それ、本人に直接言っちゃいなよ

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代表取締役 枌谷 力

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仕事でもプライベートでも、何か相談されたときに、「それ、私じゃなく本人に直接言ったほうが早いのでは?」と返すことがある。

世の中で時々見かけるのは、AさんとBさんの間でミスコミュニケーションが起きてるのに、AさんはBさんに直接言わず、CさんやDさんと話してるケースである。で、CさんやDさんもBさんに直接言わず、想像でAさんの悩み相談に応じていたりする。これはまるで往年の恋愛ドラマのようでもある。

しかしこれはちょっと時間の無駄なんじゃないかな、と思う。特に仕事においては、「直接言わないことで膨れ上がる工数」は案外バカにならない。悶々と一人で悩んでいる時間も勿体ないし、本来は関係ない人を巻き込んで相談している時間も勿体ない。

なので、「悩んだら本人に直接言う」は条件反射的に選択して大ハズシしない鉄板セオリーだと思ったりする。

ただ、ほとんどの人も、他人に相談するより本人に直接言う方が早い、と頭では分かってるはずである。それでもあえて「本人には言わない」「他人に相談する」という判断をしているのは、「本人に直接言うリスクが大きい」と感じるからなのだろう。

例えば、相手が怒る、関係が悪化する、自分が我儘な人と思われてしまう、相手が複数いる場合は全員を敵に回してしまう、とかとか。

こうした「人間関係の不可逆性」に関する恐れや不安が、「本人に直接言う」を躊躇わせる。私自身も、誰に対しても率直に言える超合金の心臓を持ってるわけではないので、その気持ちは分からなくもない。また、直接言う前に他の人の意見を聞いてみるとか、自分の感じ方が普通かをまず誰かに聴いて確かめたいとかも分かるし、それはそれで悪くない。

しかし、論理立てて条件を分解して考えると、やはり「本人に直接言う」が、高確率で状況を好転させる最適な手段という結論になる。

そのあたりのロジックを、少ししっかり目に説明しよう。

シナリオ分岐①

例えば、「あの人は私のことを好ましく思っていないのではないか」とモヤモヤと一人で逡巡していたことについて、相手に直接言ったことで、以下の2つの分岐が生まれる。

  1. 実は思い過ごしだった → 好転
  2. 図星だった

1の場合、単なる思い込み、勘違いなので、誤解が解けてスッキリする。ハイこの話題終了、ということになる。

実際のところ、こういう確率って結構多くないだろうか?

本人の表情とか声色、メールやチャットの文章の雰囲気で勝手に「怖い」「怒ってる」と解釈してしまう。でもそれはただの解釈で、本人に事実を確認してみたら、実はそんな風に思ってなかった、ただ忙しいだけだった、文章が苦手なだけだった、とか。

人間は超能力者を除いて他人の頭の中を除くことができないので、言われないと分からないことが多い。ある人にとっては気になる行為でも、当人は悪意なく自然にやっている、ということもある。そういう時に「私は気になっていた」と直接言うことで、「気づかなかったゴメン」となることもある。

このように、勝手に解釈したことで自意識過剰になって悩んだり、時間を使ったりすることは、本当に勿体ない。まず事実と解釈を分ける。そして自分の感じていることが解釈だと気付いたら、それは思い過ごしの可能性もあるので、さっさと本人に直接聞く。これは「一次情報に当たる」という意味でもある。

ただし、問題は「2. 図星だった」という場合だ。

シナリオ分岐②

「あの人は私のことを好ましく思っていないのではないか」ということを本人に直接聞いてみたところ、それが当たってた、という時もあるだろう。その時には、さらに2つのシナリオ分岐が発生する。

  1. 図星だったが、誤解が晴れる → 好転
  2. 図星だったが、反論される

1は、雨降って地固まるシナリオである。本人に直接話すということは、自然に考えればそこで意見交換や議論が発生するはずである。その時に、なぜ好ましく思っていなかったか、双方の認識を共有すれば、相互理解に繋がっていく。その結果、相手の態度や言動が変わったり、心がスッキリしたら、「本人に直接話してよかった」となるはずである。

ちなみに当社は感情のコントロールができている建設的な人が多いので、一時的にミスコミュニケーションが起こっても、直接話し合う場を持てば、その後に悪い方向に向かう、などということにほぼ行かないのではないかと思う。そういうケースになった記憶がない。

つまり、何か問題が起きても「誤解が晴れる」のシナリオに進むのが、真に心理的安全性が高い組織ということな気がする。

さて、ここでも問題は「2. 図星だったが、反論される」のケースである。そして次のシナリオに進む。

シナリオ分岐③

思っていたことを伝えたものの、相手から逆に「いや、あなたの対応に問題があったからだよ」とか「1人1人のお気持ちに対応してるとキリがなくない?」みたいに、こちらに多くの非があるかのような反論が返ってくるケースである。

