ここ数年、組織の拡大に伴い、過去にはやらなかった取り組みを始める機会が増えた。特に大きな変化の一つが、デザイナーやエンジニア、ライターといったクリエイターたちの作業時間や作業項目を細かく記録する「工数管理ツール」を全社導入したことである。
工数管理のメインツールとしては、freeeさんが提供している「freee工数管理」を使用している。
UIに優れた便利なツールで、Googleカレンダーと連動させることでかなりの入力を自動化できるが、プロジェクト単位や人単位の集計など、標準機能では提供されていないレポートもあったので、このツールで出力されるデータを元にプロジェクト別/人別に表示できるツールも自作した。
なお、このツールを、freeeさん協力の下、外部にも販売することになった。ご興味がある方は、文末にも掲載しているLPからお問い合わせください。
業界によっては、「なんでこんな当たり前のことを自慢気にブログにしているのか?」と思われるかもしれない。
その気持ちも分かるが、ウェブ制作をはじめとするデザインやクリエイティブの業界では、時間や工数を定量的に管理することに心理的な抵抗がかなりある。完全に感覚値だが、工数管理の仕組みを導入している企業は、2割も存在しないように思う。
実は私自身も、「創造力を奪う」「仕事の余白がなくなる」「時間管理は自己責任」という考えから、創業してから13年、時間を細かく管理するような仕組みの導入に否定的な立場を取ってきた。
それで事業が成り立っていたともいえるが、組織が30名を超えたあたりから、社内の生産性が如実に悪化したことがあった。
しかし作業時間の内訳を詳細に記録する仕組みがなかったため、生産性悪化の原因が正確につかめず、「なんとなくアレが問題だよね」という曖昧な根拠のもと、解決策を打ち出していた。
この状況を打開するため、長年のこだわりを捨て、本格的な工数管理ツールの全社導入に踏み切った。この判断には、同じくウェブ制作会社のアクアリング代表の茂森さんから、「工数管理の仕組みを導入して結果的に良かった」という話を聞いたのも大きかった。
導入して2年目になるが、結論、導入して本当に良かった、なぜこれまで頑なにやってこなかったのだろう、と思っている。
導入前の状況としては、組織拡大による組織の体質変化に苦戦し、2022年は営業利益率が1%にまで落ちてしまった。創業以来初の赤字転落の危機を味わった。
そして工数管理ツールを導入した2023年。序盤も前年の影響を受けたものの、2023年後半には営業利益率が13%を超えるところまで持ち直すことができた。3Q終了時点で利益体質が戻ってきていると確信できたため、大きめの先行投資をいくつか実施し、営業利益率は最終的には10%弱に落ち着いた。
そして本格導入から2年目となる今年。社員はさらに10名増えて50名弱となり、より間接コストが高まりやすくなった。はずだが、3Q終了時点で売上・営業利益ともに過去最高を記録することが確定している。営業利益率も再び15%近くに達する見込みで、これを10%前後に抑えるために、再び投資を加速させている。
業界・業態が違うと分かりにくいかもしれないが、労働集約で低価格圧力が強い市場特性のウェブ制作業界は、一般的には利益率が低く、1桁前半になることも珍しくない。また、社員数が30名を超えると間接コストが高くなり、保守運用などのストック型の収益源を持っていない限り、低利益体質になりやすい。
当社もストック型の収益源を持たない、新規獲得に依存したウェブ制作会社である。それはそれで別の経営課題として解決しなければいけないのだが、今の体制・人数のウェブ制作会社が、2年連続で15%近くまで営業利益率が伸びたのは、我ながら驚く結果である。創業初の赤字になるかもと緊張感が走っていた2022年とは雲泥の状況である。
このように急速に経営体質が改善した理由は複合的だが、全社で常に工数を意識して働くことが習慣化されたことは、大きな理由の一つだと考えている。実際には、見える化した工数に対してリアルタイムで何かの対処していたわけではないが、まず「工数を意識して仕事をする」という環境にしたことが、記録するだけで痩せるレコーディングダイエットのような効果をもたらしたように思う。
そして来年は、この工数をもっと上手にマネジメントしていきたい。まだフル活用できておらず、伸びしろがある状態といえる。
会社全体の利益効率の高まり以上に、工数管理ツール導入の意義を感じてるのが、組織状態の定量的な把握が可能になったことである。
例えば、2022年に利益が伸び悩んでいた際、想像できる原因が多岐に渡り、明確な理由を突き止めることができなかった。
