教科書』(翔泳社)など。

―― 才流さんはお客さまに対してコンテンツマーケティング施策を提案することは少ないと聞きました。自身はメソッド・カンパニーとして大量のコンテンツを公開しているのに、なぜオススメしないのでしょうか?

栗原成果を明確に測りづらいのと、成果が出るまでのスピードが遅いからです。人ってすぐに成果が欲しくなるじゃないですか。でも「オウンドメディアを始めて3か月で成果を出したい」は難しい。

枌谷:オウンドメディアは成果の現れ方が複雑ですよね。ピンポイントでCV(コンバージョン)にならなくても、知らないところで口コミが発生していたり、採用につながったりするのが特性のひとつです。CVや売上への転換のような明確な成果だけを追ってしまうと、続ける理由を見い出しづらくなりますね。

栗原:コンテンツを作って情報発信をすると決めているんだったら、軌道に乗るまでは数字を計測しないほうがいいんじゃないかとすら思いますね。コンテンツごとにKPIを設定して数字を細かく見て…とやっていると心が折れてしまうほうが多いので。実際に才流も数字はほとんど見ていません

費用対効果を細かく見ようとすると、検索ボリュームは大きいかとか、商談に繋がるテーマになっているかとか、コンテンツに制約が出やすくなります。そうしたやり方が良い場合もありますが、数字を見ずに、いわば牧歌的にやることによってユニークなテーマや独自の切り口を持つコンテンツを作りやすい。それが結果として認知や商談につながる、という順序もあります。

―― そもそもお二人はどうしてコンテンツによる発信に力を入れ始めたんですか?

栗原:前職でオウンドメディアの編集長をやっていて、良質なコンテンツを発信すると引き合いをいただけることはわかっていました。

それにテレアポや展示会などの施策よりもコンテンツマーケティングの方が自分の性格にフィットしていると感じていました。そこで2018年4月に才流のコーポレートサイトを公開したときにブログエリアを作って、情報発信を始めたんです。

そのときに意識したのは「コンテンツの流通経路を作る」こと。具体的には、まず一定の影響力がある外部の方に執筆をしてもらいました。才流のブログで記事が公開されると、その人たちがFacebookやTwitterでシェアする。そうすると彼らがつながっている人たちにコンテンツが届きます。

当時はTwitterもやっていなくてフォロワーもいなかったので、自力でコンテンツを拡散するルートがありませんでした。新しい会社のドメインでSEOを強くするのにも時間がかかる。でもこのやり方なら、500人のフォロワーがいる10人に執筆してもらえば、5,000人にリーチできます。SEOに比べると初速をつけやすい。

枌谷:知名度がある方のネットワークを活かそう、という前段の活動を含めて、戦略的に発信を始められたんですね。才流さんがブログを始めた2018年ごろだと、私がベイジの社長ブログをやっていた時期ですね。

栗原:当時からベイジさんの存在は認識してました。枌谷さんのバズった記事を何度か見たことがあって、すごいクオリティの記事を出す会社があるなと。

枌谷:ありがとうございます。社長ブログの前にコーポレートサイトのブログとしてやってたんですけど、会社名義で出すより、枌谷力という個人の名前を前面に出したほうが読んでもらえそうな気がしたので、社長ブログの体に変えました。

もともと会社員時代から趣味のサイトを作っていて、発信すれば人が集まるという世の中の原理を直感的に理解していました。なので私の場合は戦略というよりは、当たり前の発想としてやっていた感じです

コンテンツで得する企業の共通点

過去の業務経験やプライベートの体験から、良いコンテンツを出せば人を集められるという感覚を持っていた両者。しかし情報発信の成果は測りづらく時間もかかるため、短期間で止めてしまう企業が多いのも事実です。情報発信がうまくいく企業とそうでない企業には、どのような違いがあるのでしょうか。

枌谷力(Tsutomu Sogitani)
株式会社ベイジ・代表取締役社長。2010年ベイジ起業。ウェブデザインを軸にしながら、BtoBマーケティング、UX、オウンドメディア、SNS、コンテンツ、経営、採用、キャリア、組織作りなど、さまざまなテーマで活動。2021年にインフラ構築やシステム開発を手掛けるクラスメソッドのCDOに就任。著書(共著)に『現場のプロが教える! BtoBマーケティングの基礎知識 』(マイナビ)。

ー― 自社の情報発信に向かない企業もありますか?

