web3と社会正義の時代

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代表/マーケター/デザイナー/ブロガー枌谷力

2021年後半から、web3という言葉をよく見かけるようになった。「ウェブの第3段階」のような意味合いの言葉で、ネーミングのベースになっているのはweb1.0、web2.0という概念である。

web3に関してはこの記事が猛烈に詳しいので詳細な解説は譲る。

参考)Web3 とは何か?急速に注目を集める新たなトレンド(The HEADLINE)

このweb3の話に絡めつつ、自社の経営やマーケティング、クライアントビジネスを支援する中で感じていることを書き連ねながら、頭の中を少し整理してみたい。

web1.0が成し得たこと

web1.0の始まりとはインターネットの始まりである。そのインターネットの人類史上における意義を言い表しているのが、「情報革命」という言葉だと私は思う。

農業革命や産業革命と同列に語られる情報革命は、その名に相応しい貢献をしてきた。そして、その革命にミッションがあるとするなら、それは「情報の民主化」だろう。

インターネットが登場する前、つまりweb1.0の前、情報を広く流通させることができるのは、国家と一部の企業だけであった。その一部の企業の代表が、テレビ局、ラジオ局、新聞社、出版社などのいわゆるマスメディアである。

かつて、マスメディアはその強力な情報発信力を行使し、社会のあらゆる分野に対して独占的な影響力を持っていた。

商品を幅広く速やかに告知したければ、マスメディアに広告を出すしかなかった。マスメディアへの露出が、社会的な信頼と直結していた。民衆の代弁者として政治に影響を与え、マスメディアが編集した情報で人々は怒り、政権が変わることもあった。

マスメディアが流行を作り、経済を作り、社会を作り、国家を作る。人々はマスメディアの情報で学び、自らの意思で賢く選択していたと思っていたが、マスメディアの手の中で泳がされてもいた。

このマスメディアという中央集権、情報独裁からの解放と民主化、それによって起こる市場の地殻変動が、インターネットに対する期待であった。

世界中の起業家たちが大きなゲームチェンジの可能性に心躍らせ、様々なインターネット関連企業が勃興した。この時期にNetscape、Yahoo!、Amazon、eBayの歴史は始まった。後にX.com(現PayPal)、Tesla、SpaceXを創業するイーロン・マスクは初の起業を経験している。

しかしながら、インターネット黎明期といえるweb1.0の時代には、情報の民主化といえるほどの状況には至らなかった。市場環境や法整備の問題もあったが、ハードウェアやインフラが貧弱だったことも大きい。

当時インターネットに接続するには、高額なパソコンを購入する必要があった。初期は電話回線を用いており、回線は遅く、多くが従量課金で常時接続できず、利用時間とデータ転送量に大きな制約があった。

90年代後半には「マルチメディア」という言葉が盛んに使われたが、実態としては映像や音声のような重いデータのやりとりが難しく、テキスト以外の表現力に欠けていた。

こうした技術環境下でも、ウェブサイトを作って情報発信することは可能だった。しかし自由度は低く、ある程度のコードを書く必要があった。サーバにアップロードするための専用ツールも必要だった。

そこまでしても一方的な情報発信に留まることがほとんどだった。1年以上かけてCGIで作られたアクセスカウンターがようやく1万になり、キリ番を踏んでくれた訪問者にBBS(掲示板)で感謝を表明する。多くのウェブサイトがやっていたのは、そんな牧歌的な活動だった。

web1.0の時代にも、GeoCitiesのように簡単に「ホームページ」を作ることができるサービスは存在した。チャットや掲示板のような双方向性のあるサービスも存在した。1999年には2ちゃんねるも生まれた。

しかしながら、あらゆるインフラが貧弱だった。それは通信環境やハードウェアだけでなく、人力で登録されたディレクトリ型のポータルサイトが主流で、アルゴリズムベースのロボット型検索エンジンが非力だったことも含まれる。

分散型ネットワークであるP2Pを活用したソフトウェアはすでに実用化されていたが、その代表といえるNapsterは違法コンテンツの温床となり、多数の訴訟を抱えて消滅した。

2001年9月11日、アメリカ同時多発テロが起こると、インターネット上にはディープステート(闇の政府)による陰謀論が盛んに叫ばれるようになり、人種差別や反ユダヤ思想を拡大させた。その直前の2000年末には、ドットコムバブルが崩壊していた。

web1.0時代の末期、インターネットの技術革新は続いていたが、世界は停滞していたようにも見えた。

しかし、状況は変わる。テクノロジーの進歩と社会の変化が同期し、誰もが手軽に情報発信できる「web2.0」の時代がついに到来した。

web2.0が起こした情報爆発

web2.0を構成するキーワードは、初期はブログ、SNS(Social Networking System)、CGM(Consumer Generated Media)、フリーミアム、オープンソース、ロングテール、集合知、やがてクラウド、ビッグデータ、アドテク、SaaS(Software a Service)、サブスクリプション、ストリーミング、4G、スマートフォンあたりが加わる。

ティム・オライリーがweb2.0を提唱したのは2005年だが、その前後にMySpace、LinkedIn、Facebook、Twitter、YouTube、Wikipediaが誕生している。

日本では2006年、当時はてなに在籍していた梅田望夫氏の『ウェブ進化論』という書籍が大ヒットし、web2.0時代の到来を告げた。

私も本書でその概念を強く認識するようになり、以後、『グランズウェル(2008)』、『フリー(2009)』、『みんなの意見は案外正しい(2009)』、『2011年新聞・テレビ消滅(2009)』など、web2.0の時代に関係しそうな書籍を読み漁った。

web2.0という言葉は流行語となり、2007年にはNTTドコモがその言葉を捩った「DoCoMo2.0」というキャンペーンを展開。競合企業を露骨に意識したメッセージで物議を醸したが、大企業が「つい乗っかりたくなる言葉」だったとも言える。