過剰な社内業務は考えられる要因の一つだったが、明確にそれが最大の影響源とは言い切れなかったし、どのくらいが適性値かも分からなかった。そこで一旦は「社内業務比率を20%以内にしよう」という仮説ベースの方針で仕事の見直しを行っていた。
その後、工数管理ツールを入れたことで、以下のようなことが定量的に分かった。
リモートワーク中心の働き方になり、社内コミュニケーションの時間が増える傾向にあった。もしも社内業務比率を20%にするには、カルチャーに影響するコミュニケーション関連の活動のいくつかもやめなければ、と考えたこともあった。
しかし、工数管理ツールのおかげで、社内業務比率30%でも期待する利益まで到達できることが分かった。組織のカルチャーやコミュニケーション、社員同士の関係性の円滑化に繋がる活動は継続しよう、という判断になった。
これは一例だが、組織内で何か問題が起きた時、当事者の勘や感覚ではなく、数字を見て適切な対処を取れるようになったことの意義は非常に大きい。工数管理ツールを導入したことによって、勘と経験のマネジメントから、データドリブンのマネジメントができるようになったといえる。
「人は利用可能な資源をあるだけ使ってしまう」という心理法則を、「パーキンソンの法則」という。
例えば、あるデザインワークに5日の期限を与えられたとしよう。しかも、そのデザインワークは急いでやれば3日で終わる仕事である。しかし人は、5日の期限を与えられると、5日かけてやる、という判断になる。
特にデザインのような仕事は、完成定義が曖昧で、一定の試行錯誤が含まれるため、もしもの時のためにできるだけ時間を確保しておきたい、と考えがちである。
そうして時間を多めに確保した結果、非効率な仕事の仕方をしてしまう。結果、平均的に見て3日で終わる仕事に5日かけることが常態化していく。
これが「ある時間は全部使ってしまう」というパーキンソンの法則と、それに伴う生産性悪化のカラクリである。
これを防ぐには、「この仕事は5日ではなく3日で終わらせる仕事である」という目安の数字が必要になる。しかし工数管理をしてないと、この目安が「感覚値」になり、「なんとなく5日くらいが妥当だよね」という実態とは乖離した基準が設定され、「3日でいいのでは」と主張しても、それが正しいとも違うとも証明できないので、現場力学で多めの時間配分が標準化してしまう。
自分の行動を客観的に振り返っても思うが、クリエイティブワークをしてる最中、1分1秒も無駄なく有効に時間を使ってるかと言うとかなり怪しい。
前述の例のように5日の期限がある仕事だと、特に最初の1〜2日はかなりぬるい仕事の仕方をしている。そして3日目くらいからお尻に火が着きだし、4日目からスピードがあがる。こうして、最初から火が着いていれば2〜3日で終わる仕事を5日かけてやる。
しかも、5日かけたことで、3日で急いで作った時と比べてクオリティが1.5倍~2倍に跳ね上がっているかというと、そんなこともない。
この時間を多めに要求してしまう行為を、「強い意志で自制しろ」というのは結構難しい。なぜなら、パーキンソンの法則は、人に備わった自然な心理だからである。
私も含めて、人は基本的には怠け者である。その前提の元、ある程度の強制力のある時間の制約を与えた方がいい。かといって、無茶な制約では本来ほしいパフォーマンスも発揮できなくなるし、社員も自己効力感を失う。
だから工数のログを取り、どの仕事が平均してどのくらいの時間がかかるかの基準を、定量的に計測する。このことに、工数管理ツールが大いに役立っている。
以前は、私自身もこの手の工数管理の仕組みに反対だったこともあり、社内で導入するにあたって、反発を覚える社員が出てくることを想定していた。実際、このような工数管理の導入を検討した時に、クリエイターたちの激しい反発にあったために諦めた、という制作会社の話を何度か聴いた。
そのためそれなりの覚悟はしていたが、導入に対する抵抗は、驚くほどなかった。間もなく導入して2年になるが、工数管理を理由に退職する、という社員も今のところ一人も出てきていない。
ベイジという組織が新しい取り組みに対して常にオープンであること、私がなぜ導入するかを丁寧に話したこと、そして、freeeのプロジェクト管理ツール自体が使いやすく、登録は1日の最後のわずかな時間で行えたことが、大きな反対なく、組織の中で習慣化できた主な理由だろう。
ただし、導入してからしばらくして、「時間を気にするようになり、仕事のプレッシャーが強くなった」「残り時間を意識して仕事をすることが増え、やりきれてないと感じることがある」という声も聞かれるようになった。