枌谷:正直なことを言うと「情報発信は費用対効果が合わないかもしれない」という疑いの目があるなら、やらないほうがいいかもしれません。情報発信に短期的なKPIを求めない経営者には、情報を発信するのが当たり前で、やらないとデメリットを感じるぐらいの人が多い。企業の向き不向きという意味では、そういう組織のパーソナリティがひとつの前提条件としてあるような気がします。

サイボウズさんやGoodpatchさんも「オウンドメディアにKPIは設定していません」と公言していたし、クラスメソッドの横田さんも「PVを気にしたことがない」と言っていました。コンテンツの発信が経営に好影響を与えている企業ほど、意外と細かなKPIを気にしていないと感じます。運営の目的によっては、きちんとKPIを見たほうがいいオウンドメディアもありますけどね。

栗原:才流もKPIは追わずに、事業が伸びている限りは無限に予算を突っ込むぞ、というやり方です。自社のマーケティング活動はほぼコンテンツの発信だけなのと、それでビジネスとして成立しているので「問答無用でやる」と決断しています。

自社メディアでの発信って広告と比べるとあまりお金がかからないじゃないですか。広告だと月1,000万くらいはすぐ使えてしまいますが、記事の作成で月1,000万使うのは至難の技です。なので社員に好きにコンテンツを作ってもらったところで、2,000万の稟議が上がってくることもない。コンテンツはどれが当たるのかわからないこともあり、“ガンガンいこうぜ”の気持ちでやってますね

枌谷:お客さまから記事制作に対する予算の取り方を質問されたときは、どう答えていますか?

栗原年間1,000万ぐらい用意すれば、ある程度の成果を出せると説明しています。1記事10万ぐらいの目安で、50本から100本程度の記事を作るイメージです。色々なオウンドメディアを見ていると、年間1,000万くらい投下するとうまくいっているケースが多いですね。

枌谷:1,000万円だと、それなりの規模のウェブサイトを作るのと同じくらいの費用ですね。月に5〜10本の記事を公開できれば、PDCAも高頻度で回せるので、1年で成果を出すこともできそうですね。

ーー ベイジも才流さんもコンテンツ起点のインバウンドマーケティングでほとんどの案件を獲得しています。それだけに絞っている理由はありますか?

栗原:とにかくテレアポや飛び込み営業が苦手だったのが理由です。創業期には広告を潤沢に出す資金もないし、商材特性上も広告は適していません。それ以外でできるとしたらコンテンツだなと。

マーケティングのセオリー的には広告も展示会もテレアポもやったほうがいいとは理解しています。僕が上場企業の経営者だったら全部やってると思います。テレアポもどこかにアウトソースします。でも才流は現状では上場やM&Aの予定はないので、自分たちが得意なことに絞ってやっています

枌谷:ベイジの場合はキャパの問題もありますね。たとえばSaaSのようなビジネスは、発注が一気に来ても、ある程度までは受け入れることができるビジネスモデルになっていると思います。

ベイジのビジネスモデルは依頼に対応できる人数が限られるので、自分たちと相性が良いお客さまとつながるチャネルの優先度がもっとも高くなります。そうすると興味関心が少ない人にアウトバウンドで行くよりも、もとから関心を持って近づいてきてくれる人のほうが圧倒的にいい。だから自然とインバウンド優先のスタイルになります。

といってもインバウンドしかやらないと決めている訳ではなくて、他の選択肢は打ち手としてストックしている状態です。これから人がもっと増えて会社のキャパが大きくなったり、インバウンドだけでは限界かなとなったら、広告をやる可能性もある。

ーー 逆にインバウンド中心の案件獲得で課題を感じたことはありますか?