このweb2.0は、「情報の民主化」の切り札に思えた。

その空気をいち早く察したTIME誌は、2006年のPerson Of Year(今年の人)を「You」とした。SNS時代の到来を受けて、大衆が主役になる時代が到来したのだと宣言した。

web2.0という言葉が約2年で使われなくなったのは、構成する概念が日常化したからだろう。web2.0という言葉が使われなくなってからが、本格的なweb2.0の時代ともいえる。

2007年にはiPhoneが登場し、スマートフォンが爆発的に普及した。web2.0系のテクノロジーやプラットフォームはいち早くスマートフォンに対応し、パソコンの前に座らずとも、いつでもどこでもすぐに情報発信ができるようになった。この2007年以降、インターネット上の情報量は爆発的に増加している。

参考)データ流通量の推移(総務省)

スマートフォンとSNSが国家を変えるほどの力を持つようになるには、それほど多くの時間を必要としなかった。

2010年頃にはアラブ諸国で「アラブの春」と呼ばれる独裁体制に反対する大規模デモが起こった。これにはスマートフォンとSNSが強く関わっていたと言われる。情報の民主化が現実社会の民主化運動に繋がった事例である。

web2.0の時代になり、マスメディアの力は相対的に落ちた。商品を広く知らしめるのにマスメディアに広告を出す必然性は薄れた。マスメディアに露出せずとも、SNSのUGC(User Generated Contents:口コミ)がキッカケで商品を売ることが可能になった。SNSがユーザーのオウンドメディアとなり、マスメディアに頭を下げずとも情報発信できるようになった。

マスメディアは、デジタルシフトが成功しなければ市場からの撤退を余儀なくされた。特にラジオ、新聞、出版の衰退は顕著だった。インターネットが目指していた、マスメディアによる中央集権からの解放が、ついに実現しようとしていた。

しかし、便利さが加速度的にアップデートする裏側で、テクノロジーによるディストピアを不安視する声も拡がっていった。

web2.0のダークサイド

2010年代は、Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft、Netflix、Salesforce.com、Adobeを始めとする、時価総額数千億ドルを超える巨大IT企業(ビッグテック、テックジャイアンツ)の影響力が極限まで膨れ上がった時代でもある。

GAFAMと総称される5社の、2021年12月時点の時価総額の総計は10.08兆ドルに及ぶ。これは世界第3位である日本のGDP、5.1兆ドルを遥かに上回る。Facebookの世界ユーザー数は28.53億人、YouTubeは20億人と、いずれも世界最多を誇る中国の人口14億人を大きく上回っている。

このような数字の比較は言葉遊びの域を出ないが、彼らが国家を超えるほどのスーパーパワーを得ていることは、分かりやすく伝わるだろう。

個人情報や行動データは、石炭や石油といった天然資源と同じ価値を持つ。そのことに気付いた巨大IT企業は、貴重な天然資源を、大量に、独占的に、保有していった。

人々は快適さと引き換えに、個人情報から行動データに至るまであらゆる情報をプラットフォームに差し出していく。利用者が増えるほどネットワーク効果は働き、収集できるデータは指数関数的に増える。

収集したビッグデータは機械学習の対象となり、より洗練されたAIの開発を可能にする。プラットフォームのUXは飛躍的に向上し、人々はさらにプラットフォームに依存する。

高精度な予測分析 (Predictive Analytics)によって、ユーザーの行動を先回りした広告が可能になる。こうして多額の広告費がプラットフォームに吸い込まれていく。

巨大IT企業にはますます富が集まる。資産は税的に有利な他国で管理され、税金の支払いを最小限に留めるテクニックが堂々と使われる。そうして培った圧倒的な資金力で、世界中の優秀な人材を登用し、脅威になりえるスタートアップを買収し、歯向かう企業には無料の競合サービスをぶつけて、窮地に追い込む。

巨大IT企業の牙城に立ち向かうのはもはや不可能である。こうして、生馬の目を抜くようなゲリラ戦を仕掛けることがマーケティング戦略の定石となった。さもなくば、彼らの軍門に下るしかない。

人々も企業も国家も、彼ら無しでいることが困難になった。かつてのマスメディアがそうであったように、人々は自らが選択している錯覚を得ながら、巨大IT企業の手の中で泳がされている。

この巨大IT企業による情報独裁に、社会は徐々に危機感を募らせていった。

参考)監視資本主義(Netflix)

SNSはかつては出会えなかった人々を結び付け、新たなビジネスが生まれるきっかけになったが、ヘイトや犯罪や自殺の温床にもなった。米国では、スマートフォンやSNSの普及と相関するように、2010年から若年層の自殺数が増加している。

マーク・ザッカーバーグを含むFacebook経営陣が、SNSの有害性を示す数々の調査結果を得ていながら、それを隠し続けて市場や投資家を欺いた。この一連の内部告発はFacebook Papersと呼ばれ、連邦議会が動く大問題に発展したことは記憶に新しい。

一説にはFacebookの10倍以上の情報を保有するといわれるGoogle(Alphabet)に対する危機感も強い。2021年のAlphabetの株主総会では、同グループの人権問題、フェイクニュース、内部告発者保護などの対処について、株主から激しい非難を浴びたとされる。