これもまた、想定した反応ではある。しかし、会社全体のことを考えた時に、以下のいずれを優先すべきか、その判断は明白である。
そもそも時間は有限であり、時間を意識して働かなけばいけないビジネスは多い。労働集約/工数ビジネスであるウェブ制作も、本来は決められた制限時間内での創造的な仕事なわけである。サッカーに例えれば、ちゃんと前半45分+後半45分という制限時間を守った上でプレイする、ということに近い。
「私たちは制限時間のあるゲームをしている」というのを大前提とし、その中で創意工夫をするから成長する。このような意識を組織に根付かせることこそ、工数管理の仕組みを導入することの、最大の意義ではないかと思う。
そのため、「社員のプレッシャーが増えるから工数管理をしない」ではなく、「工数管理をしたうえで、副作用があればそれをできるだけ取り除く」ということを、常に判断基準とした。このような明確で強い意思がなければ、導入はうまくいかなかっただろう。
工数管理というクリエイターの価値観に挑戦するような仕組みを、大きなハレーションもなく比較的スムーズに導入できたのは、まずもって、前向きに捉えてくれた社員の協力のお陰である。その一方で、経営者側の努力としては、導入意義の丁寧な説明も必要不可欠であった。
私自身が、時間管理否定派だったこともあり、例え表面化していなくても、心の内では納得感を得られていない、ということは十分に起こりえると予想していた。もっといえば、今でもそうした違和感を抱えている社員はいてもおかしくないと思っている。
容易に受け入れられない可能性を元々予想していたために、導入の意義は、言葉を尽くして説明する必要があると考えていた。ここでいう導入の意義とは、会社にとっての意義ではなく、働く社員にとっての意義である。
つまり「時間管理が導入された組織で働くことは、みんなのキャリアにとっても価値がある」という話だ。
あくまで私の考え方であるという前提の下、昼礼の時間を用いたり、日報で言及するなどして、なぜ私が時間管理の仕組みを導入した方が良いという考えに至ったか、以下のような思考プロセスを色々な角度から説明していった。
実は、時間の大事さは以前から社内でちょこちょこ啓蒙していた。公開されている以下のようなスライドを使い、時間管理の11の原則として説明したこともあった。
この内容は記事にもなっている。
これとは別に、「弊害が多かったら止める」という話もしてある。組織に大きな変化を加えるときに心理的抵抗を生む理由の一つは、「一度導入したらもう元に戻れないのでは?」という不安や恐怖が過るからである。
そのため、経営者の立場から、明らかに弊害が多かったら止める、ということを明言しておく。こうすることで、「止めるという選択肢があるのなら、ひとまずやってみようかな」という気になりやすい。
また、数字の導入に対する抵抗というのは、「数字だけで評価判断される」と誤解されることで起こる。そのため、評価制度において、あくまで「数字を"元に"評価する」だけであって、「数字"だけで"評価する」ではない、という話もしている。
こうした不安や不満を解消するコミュニケーションの積み重ねで、表面的には大きな混乱や反発もなく、今に至っているといえる。
会社が何か新しい取り組みを始めるときに、「反発が起きるから無理」という発想でいると、一向に組織は変わらない。大きな取り組みほど副作用は起こるもので、その副作用を緩和させるための対策も並走させるのは、組織づくりの基本ともいえる。
ウェブ制作業界の方々と話すと、「あの会社は人月単価○○万円で見積もってるらしいよ」という話題がしばしば出てくる。
その会社の見積書の人月単価の高さ≒その会社の市場価値≒その会社の能力の高さという前提のもとで、その会社の価値や能力を証明する指標として、見積書に記載している人月の話が引用されているのだろう。
しかし、自ら営業したり、見積を決裁したり、社内の利益やコストの構造を逐一見てたりしている私の立場からすると、工数管理をしていない会社の見積上の人月の高低を比較しても意味がないと思う。
例えば見積上は人月単価150万円で2人月で仕事を請けているが、実際の工数を計測すると実は3人月くらいかかっていた場合、この会社の正確な人月単価は100万円になる。
この計算はあくまで請負を前提にしたものだが、工数管理をしてない以上、見積上の人月単価の高さというのは「見積ブランディングの話」にすぎない。また、顧客は結局総額だけを気にしていることがほとんどなので、総額の辻褄が合えば、人月の高い/安いはさほど気にしてないことがほとんどだろう。