栗原ひとつはお客さまの期待値が高くなりやすいことですね。プロジェクト後の満足度調査や案件の振り返りメモを見ていると、かなり期待が高まった状態から案件が始まっていることが多い。もちろんありがたいことですが、担当するコンサルタントとしてはプレッシャーがあるだろうなと(笑)。

枌谷外に出しているコンテンツって、いわば会社の最高出力みたいなものなので、期待値が高くなりやすいんですよね。

栗原:おっしゃるとおりです。一方でコンテンツで会社の一番いいところを出すからこそ、プロジェクトもそれに応じたものにしないと、とサービス品質を高めようという意識が強く働きます。その結果としてお客さまに満足いただけるサービスに進化していくという側面もあるかもしれません。

枌谷:コンサルタントやマーケターなどのナレッジワーカー系のビジネスは期待値の調整を避けて通れませんよね。人が増えたり組織が変わったりすると案件のコントロールも難しくなる。商談の場で、相手に貢献できることとできないことなどの、現実的な落としどころをちゃんと伝えておくのは、すごく大事ですね

栗原:もうひとつの課題は、お客さまの方から問い合わせをいただけるので、PMFに向き合うのが遅れることです。

新規事業を成功させるPMFの教科書』という本でも取り上げた、株式会社ベーシックのferret Oneの事例に近いかもしれません。ferret Oneは、ferretという強力なメディアを通じて見込み顧客とのつながりがあったので、リリース直後から毎月何十件と売れていた。膨大なコストをかけずとも顧客の開拓が進んだことで、PMFに向きあうのが遅れた結果、年間解約率70%の「鬼のようなチャーン(サービス解約)」が起きてしまったんです。

枌谷:同じことを私も感じています。実はベイジも人が増えてから、目指すべき案件獲得数のハードルを上げたり、案件の幅を拡げたくなったりして、5年ぶりにコンペにも参加してみたんですよ。そしたら、あるプレゼンの場でお客さまに「他の制作会社さんとの違いを端的に言うと何なんですか?」って聞かれたときに、担当者が即答できなかったことがあったんです。これってインバウンドが強すぎてほぼ指名で仕事をいただいてきた弊害だな、と思いました

栗原:たしかに商談で「御社の強みはなんですか」と聞かれることは少ないですね。才流の場合は、コンテンツで当社を認知した見込み顧客が、指名検索で問い合わせをしてくることがほとんどです。見込み顧客が自分たちのことをある程度知っている状態なので、アウトバウンドの商談のときほどは他社への優位性の説明を求められない。それゆえに、サービスの本質的な強さを言語化することが遅れる側面はあるかもしれません。

枌谷:会社の強みとかポジショニングが分からなくなっている状態は、短期的に受注できていても、中長期的には生活習慣病にかかるようなリスクがありますね。

”強すぎる”コンテンツは損をする?

提供するサービスの特性や組織体制に適したチャネルとして、自然とインバウンド重視のマーケティング活動を行なうようになったベイジと才流。その手段のひとつとして、両社は社内で蓄積したノウハウやワークフローをコンテンツにして無料公開しています。会社の強みや独自性に関わる部分を公開することで、競争力の低下や他社からの模倣などのデメリットが起きないのか気になります。

ーー 自社のノウハウや知見を公開してしまうことに抵抗を感じる企業もいそうです。

栗原:たまに「ノウハウを出し過ぎるとデメリットがあるんじゃないか」という質問を受けることがあります。その度に「そんなことないですよ」とか「出したほうが有利ですよ」とか回答するんですけど、実は「ノウハウを外に出さない」という考えがないのが正直なところです。

枌谷:私もデメリットについてはあまり考えたことがないですね。むしろ発信のスピードで先手を取ることのメリットは経験則的に感じています。自分たちが特別なことをやっているわけではないし、他にも同じことを考えたりやったりしている人はいる。でもその中で自分が一番にコンテンツを出して拡散させたら、第一人者のポジションが取れる。ここは意識しているかもしれません。