米国司法省やEUをはじめ、世界中でGoogle包囲網が作られつつある。敗訴の結果支払った罰金総額は、100億ドルを超えている。多くは独占禁止法違反によるものだが、根底にあるのは情報独占による圧倒的な競争優位と、それが生み出している社会的不均衡だろう。国家がGoogleを解体するという噂も未だ絶えない。

2016年にEUが制定したGDPR(General Data Protection Regulation)も、巨大IT企業によって個人情報が独占的に収集されることへの危機感がその背景にある。

SNSは、特定の信念を増幅・強化するエコーチェンバーをも生み出す。危険思想や陰謀論を持つ者同士が繋がり、大きな力を得ることも可能になった。SNSにはフェイクニュースが溢れ、これらが民主政治を脅かすようにもなった。

2017年にドナルド・トランプが米大統領に就任した前後、世界各国で極右勢力が台頭した。ロドリゴ・ドゥテルテ(フィリピン)やジャイール・ボルソナーロ(ブラジル)のように、人権を無視する発言を堂々と行うリーダーも誕生した。

政治家のマーケティング戦略にSNSは欠かせないものとなったが、プラットフォームが危険と判断すれば、排除できるようにもなった。暴徒を扇動したと判断されたトランプは、Twitter、Facebook、SnapChat、Twitch、Shopifyから追放され、支持者が活用するSNS『Parler』も、GoogleやAppleのサービスからはアクセス不能になっている。

この素早い動きを多くの市民は歓迎したが、巨大IT企業の意向次第で国家の行く末がコントロールできる状態であることを、改めて確認することにもなった。

web2.0系テクノロジーの影響を受けたのは資本主義社会だけではない。

2010年代、リーマンショックで足踏みする欧米を尻目に、中国は先行する米国サービスを模倣したリープフロッグで、デジタル先進国となった。Baidu、Alibaba、Tencent、HuaweiはBATHと呼ばれ、資本主義市場でも圧倒的な影響力を持つ。この中国の存在は新たな火種となり、やがてHuawei副会長の逮捕にも繋がる。

振り返ると、web2.0に端を発するテクノロジーやプラットフォームは、情報の民主化を促したようでありながら、15年の歳月をかけてマスメディアとは異なる新たなる中央集権を誕生させ、中国という中央集権国家の躍進を促した。

web2.0は新たなる便益や喜びを人々に与えたが、その一方で、世界の格差を拡大させ、分断を助長し、民主主義と基本的人権に新たなる脅威をもたらした。

この状況に追い打ちをかけたのが2020年のパンデミックである。Zoomなどの新興企業が大躍進を果たした一方で、貧富の差は拡大し、分断はより深刻となった。

世界人口のうち保有資産が上位10%に入る富豪が世界の富全体の76%を独占する中、パンデミックによって新たに約1億人が極度の貧困に追い込まれた。この貧富の格差は、欧米の帝国主義が全盛期を迎えていた20世紀初頭に近い状況とも言われる。

参考)パンデミックで貧富の差が拡大 世界不平等レポート(CNN)

こうしたweb2.0のダークサイドに対して、今一度、巨大IT企業による中央集権からの解放と真の情報民主化を目指そうというのが、web3の根幹にある思想ではないかと思う。

web3への期待

web3の中核にあるのがブロックチェーンである。その周辺に、NFT、イーサリアム、メタバース、DAO、DeFi、クリプト、DApps、IPFS、トラストレス、仮想通貨、暗号資産、VR/AR/MR、AI、IoT、クリエイターエコノミー、ファンエコノミー、クッキーレス、量子コンピューティング、3Dプリンティング、5Gといったようなキーワードがひしめき合う構図が見える。

インターネットはそもそも、大学などの教育機関・専門機関を相互接続するP2Pネットワークとして始まった。それ以前に一般的だったクライアントサーバシステムのような中央集権的なシステムを必要としないネットワークだった。しかしテクノロジーとビジネスモデルの革新が連続した結果、中央集権型の企業群が支配する世界になった。

ブロックチェーンが期待されるのは、非中央集権型のテクノロジーだからである。ネットワーク内で情報が同期される分散型台帳という仕組みで管理・監視されているため、中央で集中管理するシステムを必要としない。情報を分散管理しているからこそ、透明性も高く、情報改竄も極めて困難な作りになっている。

ブロックチェーンのサービスは発展途上であるが、仮想通貨以外にも、保険、決済、不動産、物流、医療、法務などの分野で活用が始まっている。

ブロックチェーンは、「企業」という組織形態を破壊する可能性も秘めている。

ブロックチェーンを用いて自律分散型のコミュニティを形成し、現金と引き換え可能なトークンで報酬を支払う。トークンは株式会社における株式のような役割も果たす。こうしたDAO(Decentralized Autonomous Organization)と呼ばれる自律分散型組織は既に存在している。

参考)もう「会社」はいらない。自律型組織オーガナイズシステム「Colony」(WIRED)

ブロックチェーンが理想通りに普及すれば、web2.0時代に主流となった中央集権型のビジネスモデルにゲームチェンジが起こる可能性が高い。GAFAMに代表される巨大IT企業のプラットフォームに依存する必要がなくなる。また金融、不動産、物流などを支配している巨大企業のビジネスモデルも大きく変わるだろう。

web3によって、web1.0に期待されていた、そしてweb2.0では実現できなかった、真の情報の民主化が実現するわけである。

もちろん、巨大IT企業が黙って見ているはずはない。GoogleやAmazonはブロックチェーン企業の買収や提携を積極的に進めており、次の覇権をにらんでいる。Facebookは社名をMeta Platformsと改名し、メタバースとNFTの時代を掴もうとしている。

web2.0の時代になったからといって、20世紀に興隆した大企業群が消滅したわけではなかった。同様に、web3の時代になって巨大IT企業が突然消滅することはないだろう。

