理由はいいから腕を磨け

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代表取締役 枌谷 力

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以前勤めていた会社はデザイナーが遠隔地にいたため、クライアントと直接会わないことが多かった。そのためディレクターがクライアントに直接話を聴き、その内容を社内に持ち帰ってデザイナーに伝える、という制作工程が一般的だった。

デザイナーの中には、それでも器用にデザインができてしまう人と、そうでない人がいた。そして後者のデザイナーからは、こんな声がよく上がっていた。

  • 前段のインプットが十分ではないので作りにくい
  • クライアントと直接話ができないので作りにくい

この時ディレクターをやっていた私は、この意見に一理あると思った。

そこで、前段の設計資料をサマリーせずにフルで共有したり、オリエンをより丁寧にしてみたり、クライアントとの打ち合わせに同席してもらう機会を設けるようにした。

結果どうなったかといえば、変わらなかった。なぜなら、デザインのクオリティが低かったのは、インプットやクライアントと直接会うかどうかではなく、そもそものスキルの問題だったからだ。

デザインができない理由

その時のスキルの問題とは、色と空間を扱う技術に集約されていた。

目を引く配色が作れない。ほとんどモノクロにしかできない。チマチマとした色の使い方しかできない。それを延々繰り返し、なかなか色が決まらない。

2次元デザインにおける空間とは、主に形、大きさ、マージンのこと。空間を扱うスキルが不足していると、不格好な形を選んでしまう。マージンが妙に広かったり狭かったりする。タイポグラフィが上手にまとまらない。四角の中に文字を入れたときに、窮屈だったりブカブカだったりする。

色や空間をコントロールするスキルが不足している状態だと、デザイン(主にビジュアル)は「なんかこれじゃない」という仕上がりにしかならない。そもそも色や空間に関する細かな目がないので、いくら時間をかけてもよくはならない。

この場合、戦略や方向性のインプットを増やすのは解決策にはならない。色や空間を扱うスキルを磨くことが一番の解決策である。しかし、実務の中で急速にスキルアップすることは難しい。だから常日頃からの鍛錬が結局必要になる。その上で応急処置として有効なのは、さっさと人に見せて、色や空間の感覚がある人からフィードバックをもらうことである。

さらにその時、それなりのキャリアがあるにも関わらずデザインが苦手な人は、そもそも情報を整理することが苦手な可能性があるな、と思った。情報が多いとむしろ頭の中が混乱し、方針がまとまらず、時間がかかり、中途半端なものや、大事な所が抜けたデザインを作ってしまう。

こうした人に対してインプット量を増やすのは逆効果だった。溢れた情報に振り回され、時にクライアントのいうことに無批判に追随する傾向も見られた。

戦略やコンセプトを検討する意義

戦略やコンセプト、目的、ターゲットなどを事前に詰めておくことは、非常に重要である。しかしそれはあくまで「正しい方向に向かうために」というものだ。

UX5階層モデルでいえば、「戦略」「要件」を明確にするためのものだ。見方を変えると、「骨格」「表層」に関するスキル不足の問題は解消しない。

できあがってきたアウトプットがしっくりこない時、それがインプット量や方向性の問題なのか、スキル不足の問題なのかをきちんと見分けないが、その見極めはさほど難しくない

スキルが高い人は、方向性は違うが、質は高い、という間違え方をする。質が高いので、一見するとそれでいい気がしてしまう。しかし立てた戦略と照らし合わせてよく考えると、この方向性ではないという話になる。そして方向性をチューニングしていくと、やがてピタリと合う。

スキルが低い人は、一目見て質が低いことが分かる。ウェブデザインであれば、色使い、レイアウト、書体の扱い、余白のコントロール、写真の質など、細部に至るまで、作りこみが甘い。雑然とし、まとまりがない。全体的に素人臭さが漂う。方向性が合ってるかどうかを議論するまでもなく、「これじゃない感」が漂う。

経験を積むからこそ陥る罠

デザイナーになって最初の1~2年くらいは、自らのスキル不足を直視する。しかし、3年目くらいから、インプットや戦略の方向性に問題があるのでは、という話をするようになる。このような視点を獲得するのは一つの成長でもあるが、本当にインプットや方向性の問題なのか、単なるスキル不足なのかの、見極めが必要になってくる。

それなりに経験があるにも関わらず、うまくアウトプットができないデザイナーが、インプットや方向性に問題があると主張したくなるのは、スキル不足を認めたくない心理もあるかもしれない。

そんな時に「もともとの戦略が…」「方向性が掴めなくて…」「インプットが足りなくて…」と、問題をすり替えようとしてしまう。

これはデザイナーに限らず、他の職種でも十分起きる話だ。

ライターであれば、そもそも文章が読みにくい、魅力的な文章が作れないことを、戦略が掴めてないから、方向性が違うから、インプットが足りないから、と問題をすり替えてないか。結局は、文章や言葉選びのスキルが足りないのが一番の原因なのに、「そうじゃない」という理由を探していないか。