栗原:以前ベイジさんとWACULさんと才流でBtoBサイトのワイヤーフレームを出したじゃないですか(「成功法則が詰まったBtoBサイトの標準ワイヤーフレームを無料配布します」)。あれもノウハウ自体は他の制作会社でもやっていることだけど、それを表に出しているところがなかったから、ポジションをとることができた例ですね。

枌谷:ウェブサイトの情報構造をある程度テンプレート化しようという話は、制作界隈では2000年代からいっぱいあったんですよね。目新しい要素はほぼゼロなんだけど、誰も出していなかったし、出せば絶対に役立つので、だったら最初に出そうと。自分が一番に出そう、という意味でのスピードは重要かもしれません。

栗原才流のコンテンツ制作プロセスにも、他社がすでに出しているものは書かないという方針を明確に入れています。なぜならそこの情報ニーズが満たされているはずなので、才流がやる必要性があまりない。一方、情報が出ていないものは、そこに困りごとを解決できない人がいるということなので、そっちを早めに出していきたい。

無料で公開している理由は、才流はメソッドを通じて社会に貢献したいと考えている会社なので、メソッドを有料記事にしたり、個人情報と引き換えにホワイトペーパーを提供するのは違うなと思っているからなんです。そもそもBtoBサイトのお役立ち資料やホワイトペーパーのCV率って1〜2%しかないんですよね。それならコンテンツを公開してしまって「フォームに入力するのは面倒だな」と離脱している98%の人たちに情報を届けたいなと。

ーー 才流さんは一時期アニメーションを使ったYouTubeを公開されていました。ウェブサイト以外に動画での発信も続けていきますか?

栗原:今年から本格的に動画チャネルを運用しようかなと思っています。情報収集の行動って、人によってかなり違いがあります。本をすごく読む人もいれば、動画しか見ない人もいる。いろんな層にコンテンツを届けるためには、媒体を変えないといけない。才流はメソッドカンパニーとして、いろんな層にメソッドを届けることが必要なので、いろんな媒体で出したいなとは思います。

前職の先輩でマックスむらいっていう、一時期一世を風靡したYouTuberがいるんです。マックスむらいさんはブログから始めて、YouTube、Twitter、ECサイト、オフラインの店舗とチャネルを増やしていったんですが、それぞれのチャネルでユーザー層がまったく被っていなかったそうです。だからチャネルを増やすごとに事業が倍倍で伸びていったと。

枌谷:BtoBは案件単価やLTVが高くなる傾向もあるので、施策単体でのPVが少なかったとしても、その接点から数百万とか数千万の売り上げが生まれるならペイしますよね。そういう意味ではいろんな媒体で出してタッチポイントを増やしておく手法は有効な気がします

栗原:たとえばブログのCPA(顧客獲得単価)が1万円で動画が2万円だとすると、みんなCPAだけを見て1万円の施策にコストを投下してしまう。でも動画でユニットエコノミクスが合っているなら動画もやるべきなんです。漫画がCPA5万だったとしてもペイしてるんだったら漫画も含めて全部やったほうがいい。CPAだけではなく、LTV(顧客生涯価値)やユニットエコノミクスの観点で判断すべきですね。

コンテンツを流通させ続けるための体制

コンテンツにはさまざまな形態やチャネルが存在し、活用次第では事業成長に大きく貢献できる可能性があります。ただしコンテンツによるマーケティングは長期戦の覚悟が必要です。そこで心配になるのは、社内のリソース確保や品質の維持をどのように管理すればうまくいくのかということ。実際の制作をどのようにマネジメントしているのでしょうか。

ーー クライアントワークとコンテンツ制作のリソース配分はどのように管理されていますか?