ブロックチェーンが注目されているのは、技術的特異性というより、分散型というコンセプトが巨大IT企業が構築してきた中央集権システムのカウンターになりうるから、という一面もある。そもそも、ITシステムが中央集権であることのメリットも多く、すべてがブロックチェーン技術で代替されると考えるのは非現実的である。

しかしそれでも、かつてのweb2.0がそうであったように、これまでのインターネットが大きく転換する分岐点に来ているというのは、ほぼ間違いない。

「web3」というワードが賛否を受けながらも注目を浴びるのは、世界中の多くの人が、これから起きる大きな変化を感じ取っているからなのだろう。

テクノロジーを後押しする社会正義

web2.0は、社会要請に応じてテクノロジー側が進化したというより、テクノロジー側が社会の変質をリードした側面が強い。少なくとも私自身の中ではそういう印象がある。

しかしweb3に関しては、この構図は逆転するのではないだろうか。つまり、社会要請が先にあり、その影響を受けてweb3のような概念が芽生えてきた、ということである。ブロックチェーンが注目されるのは、非中央集権・自律分散が、新しい社会の一つのテーマだからである。

現在の世界を覆っているこうした社会要請を統合すると、「社会正義」という言葉に繋がるのではないかと思う。

2015年の国連サミットで採択されたSDGsは、人権、経済・地球環境といった課題を解決し、サステナブルな環境を作るための、17の目標と169のターゲットの総称である。

ここから、ダイバーシティ、ジェンダー、LGBTQ、脱炭素、海洋汚染、格差、貧困といったテーマへの注目度はより一層高まった。#MeToo、Black Lives Matter、ベーシックインカム、働き方改革、脱プラスチック、EV、ヴィーガンも、どこかでSDGsに繋がる。

現在、企業に求められる社会正義とは、このSDGsが追求しているものとほぼ同じと思っていいだろう。

経済、社会、環境の調和を求め、People(人間)、Planet(地球)、Prosperity(豊かさ)、Peace(平和)、Partnership(パートナーシップ)を重視し、「No one will be left behind(誰ひとり取り残さない)」ことを理想として事業活動を行う。

自社の利潤や競争優位のために、地球環境を含んだ社会全体のどこかに歪を生じるような活動をすべきではない。

企業が社会的責任を負うべきという考え方は、最近生まれたものではない。CSR(Corporate Social Responsibility)という概念は、第二次世界大戦前には既に存在していた。2000年代にはCSRに取り組むことが日本の大企業でも一般化したが、企業価値を高める手段という性質も強かった。

商品の販売費の一部が慈善活動に使われるコーズマーケティングも、1970年代から行われていた。国内では2007年のボルヴィックによる1L for 10Lキャンペーンなどの成功事例も存在する。しかし、企業が社会正義を希求する大きなうねりにはなったとは言い難い。

一方で、現在直面している社会正義を企業に求める風潮は、経営全体をより直接的に揺さぶっている。

2019年、GAFAMからGE、Johnson & Johnson、Morgan Stanley、Bank of America、P&G、Walmartなどを含む米国の大手企業のCEO180名以上が所属する団体『Business Roundtable』は、20年以上掲げてきた「株主至上主義」からの脱却を表明。顧客、従業員、地域社会などを含むすべてのステークホルダーとともに、持続可能性、企業責任、社会課題解決を重視した方針にシフトすることを宣言した。

2020年、世界最大の資産運用会社BlackRockは、ESG投資を強化する方針を発表。気候変動リスクへの情報開示を怠る企業に反対を示し、石炭関連企業への投資を大幅削減、ESG関連の上場投資信託(ETF)を倍増する考えを表明した。ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の略で、環境や社会に対する企業の誠実性を測る指標となっているものである。

経営や投資家サイドだけでなく、消費者側からの圧力も強まっている。

1990年後半から2000年代に生まれたZ世代は、幼少期からスマートフォンやSNSに日常的に触れてきた世代だが、社会問題、環境問題への関心が高く、プライバシーに対して警戒的であると言われている。日本では人口構成比が少ないZ世代だが、世界では人口の約3分の1を占めている。グローバル企業がSDGsへの取り組みをいち早く表明するのも、このZ世代を意識したものとも言われている。

日本国内では、人や社会、環境に配慮した製品が優先的に消費されるエシカル消費(倫理的消費)が叫ばれている。その認知・意識・行動は近年上昇しているという調査データも存在する。大手小売りでは、環境に優しい製品を優先的に仕入れて陳列するような動きも始まっている。

参考)倫理的消費(エシカル消費)に関する消費者意識調査報告書(消費者庁/インテージリサーチ)(PDF)

これらの動きと呼応するように、2010年代にはパーパスを掲げる企業が急増した。パーパスとは「収益以外の企業の社会的存在理由」といえるものである。現在のパーパスブームは、P&Gやネスレのような大衆向けに商品を販売するグローバル企業が先駆けと言われているが、現在はBtoB企業やローカル企業にも広がっている。

ビジネスと直結しない、ミッションとの区別が曖昧、内実を伴わないパーパスが溢れている、などの批判もあるが、今この時代にパーパスのような言葉に注目が集まるのは、社会正義を求める社会の空気と無縁ではないだろう。

