キャリアは即興演奏のように

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代表取締役 枌谷 力

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目標がないキャリアはダメなのか?

若い方からキャリアの相談を受けることがしばしばあるが、「大目標から逆算して小目標を設定して計画的にキャリアを設計する」といった、バックキャスティング型キャリアが理想という前提で相談を受けることが多い。

確かにある程度の地位を確立した先輩たちのインタビュー記事の多くは、バックキャスティング型でキャリアを作ってきたかのように読める。一方でそれなりに活躍しているベテランの生の声を聞くと、「行き当たりばったりっすよ笑」という反応が返ってくることも少なくない。

こういう話を聞くと、文章化されたストーリーには編集のマジックが働いており、実は計画的にキャリアを作れる人の方が少数派なのでは、と思ったりする。

キャリアのコントロールなど無理

キャリアがある程度行き当たりばったりになってしまうのは、よく考えれば自然なことである。

自分がいくら緻密に計画を立てても、世の中は計画通りには進まない。刻々と移り変わる世の中に対して、自分が何を成していくかがキャリアである。その世の中を構成する社会・市場・仕事・会社・他者、どれもがコントロール不能な因子である。

キャリアの半分を占める「外部要素」が不確実性の塊なら、それと対峙する「内部要素」である自分自身の行動が、綺麗に計画を立てられるはずもない。

仮にキャリアの設計図なるものを緻密に作れたとして、人生経験がまだ浅い段階で、5年後や10年後の解像度の高い現実性のある計画が作れるだろうか。10年経って結果的に計画通りだったとしても、そのキャリアには相当数の偶然と幸運が紛れ込んでいるはずである。

成功している人は計画的という幻想

成功企業を作った世界の起業家たちも、10年後や20年後に向けて緻密な計画を立てた人より、目の前のことに熱狂しているうちに状況がそうなっていった人が多いのではないだろうか。

「成功企業を作った世界の起業家」のことはビジネス書を通じてしか知る由もないが、この種のテーマのことを考えると、ダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』の中にある以下の言及が頭をよぎる。

「消費者が飢えているのは、企業の成功と失敗を明快に一刀両断してくれる説明であり、原因を分かった気にさせてくれる物語なのだ。たとえそれが幻想であろうとも」
「成功した企業を体系的に検証して経営規範を導き出すビジネス書は世に多いが、こうした本の絶大な魅力も、ハロー効果と結果バイアスであらかた説明がつく」

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上)』

キャリア=即興演奏という便利な解釈

最近イベントに登壇すると、キャリアの話を求められることが多い。そういう時に「キャリアは即興演奏に近い」という話をすることがある。

音楽には、楽譜を書くなどして楽曲構成を緻密に設計するようなスタイルと、その場で演奏者が思い思い鳴らしている音を繋ぎ合わせながら1つの曲にまとめていくスタイルがある。そしてキャリアは限りなく後者に近い、という話である。

この「キャリア=即興演奏」というメタファーは、今何に集中すべきかのヒントにもなる。

即興演奏だからといって、完全に思い付きの行き当たりばったりでいいわけではない。後から編集できない即興演奏を魅力的に聴かせるために重要なのは、コード進行などの基本的な音楽理論の知識と、ある一定以上の演奏技術である。

これをキャリアに置き換えれば、キャリアを形成する上で重要なのは、目の前の仕事で高いパフォーマンスを出すために必要な理論や実践知となる。

すべての経験が無駄になることはない

キャリア不安に陥っている人の口からはしばしば、「この仕事は将来性がないのでは」「この知識はやがて廃れるのでは」という言葉が出てくる。

しかし、今の技術には必ず次の時代に転用できることが含まれている。知識や能力には必ず抽象化の余地があり、何かの技術を極めると別の技術に転用できる能力が自然と高まる。特定の技術を通して、論理的思考やコミュニケーション力などのポータブルスキルが少なからず身に付く。

音楽に例えるなら、ドラマーからギタリストに転向したら、ドラマー時代に身に付けた知識やスキルが無駄になるかというとそんなことはない。リズムや進行の基本的な知識は活かせるだろう。バンドメンバーとのコミュニケーションのノウハウもそのまま活かせる。もしかしたらギターだけやってきた人より、ドラムを経験してきたからこその強みが生まれるかもしれない。