栗原:週3時間固定でコンテンツ制作の時間を確保しています。先に時間を確保しておくのがコツですね。クライアントワークの合間にコンテンツを作るという考え方だと、どうしてもコンテンツ制作が後回しになります。

枌谷:ベイジは今までは採算度外視的に、いかに質が高い情報発信をするかに軸足を置いてやってきました。ただ最近は人が増えてきたこともあって、クライアントワークとの比率を計画的に管理しようとしています。あとオウンドメディアをやるなら「自分たちのためになる」という視点を合わせ持つべきだと思います。

栗原:たしかに自分たちが必要だから作っている側面はありますね。お客さまからご質問いただくことに対する回答や、コンサルティング時に使うテンプレート、知見の棚卸などがそのままコンテンツになっています。

お客さまからよく聞かれることがあるならコンテンツを用意しておいたほうがいいし、仕事で毎回使う資料はテンプレ化すれば作業効率が良くなる。社内の知見も見える化するとお客さまに伝えやすいし、社内のノウハウ共有にもなります。人が辞めてもノウハウは組織に蓄積できますし、業務の標準化も進められます

枌谷自分たちが必要だから作ったものを外に出す、という順序にすると始めやすいですよね。私も動画コンテンツをやりたいんですが、チャネルを増やして新しい層にリーチしたいからだけではなく、動画として出せそうなコンテンツが社内に貯まってきたからという理由もあるんです。リモートワークになってから、ウェビナーや社内ミーティングを全部録画しているので、これをちょっと編集すれば出せてしまうので。

ところで才流さんでは、コンテンツを作るときのクオリティコントロールはどうやってますか?文章としてのクオリティではなく「専門家の人に刺さる品質のコンテンツ」という基準です。

栗原:今うちの会社にある基準は「他社でも再現性高く成果が出る内容か」だけですね。取材記事を作るにしても、他社でも再現性がありそうな話を中心に書きます。初心者向け、玄人向け、のような基準は判断が難しいですし、多くの会社で再現性高く成果が出るなら、良質なコンテンツだろう、と捉えています。

枌谷:再現性のある方法論という前提条件がある限り、低品質にはならないという仕組みですね。

まずコンテンツのテーマがBtoBマーケティングである時点で、ある程度の専門性が保たれると思うんですけど、デザインの場合は「デザイナー1年生向けのTips記事」のようなテーマに流れがちなんです。書きやすいので。だけどそれをやると本来対象にしたい読み手からずれてしまう。そうならないためにも、ベイジのコンテンツの最終クオリティチェックは私がやっています。

栗原:僕も以前はチェックしていたのですが、インハウスエディターを採用してコンテンツ部門を作ってからはやらなくなりました。エディターの品質管理を通してから公開しています。チェックをするプロセスを制作工程に組み込んでいるので、自分がチェックしなくても、品質基準に満たないコンテンツはどこかで気づけるとは思っています。

強いコンテンツは「視座ありき」で作る

社内向けにとりまとめた知見やノウハウをコンテンツ化する、という手法も実施している両社。イチから社外向けの記事を作るときには「まだ誰も出していないものを出す」という発信の順序や、他社とかぶらないテーマでという独自性にもこだわると言います。独自性があり、かつ多くの人に有益なコンテンツをどうやって作るのか。コンテンツの着眼点や発想法について聞きました。

ーー コンテンツの企画や案出しはどのように進められていますか?

栗原コンサルタントからのボトムアップでやることが多いですね。こういうことを書きたいとか、お客さんから質問をもらったので書きたいとか。Slackで「こういうコンテンツがおもしろいんじゃないか」などのブレストをやったりもしています。

ただボトムアップのデメリットは、コンテンツのテーマにすごく偏りが出るんです。たとえばお客さまからよく質問されることって、だいたいウェブサイトとかコンテンツとかMAツールなどです。でもBtoBマーケティングを網羅するなら、たとえ一部の人からしか質問されなくても、エンタープライズ営業とかFAXDMのコンテンツも作るべきなんです。ボトムアップだと網羅性が低くなるので、トップダウン的にコンテンツチームでテーマを出して作っていくこともやろうかなと思っています。