ユニバーサルデザイン、インクルーシブデザイン、アクセシビリティ、新たなるイノベーションの在り方として意味のイノベーションに注目が集まったのも、この大きな流れにあるといえる。

ティール組織のようなセルフマネジメントとホールネス(ありのままの自分であること)による組織のあり方が提唱されるのも、非中央集権・自律分散を求める現在の社会正義の空気を、多分に受けているように思える。

2010年代後半には世界のビジネスシーンでマインドフルネス、瞑想、セルフコンパッションといった言葉が注目された。「幸福な働き方とは何か?」という問題提起であり、何かを犠牲にしてまで利益を追求することに対するアンチテーゼでもある。

SDGsの英文にも「Well-Being」という言葉が出てくるが、現在の社会正義において、ウェルビーイングのような幸福論は避けて通れないテーマだ。大ヒットした『サピエンス全史』の中では「文明は人生を幸福にしたのか」というタイトルで章を割き、幸福について言及している。

企業が対峙している社会正義とは、誰かの幸福のために誰かの幸福が収奪される社会システムではなく、誰かを今より不幸にすることなく人類全体の幸福の総量を増加させるという理想の社会システムを構築、もしくは貢献することである。それを実現するためのweb3であり、テクノロジーである。

理想と現実

現在世界を覆っている社会正義を求める風潮は、web2.0と巨大IT企業が推し進めた、格差が拡がる社会、分断された世界、監視される社会、中央集権的な体制、不透明な倫理観への反発でもある。

社会正義の時代では、富を独占する中央集権的な強者は支持されない。勝者総取り、Winner Takes Allを良しとしない。富裕層がさらに富を増し、貧困層がさらに瀕する状況を促す商品は買われない。「世界を変える」という夢を実現するために、誰かを搾取し、誰かを絶望させ、地球を汚染することは許されない。

では、これからの企業はどのような文脈で市場と対峙すればいいか。ヒントとなる企業はいくつか登場している。

イーロン・マスクが率いるTeslaはEV(Electric Vehicle:電気自動車)の会社として知られているが、その実態はバッテリー、ソーラーパネルおよび関連サービスに至るまでを提供するクリーンエネルギー企業である。そんな彼らは2021年の世界の時価総額ランキングで6位に付けている。

人工肉を販売するインポッシブル・フーズは、2020年に上場を果たしている。今後の成長分野として代替ミルク・代替たんぱく質が注目され、スタートアップ企業がその市場に参入している。表面的にはヴィーガンに乗ったビジネスに見えるかもしれないが、畜産による環境問題がその背景にある。

サステナビリティを重視し、共存性を価値とするスタートアップを指す「ゼブラ企業」という言葉も生まれている。企業利益と社会貢献の2つを両立させることを白黒模様の「ゼブラ」に例えている。これは、自社の利益を第一に考え資金調達ゲームを勝ち上がっていくユニコーン企業に対するカウンターでもある。

参考)世界で注目される「ゼブラ」とは〜アンチ・ユニコーンから生まれた経営スタイル〜

SDGsが目標とする2030年以降には、Z世代が社会の中心になる。今以上に、富を再配分し、幸福を分かち合い、環境に配慮した、社会正義意識の高い企業やサービスが支持を集める世の中になるだろう。

見方を変えれば、これからの時代に企業が市場から支持を受けるためには、3C(自社/顧客/競合)の視点だけでなく、社員、家族、パートナー、コミュニティ、地球といった世界全体のバランスを考慮したビジネスモデルが不可欠となる。

その意味をパーパスのような形で言語化し、コンテンツとして発信し、永続的なサービスとして確立し、ブランド化できた企業が、競争優位に立つ。それに影響を与えるITインフラとしてweb3関連企業やブロックチェーンが存在する。

経営サイドとしては非常に難しいかじ取りを迫られる。SDGsにおいては経済的発展も必要とされている。ビジネスで成功しなければ、持続的な社会正義は実現しない。

社会意識が高い事業であっても、社員に十分な待遇を与えることができないほど薄利であれば、それは成立しない。社会正義の文脈だけで商品が買われるほどビジネスは甘くない。機能便益や優れたUX、選ばれるための独自性/優位性は引き続き必要になる。

技術面で見れば、これまで成功してきた企業ほど、技術的な負の遺産を抱えることになる。そのままITインフラをweb3に最適化し、その上、従業員の意識も変えていかなければならない。

何もかもが非中央集権・自律分散型になるわけではない。人々の幸福・健康・安全を守るために、トップダウンの指揮命令系統が必要な時もある。そんな時には、中央集権的なシステムの方が役に立つ。

すべての問題を分権型のシステムで解決するという考えには無理がある。だからきっと、少なくない数の現行システムが次世代に受け継がれるだろう。

2018年の段階で、スティーブ・ウォズニアック(Apple共同創業者)やジャック・ドーシー(Twitter元CEO)は、ブロックチェーンが浸透するのに10年かかると発言している。確かに、来年・再来年に向けて何かが急に変わるわけではない。

だからといって、「2030年までまだ10年近くある」と悠長に構えているわけにはいかない。誰よりも先を見据える必要がある経営者は、この先10年以内に起こる大きな変化に対して、先手先手で手を打っていく必要がある。

この変化を「不安」ではなく「楽しみ」と捉えることができる経営者には、結果的にどのような道に転がるとしても、人生を投じるに値する刺激的な10年が待っているだろう。

身近な価値観の変化

ここまでは比較的マクロな視点から話をしてきたが、最後にミクロな視点からの話もまとめておく。ミクロな視点とは、私たちの身近な仕事がどう変わるか、という視点である。

web3が主役となる社会正義の時代へのシフトは、巨大企業だけの問題ではない。私たち全てがその大きなうねりの中にいて、仕事の仕方や価値観の変化も求められる。近視眼的な経済合理性に囚われず、社会正義の観点から、より中長期視点でサステナブルな仕事の仕方を求められる時代が来る。というより、既に来ている。