エンジニアであれば、そもそも実装力が低く、抜け漏れや設計の甘さで不具合が多いことを、要件定義が曖昧だから、上流に関わらせてもらえないから、と問題をすり替えてないか。実装に関するそもそもの知識不足、論理的な思考力の弱さ、影響範囲に対する想像力のなさが、1番の原因ではないのか。

インプットを増やすのが必ずしもいいわけではない

ウェブ制作会社としてのベイジの特徴は、戦略検討をしっかり行うことにある。これは会社の強みであり、顧客からも評価が高い。

しかしこれは、ビジネスとウェブサイトを接続する、ビジネス課題の解決に繋がる顧客視点のコンテンツを作ることが主目的であって、デザインや、文章や、ソースコードのスキル不足を補うための工程ではない。

いくら戦略に関わったり、インプット量を増やしたりしても、そのことだけで、イマイチなデザイン、魅力のない文章、不具合の多いソースコードが、改善したりはしない。専門家として必要な足元のスキルをしっかり固めないと、根本的な問題は片付かない。

特にインプットに関して言えば、増やすよりむしろ減らす方がいいのでは、と思うこともある。

例えばデザイナーに求めてるのは、妥当なアウトプットではなく、驚きや意外性があるが、的は射たアウトプットだ。「なるほどこんな表現ができるのか!これは我々では思いつかなかった!さすがプロのデザイナー!」という言葉がほしい。

しかし、戦略工程に同席したり、戦略資料を事細かにインプットしたりすると、戦略を無難になぞることが目的になり、どんどん思考が保守的になることがある。デザイナーに期待している意外性が発揮されなくなる。

これはデザイナーの特性にもよるが、なんでもかんでもインプットすればいいわけではなく、最小限度の情報で後は想像して作ってもらう判断も時には必要だろう。

仮説思考ができることの重要性

私の経験では、優秀だと思うクリエイターは、必ずしも細かくインプットを求めない傾向がある。情報がないならないで、自分で調べたり、仮説を立てたりして、ある程度作ってしまえるからだ。

そもそも、依頼者の頭の中に明確な答えがないことも多い。そんな時はクリエイターが仮説で穴埋めをし、できたものを作って見せる。それに対して意見をもらう。この方が早い。この場合、インプットは最低限でいい。

どんなにたくさんの情報をインプットしても、それが十分になることなどありえない。さらにある時点から、情報量が多いことのメリットをデメリットが上回るようになる。ある一定以上の情報は、結局捨ててしまうことになる。

クリエイターにとっては仮説思考が非常に重要なのだが、戦略や方向性をやたらインプットしたがる人は、仮説思考力が弱いのも一つの原因かもしれない。

このような仮説思考力も含め、クリエイターとしての基礎スキルを磨かなければ、戦略検討やインプットをいくら手厚くしても、無駄な時間を増やすだけになる。アウトプットがしっくりこない時に、安易に「戦略」「方向性」「インプット」のせいにせず、自分の基礎的なスキルが不足しているからではと、謙虚に自分を見つめる目は、なくさないようにしたい。

長々と書いてきたが、言いたいことは結局のところ、「理由はいいからさっさと腕を磨け」という単純なメッセージである。

AI時代に腕は必要か

AIの進歩は目覚ましい。画像生成AIやChatGPTから今後の加速度的な進化を逆算して考えると、早ければ3年、遅くとも10年後のクリエイターの仕事の仕方は、相当変わってそうである。そう考えると「腕を磨く」なんてことは無駄に思えるかもしれない。

しかし、AIにはまだまだ限界がある。

  1. 何を作るかの指示は、人間が出す必要がある
  2. 出てきたアウトプットの選択は、人間が行う必要がある
  3. 正確なアウトプットは苦手で、ある程度の緩さがある

AIがいかに進化しても、それに指示を出し、出てきたものを選ぶのは人間である。そこには「人の審美眼」が介在する。そして今の段階では、その審美眼を鍛えるには「自分の手で作る」が一番効果的であるようにも思う。

画像生成AIで「それっぽい絵」は作れるようになった。しかし、その中でも飛びぬけて綺麗な絵は、そもそも絵が描ける人が作ってることが多い。元々絵が描けない人が画像生成AIに手を出しても、AIに振り回されたアウトプットしか出てこない。

この差は、何をもって完成と認めるかという、審美眼の差だろう。この審美眼の獲得は、現状、自分で手を動かして試行錯誤した経験がある人の方が有利に思える。これはデザインだけでなく、文章やプログラミングにもある程度共通する法則ではないかと思う。

もちろん世の中には、手を動かす経験をせず審美眼が備わっている天才的な人もいる。しかしそれが多数派になることはないだろう。多くの人は、自分の手で作り、経験しながら、しかるべき審美眼を養っていく。

AI時代になっても、クリエイターは何らかの形で「腕を磨く」ことから逃れられない。そんな風に思う。

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