つまり、今向き合っている仕事が、結局はキャリアの次フェーズの糧になるわけである。

あまりにも畑違いのことだと確かに転用や応用の難易度は上がる。しかし、連続性のある仕事、隣接している仕事であれば、応用/転用はしやすくなる。仮に今の仕事が市場性を失っても、連続性のある仕事や隣接する仕事まですべて一掃されるなどということは、高確率で起こらないのではないか。

(世界中の都市機能が壊滅するほどの大規模な戦争が起きれば別かもしれないが、それを前提にキャリアを考えても仕方がない)

矛盾した構図

即興演奏をうまくまとめたいなら、「この演奏は果たしてうまくまとまるのだろうか?」と不安を感じて自信のない演奏をするより、今鳴っている音に集中し、今この瞬間最高の演奏をすることに全力を投じた方がいい。

それと同じように、「今この仕事をしていて本当にいいのだろうか?」と将来に不安を感じて手元足元がフワフワしているより、今目の前の仕事に全集中して向き合い、抽象化できるほどに知識や能力を取り込んで行った方がいい。そんな人の方が、結局はよいキャリアが描けるのではないだろうか。

キャリアについては、将来のことを心配するほど将来のためにならないという、矛盾した構図になりがちだ。だから私は一層のこと、不安にさいなまれて今の仕事に集中できなくなるほどであれば、どうなるか分からない将来のことを考え過ぎるのはやめて、キャリアは即興演奏であると割り切った方がいいのでは、という話をするわけである。

ビジネスをしていれば、近視眼的になることのデメリットがよく語られる。確かに経営やビジネスに関しては、近視眼的になってはいけない局面は多い。しかしキャリアに関しては、「今いかに集中するか」の方が遥かに重要であるように思う。

それはキャリアは、市場環境を含めて「不確実性の塊」であり、また見方によってどうとでも捉えることができる「解釈の多様性」が無限大にあるからである。

私も即興演奏型だった

ちなみにこれまでの私自身のキャリアを振り返れば、即興演奏型→バックキャスティング型→即興演奏型、と3つのフェーズがあった。

新卒の時に働く場所を選んだのは、その時になんとなくいいと思い、働く機会を得られた会社であった。これは将来に対する計画性より目の前の仕事に飛びついた状態であり、典型的な即興演奏型である(就活の面接ではそれらしい将来計画を語ってたかもしれないが)。

26歳の時に、既存の会社の中では自分は満足して生きられない、自分が働く場は自分で作りたいと思い、起業を考えた。ここから実際に起業する37歳までは、会社を作ることから逆算した計画を歩む、バックキャスティング型だったといえる。

ただし、「自分の会社を作る」という大目標までに通過したいと考えたマイルストーンの多くは、未達成のままであった。「自分ならできる」と思っていたことで、全然できなかったこと、成果を出せなかったことも多々ある。その都度、自分のアイデンティティやストレス耐性と相談しながら軌道修正をしていた。つまり、ある程度の即興演奏を取り込みながらのバックキャスティング型であった。

37歳で今の会社を起業してからは、大目標がなくなり、即興演奏型に戻る。「10人の会社にする」「売上1億を目指す」などその時々の小さな目標はあれど、行き当たりばったりに近いスタイルで会社経営をしていた。

だから創業10年経ってもミッションもビジョンもなかった。2023年に会社の3~5年先を見据えた中期経営計画的なものを立てたが、こういうのは起業してから初めてかもしれない。

このように自分のキャリアを振り返ってみても、計画的なキャリアとは言い難いが、それでも元気に今でも働いてはいる。起業のような大目標を設定し、それを達成したこともあったが、その途中過程は決して計画的ではなかった。やはり全体的には、即興演奏の性質が強いキャリアだったと振り返っている。

「これで良かった」というのは生存者バイアスかもしれないので、他の人のキャリアの話も色々と聴いてほしいのだが、似たようなことを言う人は多いのではないだろうか。

まとめ

冒頭の若い方の相談を聴いてても、キャリアへの不安とは、キャリアが自分の思い通りにいかず、このままでは自分のキャリアは悪い方向に転がるのでは、という恐怖から来てることが多い。

しかし、そもそもキャリアは即興演奏であり、緻密に作り上げるスタジオ録音とは違う、綺麗なバックキャスティング型で歩んでいる人などそもそも少数派という認識を持っておけば、さして問題なく進んでいるキャリアに過剰に不安を感じることなく、今目の前の仕事に集中できるようになるだろうし、結果的にその方が将来のためになるのでは、と思うわけである。

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