近年、政治家や著名人が古い価値観をそのまま発言し、批判を浴びる事態が相次いでいる。大手企業がジェンダーや人種問題、労働環境への配慮が欠けた広告やコンテンツを展開して炎上することも日常茶飯事となった。

彼らを見て「馬鹿だなあ」と思う人も多いだろう。しかしこれは他人事ではない。物事の見方・考え方・価値観を時代に合わせて更新していかなければ、今度は私たちが批判され、「馬鹿だなあ」と笑われる立場になりかねない。

これから到来するweb3と社会正義の時代において、私たちが仕事の中で押さえておかなければならないポイントは以下のようなものだと考える。

  • 倫理的かつ公明正大であること
  • 透明性が高く、正直であること
  • 自らの利益のために誰かを搾取しないこと
  • ずる賢い手段を選ばないこと
  • 疲弊せず長続きする方法を選択すること
  • 社員の生活・やりがい・労働環境を守ること
  • パートナー企業と対等に接し、共に発展すること
  • 支配的な関係を求めないこと
  • 富や知識を独り占めしないこと
  • 価値観を一方的に押し付けないこと
  • 勝ち・負けのような二元論的発想をしないこと
  • ジェンダーに関する古い考えを捨てること
  • 新しいテクノロジーを受け入れ、適切に利用すること
  • 心と体の健康を重視すること
  • 皆がありのままの自分でいられるようにすること
  • 攻撃して対立するのではなく許容して融和すること
  • 社会の観点から部分最適ではなく全体最適で捉えること
  • 人生の観点から短期ではなく中長期で捉えること
  • 自社と顧客だけでなく社会全体の幸福を考えること

こう列挙すると、企業の聖人君子化が求められるようであり、思わず怯んでしまうかもしれない。また、一介の会社員の立場ではやれることがないと思える項目もある。しかし冷静に捉えると、身近に当てはまることは色々と思い浮かぶ。

身近な11の事例から、問題提起をしてみよう。

身勝手なメール

近年のBtoBマーケティングでは個人情報と引き換えにホワイトペーパーをダウンロードさせ、その後顧客化するまでメールマガジンを送り続けることが定番施策になっている。永遠に顧客化しない人物に無益なメールを大量に送り付けたとしても、施策全体としてはそれに見合う成果が得られるからだろう。一方で、一人のビジネスパーソンが一日に読むメールの数は50通以上、1日で1時間以上を費やしている。また、メールを一通送る度に20グラムの二酸化炭素を排出するという試算もある。社会全体の労働生産性や環境への悪影響を考慮しない、自らの利益を得るためだけの身勝手な行為になっていないか。

搾取のためのUX

この10年、UXという言葉がビジネスシーンでよく使われるようになった。UXをデザインするための手法やフレームワークも開発され、多くの企業が取り入れた。しかし、そこに社会正義は備わっているか。ドーパミン地獄も「快適なUXだ」とユーザーは答えるだろう。しかし、そのサービスを使うことが、そのユーザーの人生の幸福に寄与することなのか。貴重な労働力や資産を収奪することで、間接的に格差の拡大と社会の停滞を招いていないか。多少の不便さをユーザーに強いたとしても達成すべきことは他にないか。あるいは真のUXとは、世界に貢献している実感をユーザーに与えることではないか。

便利さが破壊する何か

ECはますます便利になっている。欲しいものはすぐに検索し、ワンクリックで注文でき、即日届くことも珍しくない。購入した商品を格納するための、便利な収納グッズも豊富に存在する。デジタル広告は進化し、魅力的な商品を365日24時間提案してくれるようになった。ECを運営する企業の業績は伸び、ユーザーは快適な生活に満足する。しかし、このような状況が、環境を破壊する消費活動を促進してはいないだろうか。家賃の何割かが、便利な収納グッズに格納された必要ない商品の倉庫代になっていないか。無駄な消費を誘発し、労働によって手にした貴重なお金を奪っていないか。

狡猾さのための行動経済学

2010年代、行動経済学が一つのブームになった。人のバイアスにまつわる様々な理論が紹介された。数字に飛びつき、数字に惑わされるこの行動特性を利用し、企業は利益を上げることもできる。だからこそ、企業の倫理観が試される。明らかな有利誤認、優良誤認は景品表示法違反で罰せられるが、その抜け穴を潜り抜ける広告やキャンペーンも目に付く。意図的に読みにくくされた注意書きは、騙されたと感じるなら問題は消費者自身の不注意である、と開き直っているようでもある。これを経済力がある大手上場企業が行う。バイアスやミスリードを利用して人々から何かを搾取するテクニックを「利口なやり方」と賞賛してないか。

利益を守るための嫌体験

去る顧客への対応にその企業の理性が現れる。解約率を下げることは企業の収益に直結する。そのためにサービスを改善するのが本筋だが、解約を困難にすることで利益を守ろうとする企業は少なくない。分かりづらい解約手続き、ウェブサイトの奥に隠されたリンク、しつこい確認、不透明な解約後の情報管理。解約を望むユーザーの邪魔をし、再考を促すために意図的に不便な仕組みにする。同様のことは、メールマガジンの解約でも見られる。ユーザーの嫌体験を省みず、姑息な手段で利益を守ろうとしていないか。本当にやるべき仕事は、ユーザーが解約しないようサービスを向上させることではないか。