枌谷:たしかにボトムアップだけだと全然研究してない領域が出てきちゃうかもしれない。体系立った情報組織を作って「このコンテンツが必要だから書く」というトップダウン的なアプローチも必要ですよね。ベイジのリニューアルサイトのワークフロー記事も、ワークフローのタスクごとに記事化して担当者に執筆してもらいました。トップダウンとボトムアップの両方があって全体として充実するんじゃないでしょうか。

栗原:ボトムアップだと、書けることしか書かない、ということが起きてしまうので。

枌谷:日本史の教科書なのに弥生時代と江戸時代しかないみたいなのはね。平安時代は400年ぐらいあるのに、3ページで終わっちゃうとか(笑)。

栗原:みんな家康や信長が好きだからそこだけ充実して100ページくらいできた、みたいなことはボトムアップだけだと起きがちですね(笑)。

ーー 企画を詰めるときに、企画シートのようなテンプレートは使っていますか?

枌谷:お客さまへのオウンドメディア支援では企画シートやフォーマットを作りますけど、自分では使わないですね。私は自分が筆者でもあり一番の読者でもある感覚を持ってます。だからまず自分が満足して楽しいと思えるかは最低限満たさなきゃいけなくて。このやり方のいいところは、自分と他人は絶対に違う個性をもっているので、既存の記事と内容が丸被りすることが起きない。

栗原:自分もターゲット読者を誰にして、その人がこういう課題感をもっていて、だからこういう情報ニーズがありそう、という、企画シートに沿った作り方は意外と難しいと感じることがあります。こんな切り口があったら絶対おもしろいなとか、自分はこういうものを読みたいけど出てないな、というきっかけで発想することが多いですね。

枌谷:ターゲットの話が出ましたが、私のペルソナの考え方も特殊かもしれません。読者のペルソナをひとり決めて、その人が面白がってくれるように書くのは、分かりやすいし有効だと思います。でも自分がコンテンツを作るときには、複数のペルソナをひとつの記事へ当てるというやり方をすることが多いです。

10人のペルソナがあったら、10人に刺さるような要素を散りばめていく。1人にしか刺さらないコンテンツより、10人に刺さるコンテンツのほうがUGC(User Generated Contents:ユーザー生成コンテンツ)が出て、結果的に見られるって考えてるんですよ。

栗原:それはおもしろいやり方ですね。

枌谷:このやり方はもしかしたら再現性が低くて難易度が高いかもしれないので、人に教えるときはペルソナはひとつでって言っちゃうことはあります。でも世の中の人気コンテンツって複数のペルソナに当たってる気がするんですよ。

たとえば『鬼滅の刃』を楽しんで観た人って、バトル漫画が好きな人だけじゃないと思うんですよね。いろんな切り口で楽しめるから、普通の社会人から子ども、主婦まで、幅広い属性の人が楽しんでいる。さまざまな人が入れるカテゴリーエントリーポイントの多いコンテンツが話題になりやすいのではないかと考えています。

栗原:なるほど、エントリーポイントが多い記事っていうのは考えたことがなかったです。

枌谷:「京都」をコンテンツとして考えてみると、エントリーポイントがめっちゃ多いんですよね。歴史、寺院、紅葉、グルメとかいろんなエントリーポイントから人が集まってくる。この仕組みはウェブの記事にも当てはまるような気がしてます。

ーー 栗原さんはコンテンツの作り方でこだわっていることはありますか?