このように、見積上で工数を高く表示させれば、まるで高い価値を発揮してるようにミスリードさせることはできるが、社員の平均給与と営業利益の関係は嘘を付かない。
高い人月の見積もりを出しているのに、働く社員の平均給与や会社の営業利益率が低水準というのは、経営的には絶対に避けたい事態である。しかし見積と実際の時間を紐づけていないと、こうした事態が起きる。
このように、工数管理をしていることは、経営体質からその会社の市場価値に至るまで、経営の様々な分野に影響を与える。
工数管理の目的は、社員の実態を細かく把握することではない。会社を利益体質にすることは、社員に報酬とキャリアの選択肢を、組織には挑戦する機会を与えることに繋がる。このことは、優秀な人材が集まり、それによって価値あるサービスを持続的に提供できる企業になるための、重要かつ必要な手段ではないかと思う。
「定量的にマネジメントする」という私たちの取り組みは、これで終わりではない。
今年後半から、トップエンジニアがコーポレート側に移籍し、「社内のあらゆることをデータ化する」というプロジェクトに取り組んでもらっている。
アウトプットとして、チーム別/プロジェクト別/メンバー別に、売上、営業利益などの重要な経営指標がリアルタイムで計測・表示できるダッシュボードが、2025年春に完成する予定である。
また、マーケティングやセールスなど、レベニュー管理の指標が分散しているのを統合、データ連携できる環境も用意する。さらにリソース管理、そして遅ればせながら、バックオフィス業務のDX化なども同時に進行している。
50名規模の中小企業でありながら、社内のデータ化にこれだけの投資をするのには、大きく2つの理由がある。
1つは、従来型のマネジメントとの決別である。
経験則と主観ベースのマネジメントは、生存者バイアスの継承を生み出す。「なんとなく仕事ができている」「なんとなく問題がある」ではなく、どこのどれが、何を比べて、定量的に見てどう違うのか、その根拠を元にマネジメントすることで、より客観的な視点から精度の高い打ち手を常に考えられるようになりたい。このことが、組織力の強化に繋がると信じている。
もう1つは、AI活用に向けての基盤づくりである。
今後、AIをマネジメントに活用する上で、AIが扱えるデータをどのくらい保有しているかが、大きなカギとなる。生成AIの登場によって、定量データだけでなく、非構造化データも扱えるようになった。こうしたデータをデジタル資産として蓄積していくことが、今後の競争力に繋がっていくのではないかと思う。
こうした取り組みは大きな企業の方が圧倒的に進んでいるが、小さな会社でもやれることは色々ある。また小さい方が組織の浸透や活用がスピーディーにできる側面もある。工夫しながら、私たちなりの組織のデジタル化を進め、「データドリブン・マネジメントをしています!」と胸を張って言える会社を目指していきたい。
このページで紹介した私たちの取り組みは、freeeさんにも取材していただいた。
この取材時に、我々が自作したアドオン機能をfreeeさんにお見せしたところ、本来freeeさんが提供したい機能を我々が先回りして作っていることと、シンプルながらも洗練されているUI/UXの完成度に、非常に驚いていただけた。そしてfreeeさんにもご協力いただき、この機能を外販するプロジェクトが始まった。
プロダクト名も「工数を見る」「効率を見る」といった意味から『コウミル』となり、2024年11月中旬、本格的に販売を開始した。
実績工数分析ツール「コウミル」|従業員が登録した工数を可視化して業務効率と生産性を向上
既にマーケティング支援会社やデザイン会社からは導入のオファーをいただいている。業種業態規模の制約が発生するツールではないが、特に人がサービス提供するビジネスで、かなりの効果が期待できるはずである。現状工数管理を全くしていない企業であれば、半年もすれば、利益体質への変化を実感いただけるのではないだろうか。
なお、単に導入するだけではなく、このブログでご紹介したように、浸透させるための組織の働きかけも不可欠である。こうした組織に対する支援も、私たちの方でできる限りお手伝いさせていただく体制を作っている。
興味のあるお客さまは、お気軽にお問い合わせください。
ウェブ制作といえば、「納期」や「納品物の品質」に意識を向けがちですが、私たちはその先にある「顧客の成功」をお客さまと共に考えた上で、ウェブ制作を行っています。そのために「戦略フェーズ」と呼ばれるお客さまのビジネスを理解し、共に議論する期間を必ず設けています。
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