パートナー企業=都合のいい召使い

これからは、様々な企業と心地よいパートナーシップを築ける企業が活躍する時代になる。しかしいまだ、パートナー企業を搾り取ることが当然と考える企業も存在する。目的も告げずミーティングを要請していないか。契約前のコンペで無償労働を強いていないか。提案企業に「ありがとう」も言わず、厳しい言葉だけを投げかけていないか。やりがいのない不毛な社内業務をパートナー企業に押し付けてないか。パートナー企業の担当者にも尊厳があり、家族がいることを想像できているか。もちろんこれは、引き受ける企業の経営層にも問題がある。社員の人生を考えず、顧客の言いなりになることを「これが仕事だ」と強要していないか。

誰かを犠牲にした低価格戦略

低価格化は競争力を高めることになりやすい。しかし提供価格を引き下げたまま利益を維持するためには、コストダウンが必要になる。その利益を確保するために、パートナー企業に無理な値下げを要求していないか。「この価格でなければもう御社とは取引しない」と脅していないか。人権問題を抱える国や過酷な環境で働く途上国の労働力を搾取して利益を確保していないか。低価格化と引き換えに、社員の給与を引き下げていないか。無理な低価格戦略が、身近なところで格差を拡げる切っ掛けになっていないか。そんな企業の商品は例え安価でも買われない時代になるかもしれない。

不毛な契約手続き

契約法務は非常に重要な仕事である。ここを軽視すると数々のリスクを呼び込むことになる。近年はオンラインでの契約も浸透してきたが、重厚長大な大企業では過剰ともいえる契約手続きが残る。負担が大きい契約事務が窓口となる担当者の仕事を増やしていないか。エクセルモンスターともいえる複雑怪奇な契約書類の数々でパートナー企業の少ないリソースを割いていないか。さらに書類や実印に固執し、関わる担当者のリモートワークを阻害していないか。契約形態は大企業ほど遅れているが、パートナーが多い大企業ほど率先して新しい技術を取り組んでいくべきだろう。

未だ乱造される紙

あらゆるものが紙からデジタルに置き換わり、印刷用の紙の消費は年々減っている。しかしそれでも未だ無駄に思える紙は存在する。国内において名刺は1年間で約100億枚が消費されていると言われている。パンデミックでその数は減っているだろうが、最終的には捨てるだけの名刺を、必要以上に作る必要はあるか。大企業では再生紙を使った簡素な名刺に移行しつつあるが、中小零細企業では特殊印刷を用いて豪華に彩った名刺が未だ存在する。年末になれば、未だ必要ない年賀状やカレンダーが一方的に送り付けられてくることもある。高価な名刺や年賀状やカレンダーは、会社や顧客や社会に貢献しているのか。ブランディングの名の元に、無駄に紙を使い続けていないか。

時代遅れのジェンダー観

web2.0が浸透した15年間で、ジェンダーやLBGTQに関する認識は大分進歩したように思える。一方で身近な所でもまだ発展途上な感は否めない。採用や人事評価に性差を含める管理者はいないか。受付フォームで「男女」を選択させる必要はあるか。容姿に触れる安易な発言がないか。性的マイノリティーを茶化す会話をしてないか。オフィスの受付に容姿端麗な若い女性だけを配置していないか。バーチャルアシスタントは最初から女性のビジュアルや音声になっていないか。ピクトグラムの男性は青でズボン、女性は赤でスカートのシルエットと決め付けてないか。男性の育休を渋る上司はいないか。男性も育児に参加できる社内体制が取られているか。

メンタルヘルスへの無理解

現代の経営において、社員の心の健康、メンタルヘルスを無視することはできない。心の弱さではなく、セロトニンやオキシトシン、ドーパミンなどの内分泌系や自律神経系が関与する肉体的疾患であることは医学的に証明されている。マインドフルネス、瞑想、コーピングという言葉も広まり、認知行動療法をビジネス活用する動きも始まった。しかしこれもまだ道半ばである。メンタルヘルスを気合と根性の問題と捉えていないか。「最近の若者はメンタルが弱い」と世代問題にしていないか。メンタル不調を受け入れてサポートできる組織になっているか。休職や時短勤務を選択した後に職場復帰できるか。経営者が率先してメンタルヘルスについて学習し、取り組んでいるか。

私たちができること

誤解される前に言っておくと、ここであげた11の問題を持つ企業のことを、強い声で攻撃する気は、私にはない。私自身や私の会社を振り返ってみても、細やかには対応しきれていない所も当然ある。

これらの問題は、特定の会社や人を批判することによってではなく、構造的に解決されなくてはならないと、私は思う。社会的な問題の多くは、政治・歴史・文化・宗教などを含む幾重にも連なる社会的構造そのものにあるはずで、特定の企業や人にフォーカスしても、本質的な部分は解決しない。

web2.0が生み出したダークサイドの一つに、「正義中毒」があると思う。

参考)他人を許せない人の脳」で起きている恐ろしい事(東洋経済ONLINE)

社会正義に反すると判断される企業や人を、法の力を超えて私刑する。社会的、精神的に追い詰めて、再起不能にする。その様子がメディアに取り上げられることで、社会の風向きが変わることがあるかもしれない。しかし、社会正義の名の元に、誰かを生贄にし、社会を萎縮させることが、社会を前進させるとは思えない。