栗原:自分がどうやってコンテンツを作っているのか言語化したときに、ひとつ明確にあったのが「切り口を先に作る」というやり方でした。

切り口とは、自分の記事で例を挙げると「事例で学ぶ〇〇」とか「〇〇の理想と現実」のようなものです。僕はこれを「視座」と呼んでいます。最初に視座を決めて、そこからテーマを眺めるとアイデアが出てくる。ぼんやりと「BtoBマーケティングについて書かないと」って思うと大変なんですけど、「BtoBマーケの理想と現実」になったらちょっと書けそうな気がしてきませんか?最初に視座ありきでコンテンツを考えるという、ある種の発想術ですね。

このやり方を社員に共有してみたら、再現性が高かったです。セミナー資料をすぐ作れたとか、顧客に刺さる記事を作れたとかの反応がありました。読み手もタイトルを見て「これは事例の話だな」と内容を予測しやすい。読み手にもメリットがあるし、誰にでも始めやすいコンテンツの作り方だなと思いました。

枌谷:そのお話はめちゃくちゃおもしろいですね。ベイジの社員にも聞かせたい。

栗原:先日本屋に行ったときにリサーチしてみたんですけど、書籍には視座のヒントがたくさんありました。ヒットしている本にはいくつかのパターンがあって、たとえば「生き方」「人を動かす」のような概念を言い切るもの。「ビジョナリーカンパニー」とか「ブリッツスケーリング」のような造語っぽいもの。「金儲けのレシピ」とか「バカの壁」などの、強いワードを組み合わせて「あれ?」と思わせるようなものもある。

ざっと調べただけでも、こういう視座の取り方は30個はありました。10個くらいにスリム化したら、うまくやりくりできるんじゃないでしょうか。

「コンテンツ流通型」企業の最終形態とは?

品質と独自性を担保しながら、多くの人に読んでもらうためのコンテンツづくりを追求しているベイジと才流。この先はどんなゴールを目指しているのか、これからの展開について聞きました。

ーー お二人のこれからのビジョンを聞かせてください。

栗原:やりたいのは、ビジネスのテーマでひととおりのメソッドがあり、基礎から応用まで網羅している。そして文字を読むのが好きじゃない人もいるので、動画で学ぶ・漫画で学ぶ・音声で学ぶなど、あらゆる形態で揃えることです。

書籍をリプレイスするようなイメージが近いかもしれません。体系的に作られている紙の書籍をデザインし直して、ウェブで無料で流通させるのが、才流が目指すコンテンツの最終形態です。不可能ではないんじゃないかなと思ってるんですけど。

枌谷:書籍のリプレイスって考えると、コンテンツがBtoBマーケに閉じている必要はなくて、セールスや採用などのビジネス分野全体に行くのが理想的ってことですよね。

栗原:そうですね、BtoBマーケティングに限らず、ビジネスパーソンが抱えるさまざまな課題を解決できたら意義深いんじゃないかと。仕事をしてると日々困りませんか?やり方が分かればすぐにできるのにやり方が分からない、ということが1日何回もあるので。こういうときに「いったん才流のサイトにアクセスしてみるか」と思ってもらえるようなことをやりたい

「メソッドを使って成果が出ました!」という声をSNSで見かけると嬉しいし、社会の役に立っている感覚があります。このゴールへの到達度はまだ2%か3%ぐらいですね。

枌谷そのまま本になるくらいのクオリティのコンテンツを作りたい、という点では私が目指すものと似ているかもしれないです。ハーバード・ビジネス・レビューってめちゃくちゃクオリティの高い論文が月1で出てくるじゃないですか。自分のやりたい分野で、ああいうものを作りたい。

枌谷:最近、書籍になっている情報と、書籍になってない野良の情報のブランド格差のようなものがすごくある気がしていて。とくに大企業のように権威性を求める相手には、ウェブのコンテンツと、名が通った出版社から出した本とでは、受け取られ方が圧倒的に違うような気がします。栗原さんは書籍を出されてますけど、実際にはどうですか?

栗原:ウェブが野良だっていうわけではないですが、ウェブと書籍はリーチできる層が全然違いますね。書籍は年齢層が高めの、高い役職の方に届く感覚があります。

ウェブ記事の流通起点は若い人や現場の人です。メンバークラスの人が社内チャットでシェアして、それを課長さんや部長さんが見る、といった経路ですね。書籍だと役員とか部長クラスが読んだものを役員会の課題図書にしたり、現場に配ったりしたという話をよく耳にします。

枌谷:そういえば栗原さんが個人でやっているメルマガ『Twitterでは言えない話』には、経営者としての考え方や生き方などに触れた内容のものがありますが、あれは特別な意図を持ってやっているんですか?

