業界の現状と課題
私たちのビジョンや育成方針は、web/IT業界の現状や未来と密接に絡み、その問題意識が前提となっています。このページでは、そのあたりの私たちの考え方について解説します。
急速に移り変わるトレンド
web/IT業界の最大の特徴は、目まぐるしい変化でしょう。1~2年で状況が一変し、5年、10年で仕事がなくなることも珍しくありません。例えば、2000年代に一世を風靡したFlashというwebアニメーションの技術は、現在は全く使われていません。当時のFlashクリエイターが必死に身に付けた技術の数々は陳腐化して今は使えません。一方、当時はまったく存在しなかったスマートフォンに関する市場が、2010年以降急速に拡大し、現在の主流になっています。
このように、今当たり前にあることがなくなり、今ないものが普通になる、というダイナミックな変化は、これからも続いていくでしょう。つまり、このように変化が速い環境では、今必要とされるスキルを磨くだけではなく、5~10年後も陳腐化しない普遍的なスキルも身に付けていかなければ、活躍の場を奪われるリスクが高まります。
2030年の私たち
もう少し先、2030年の状況を想像してみましょう。スマートフォン以外にもデバイスが多様化し、あらゆるモノがインターネットと接続し、都市はスマートシティ化し、AIに類する技術が人々の生活を支えていることでしょう。収集される膨大なデータを処理するテクノロジーはさらなる進化を遂げ、現在私たちが行っている、手間がかかるだけでそれほど頭を使わない仕事の多くが自動化され、人の心理や行動特性とダイレクトに繋がるマーケティングが可能になっていると考えられます。
テクノロジーの進化とともに、UIも進化・多様化していくのは間違いありません。大きなスクリーンを持たないデバイスでは、UIは肉体と近い距離で融合し、その存在を感じさせないより直観的なものとなります。UIや実装技術のフレームワーク化もすすみ、開発者は高度なものを簡単に利用できるようになるでしょう。現在のような、PCのスクリーン内での利用を前提としたオーダーメイド型のUIを作りこんでいくような分野は、市場として縮小している可能性があります。そして数々の自動化技術によってデザイナーやエンジニアは、現在のスキルの中核にある多くのルーチンワークからは解放され、より本質的な成果を求められる時代に突入していることでしょう。
そのような10年後の世界を想像した時に、現在webの仕事に従事している私たちが身に付けるスキルは、どのように活用していけばいいのでしょうか。
分業化と画一性の弊害
急激な変化に対応する上で大きな弊害となるのが、分業化です。web制作に限らず、産業が成熟すると、各人の得意分野を効率よく組み合わせ、より高速に、より大量に、より生産的に、高品質なアウトプットを生み出せるように分業化される傾向があります。しかし分業化が進んだ環境で働くデザイナーやエンジニアは、周辺スキルに触れる機会が少なくなり、キャリアパスが固定化されます。
例えば、HTMLコーディングをしている人は、いくら仕事をしてもHTMLコーディングのスキルしか身に付かず、UIデザイナーやディレクターへのジョブチェンジをしようにもそのチャンスを得られない、といった八方塞がりの状況に陥りがちです。
また、「デザイナーだから、エンジニアだから、こういう働き方をしなければいけない」といった画一的な職種定義も、変化に対応できない人材を生み出す原因になりえます。この世には多種多様な人が存在し、得意分野も苦手分野も興味関心も人それぞれです。このような個性に対応できる、多様性を受容する仕事の仕方に馴れていかなければ、変化が多い時代を柔軟に渡り歩ける人や組織を育てることは難しくなるでしょう。
強くなるビジネス中心の発想
昨今のビジネスシーンでは「デザイン」が一つのブームになっています。UXデザイン、デザイン思考といった言葉は非デザイナー層にも浸透し、経営会議でこれらの言葉が出ることも珍しくなくなりました。このように、ビジネスレイヤーでデザインに対する関心が高まっているということは、市場が拡大している証であり、大きなビジネスチャンスです。
しかしその一方で、ビジネス文脈での提案ができないデザイナーは、この流れから取り残されることも意味します。旧来の制作会社やデザイン会社では、デザインとビジネスは切り離されており、デザイナーがビジネススキルを身に付ける機会は多くありませんでした。しかしこれからの制作会社やデザイン会社は、この古い枠組みを破壊し、今の時代に相応しいビジネスを中心としたデザイン観を持ってサービスや制度を設計していくことが求められています。
これはデザインだけの話ではありません。エンジニアの世界も同様です。特にCTOのような立場を目指すのなら、経営や組織マネジメントの知識・経験は不可欠になります。エンジニアリングに長けているその一点を除くと、一般のビジネスパーソンに極めて近い動き方を求められるということです。新しい言語を覚え、仕様書通りに実装し、エンジニア同士で技術的で高度な会話をしていれば評価される、ということではなくなります。
このように専門職がビジネスパーソン化していくのは必然といえます。なぜなら元々デザインもシステムも、ビジネス上のニーズから生まれたものだからです。マーケティングやセールスが科学され、ツールも進化し、効果が数字で確かめられるようになり、デザインやシステムのビジネス的な成果も測りやすくなった、だからデザイナーやエンジニアにもビジネス的な文脈の理解と提案力が求められる、というのはごく自然な流れなのです。
人を育てる難しさ
ここまで述べてきたように、変化のスピードが速く、ビジネス志向が強まっており、それに対応する人材を育てるには、そもそも制作会社やデザイン会社の事業自体がビジョナリーであり、ビジネスとして強いものであることが求められます。なぜなら安定した事業こそが、安定した育成環境・職場環境のベースになるからです。
しかし、上手にマーケティングを行い、顧客を厳選し、うまくプロジェクトを管理できている制作会社やデザイン会社はまだ少数派です。多くは常に余裕がなく、目の前の業務を教えることはできても、マーケティングやリーダーシップ教育までできていることは稀です。期限を守らない、催促しないと動かない、言われたことしかしない、といった当たり前のことも教育されておらず、顧客やビジネスサイドから信頼を失っている状況をよく見かけます。
一方で大きな事業会社には時間的な余裕があります。しかしここには別の問題が存在します。デザイナーやエンジニアを育てる文化自体がそもそもない、という問題です。文化もないので評価基準も教育方針もありません。デザインやシステムに対する思想や哲学がないために、計画的というより、場当たり的に他社を模倣しているだけ、ということも少なくありません。さらに時間に余裕があるが故に、低密度な時間の使い方をしてしまいがちです。
こうした「計画性のない場当たり的な仕事の仕方」に慣れてしまうと、30代、40代になり、ビジネスやマネジメントといった高度なコミュニケーションを求められる頃に伸び悩み、苦労するリスクが生まれます。しかし多くの企業はそんな先のことまでは考えず、目の前の売上と業務消化のために若いクリエイターを採用し、行き当たりばったりで業務を任せているのが現状ではないでしょうか。
このような状況に対する問題意識から、私たちの育成方針や社内制度は生まれています。