正義中毒に陥った人々が、誰かの不正義を発見し、その人間の尊厳や人間性を奪い取り、ドーパミンに由来する快楽に耽る。それは、幸福の総量を増やす社会正義ではなく、新たなる恐怖支配の始まりに過ぎない。

私たちは、企業や人ではなく、構造に目を向けなくてはいけない。問題の根幹にある構造的理由を理解し、自分もそうなるかもしれないと考えるもう一つの冷静な目を持たないといけない。さもなければ、その人自身が非理性的・非倫理的な暴君に堕してしまう。

私は約10年間、会社という小さなコミュニティを作る中で、気付いたことがある。

コミュニティに横たわる大きな問題を解決する時、一点突破で一気呵成に解決しようとすると失敗しやすい。そうではなく、3つの車輪の回転が噛み合っていることを確認しながら、徐々に解決の速度を高めていく方がいい、ということである。

その3つの車輪とは、ハート、システム、テクノロジーである。

3つの車輪理論

ハート(人の心、意識、倫理観など)の車輪だけを強く回そうとしても、取り巻く制度や技術環境が回っていなければ、コミュニティ全体はうまく回らない。周囲と噛み合わないハートの車輪は、再び元の回転速度に戻ってしまうだろう。

システム(仕組み、ルール、制度など)の車輪だけを強く回そうとしても、人の心や技術環境が付いてこなければ、有名無実な仕組みにしかならない。制度を作ってもコミュニティに定着しない、というのはシステムの車輪だけが先走ってる時に起きる。

テクノロジー(技術、ノウハウなど)の車輪だけを強く回そうとしても、人の心や制度、ルールが追い付いていなければ、コミュニティ全体の改善にはつながらない。DX(デジタルトランスフォーメーション)と銘打ちながら、ITシステムを導入しただけで改革が進まないのは、テクノロジー以外の車輪がうまく回っていないからである。

これは会社という小さなコミュニティだけでなく、国家や社会にも、ほぼ同じように当てはまるのではないかと思う。特定の企業や人を悪者にしても社会全体の改善に繋がらないのは、システムやテクノロジーのことを考えず、ハートだけで(しかも極めて局所的なハートだけで)、社会全体を変えようとしているからである。

このような3つの車輪の基本原則を踏まえた上で、社会正義を成し遂げるために、誰かを悪者にするのではなく、私たち自身でできることから、少しずつ、身近なところから、何かを変えていく必要があるのだろう。そしてこの3つの車輪の一つであるテクノロジーの選択肢の一つとして、web3が含まれる。

改めて考えると、先ほどの11の問題のうちのいくつかは、web3に内包されるテクノロジーの普及によって消滅、もしくは軽減されることが期待できる。

改竄が難しくアプリケーションを超えて所有できるNFTを用いれば、名刺に変わる本人を証明するデジタルアイテムを作ることができる。このようなものが一般化すれば、紙に印刷する必要もなくなる。また入館を許可するトークンを発行して紐づけることで、受付処理が不要となり、受付に人員を配置する必要もなくなる。

AIが発展すれば、本当に欲しい情報を本当に欲しい人に本当に欲しいタイミングで送り届けることが可能になる。そうすれば人を騙すような広告は意味をなさなくなる。

Facebook Horizonのようなメタバース上で、アバターを使って匿名で仕事をすることが日常的になり、ブロックチェーン技術を使って存在確認や報酬の支払いができるようになれば、年齢・性別・人種・容姿などを明らかにすることなく、成果だけで仕事が評価されるようになる。

リアルタイム翻訳が進化すれば、言語の制約なく仕事もできるようになるだろう。複雑な契約処理も多くがショートカットできるようになるし、奇妙な受発注関係に気を使って納得のいかない仕事をする機会も減るだろう。

このようなシナリオは楽観的過ぎて半ばファンタジーだという自覚はある。

web2.0が始まる時に2020年の暗部を予見できなかったように、web3に類する技術の浸透によって、今は想像できない新たな問題に直面するかもしれない。web3などというものが単なるバズワードに終わり、その概念自体は何も成し得ない可能性もある。

ただ、web3のような考え方が出てくる背景には、世界を覆う社会正義を希求する空気がある。これは決して、新たなる金儲けや、巨大IT企業に対する下剋上を成し遂げて支配者を入れ替える手段ではない。背景にあるのは、独占的な企業や分断化される社会に対する批判意識・問題意識である。

1社で情報や資産を独占するような企業は歓迎されない。業界全体に貢献するような企業が評価され、影響力を増す。単に売上と社員数が伸びているだけの企業より、コミュニティに関わる人々が享受する利益全体を増加できる企業に人が集まる。

自らの利益や損失を省みず、情報発信に積極的な企業が、業界内で信頼を勝ち取る。結果的に、そこに大きな資本が集まってくる。その企業はそれを独占せずにコミュニティに還元し、コミュニティ全体の幸福の総量を引き上げていく。

このような思想を持つ企業、あるいは人が、多くの支持を集める時代がやってくる。

私たちが携わるウェブやITの仕事は、こうした変化の爆心地に比較的近いところにある。だが、目の前の仕事だけに追われて無意識・無自覚に過ごしていると、自分たちが時代の先端に近い所に居ることに気が付かず、時代の潮流に乗り遅れてしまうかもしれない。

SDGsが目標と掲げ、Z世代が社会で活躍する2030年を一つのマイルストーンと考えた時に、今、私たちはどのように価値観を変え、仕事の仕方を変え、仕組みを変え、そしてこれから登場するテクノロジーに触れていくか。

こうした視点を持っていると、2022年という地殻変動の前夜を、より有意義に過ごせるかもしれない。

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