栗原:書きたいから書いているのと、社内向けのメッセージをまとめるという目的もあります。

枌谷:栗原さんから社員に伝えたい話を、「社員のみんなへ」ではなく「世の中のみんなへ」のように言い換えてるってことですか?

栗原:そうですね。仕事を進める上での考え方のメソッドを社内に伝えたいのがもともとの動機です。これを直接社員に言うと説教くさくなりそうで、言われる側も嫌なんじゃないかと思っていて。外部向けとして出せば説教くささが減るし、個別具体の指摘ではなく抽象化されたメソッドになるので。

枌谷:なるほど。私も栗原さんのメルマガのファンで、実は社内で共有したりしてます。あれを真似して私も「社長トーク」っていうコンテンツを出そうとしてます。

栗原:あとは、ああいうものを出すと疲れが取れますよね。いいアイデアを思いついたのに頭の中に留まっている状態って、僕にとってはストレスです。それを整理して外に出すとデトックス効果を感じます。

枌谷:わかる気がします。この前「ベイジ流ソリューション営業の心得」というメッセージを社内チャットに投稿したんです。みんなに伝えたいけど言語化しきってなかった話を、9000字くらいで章立てして書いて出し切ったときに、やっと整理されて伝えられたすっきり感はありました

栗原:章立てして社内に伝えるのはすごいですね。

枌谷:最初は3000字ぐらいで終わらせようと思ったんですけど、書いてるうちにどんどん長くなってしまって、Slackの上限に挑戦して。そしたらSlackは4000字までしかダメだったので、結局ドキュメントにまとめて貼りました。

栗原:Slack上限は経験がないですね。文字数に上限があることも知らなかったです。

枌谷:いつか文字量が多すぎるって言ってくる社員がいるんじゃないかなと思って。「枌谷さんのメッセージは文字量が多すぎてSlackに向いてません」って。

ーー 章立てされていて読みやすいので、大丈夫だと思います(笑)!

あとがき

「近い領域で似たようなことをやっている会社」と互いを認識していたという才流さんとベイジには、さまざまな共通点がありました。目先のKPIを追わないこと、コンテンツ発信で得られる波及的な効果も認識していること、コンテンツの独自性にこだわっていることなどです。両者の共通点はそのまま、コンテンツづくりがうまく行く会社の条件だとも言えそうです。

対談の中で強く共感したのは、社内で必要なものをコンテンツ化しておけば、それを元に社外発信がしやすくなるという部分です。

たとえばベイジでは、仕事から得た気づきを言語化し日報として社内に共有したり、ナレッジやノウハウを社内Wikiにまとめる文化があります。そうして貯まった社内の知見は、記事化して外部に公開するだけではなく、公開した記事をメンバーの教育やオンボーディングに活用したり、商談でベイジの知見を示すエビデンスとして会社資料に加えたりと、いわば二次利用・三次利用をしています。

情報発信を検討しているなら、まずは社内のノウハウを言語化し、社内向けにナレッジを貯める仕組みをつくることから始めてみてもいいかもしれません。

ベイジはオウンドメディアの立ち上げや運営の支援も行なっています。お気軽にご相談ください!

(写真/加藤アラタ

オウンドメディアやコンテンツ制作に関するお悩みは、是非ベイジにご相談ください

ベイジは、ウェブサイトの最重要要素はコンテンツだと考えています。そのために、自社で正社員のライターを複数名抱えて、専任のライターチームを編成し、ナレッジの共有やコンテンツの制作を行っています。

これまでに蓄積したオウンドメディアやコンテンツに関する知見をご提供するサービスも用意しています。必ずしも制作が発生しなくても、コンサルだけ、コンテンツ制作だけのお仕事もお請けしています。オウンドメディアの運営支援から、コンテンツの品質改善、社内研修まで、お気軽にご相談ください。

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