これも、2つの条件分岐が発生する。

  1. 相手の言い分ももっともだと、納得する → 好転
  2. 相手の言い分に、納得できない

1もまた、結局は議論であり、話し合いであり、価値観の共有であり、双方の自己開示である。こういう話で一時的に衝突したとしても、それは健全な関係だと、私は思う。人間は同じではないし、それぞれ異なる人生を歩んで、ここに来ている。

何でもかんでも同じ、などということが発生する方が奇跡的で、話し合って、理解して、必要なら相手に合わせて譲歩して、それで自分も相手も成長する

会社は仲良しサークルではないし、同じ目的に取り組む中で、自分の市場価値を高めあうための集団である。双方の成長に繋がることなら、仮にそれが一時的な意見のぶつかり合いだったとしても、それは長い目で見ればとても価値がある体験であり、学びであり、ということになるだろう。

なのでこの場合も、「直接言って良かった」ということになる。

シナリオ分岐④

さて、問題は「2. 相手の言い分に、納得できない」である。「直接話す」のリスクを感じるのは、このシナリオを強く想像している時だろう。そしてこれも、2つの条件に分かれる。

  1. 納得できないが、対処法は分かる → 好転
  2. 納得できず、対処法が分からない

人は皆同じではないので、話し合っても、相手を受け入れられないことはある。しかし、例え相手の考えに共感できなくても、相手の行動特性を理解することによって、なるべく問題が起きないように対処できるようにはなる

具体的には、言い方を変える、連絡方法を変える、かもしれないし、そもそも仕事の組み方やチームを変えて、一緒に仕事をしないようにする、かもしれない。

こうした改善策・解決策が見つかった場合も、結局は「直接話して良かった」となるだろう。

問題は「2. 納得できず、対処法が分からない」の場合である。ここで初めて、色々な関係者の意見を巻き込んで話し合ったり、上司に場を仕切ってもらったり、といった大がかりな調整が必要になるのかもしれない。

しかし実際のところ、本当に対処法が何もない、ということがあるだろうか。本当に何も対処できない、お手上げである、ということはあまりなく、ほとんどの場合で改善策・解決策は見つかるし、結末は「直接話して良かった」に繋がるのではないだろうか。そう思うのは、私だけだろうか。

最悪のシナリオに至る確率

ここまで、4つの条件分岐があった。それぞれ選択肢は2つある。実際には状況や相手の特性によって確率は大きく変わるが、機械的に計算するために50%の確率でいずれかの条件に分岐するとしよう。

そうすると、最悪のシナリオ「納得できず、対処法が分からない」になる確率は、

50%×50%×50%×50%=6.25%

ということになる。これはだいたい、20回に1回よりちょっと多いくらいの確率である。つまり、本人に直接言って20回に1回くらいは最悪のシナリオが起きるが、19回は好転する、ということになる。

まあ、これが「なんちゃって確率論」なのは百も承知ではあるが、今までの人生から得られた肌感覚的に、割と遠くない数字な気がする。そして、20回に19回は状況が好転すると考えると、「本人に直接言う」がいかに合理的な判断かが、よく分かる。

色々な前提条件

もちろんこれとは別次元の話で、「言い方に気を付ける」というのはある。直接言う時の言い方次第で、上記の条件分岐が変わることもあるだろう。しかし、以下のような人と接する時の基本姿勢が備わってさえいれば、一般的な健全な職場なら、本人に直接言っても最悪のシナリオに行く確率は極めて低いのではないだろうか。

  • 自分が絶対に正しいと思わない姿勢
  • 相手の事情を理解しようとする姿勢
  • 感情的にならず真面目に冷静に話す姿勢
  • 自分に非がある部分は速やかに謝る姿勢

当社の社員であれば、そんな失礼な言い方をしないだろうという安心感が、少なくとも私にはある。逆にその条件が揃っていない環境や、相手がかなり変わってる人というケースではこの限りではないかもしれないが、誰しも人とぶつかったり不快に思わせたりを意図的にしたいと思わないし、完全に開き直る心臓の強さは持ってないので、直接話してもらえれば、なんらかの対処はするはずである。

仮にその場では相手が納得してない反応を見せても、後でゆっくり考える中で思い直したり、「ああいうことを言われたし、出来る範囲で行動を変えてみよう」と地味に対処し始めることもある。こうした長い時間軸の目線で見ても、「本人に直接言う」が最適解になることが圧倒的に多いのではないだろうか。

顧客に対しても、思ったことは直接言おう

上記では社内のコミュニケーションを例にしていたが、これは顧客に対しても同様だと思う。

「実は、今のままだと本当にちゃんと進むか不安なんです」「実は、これで本当に良いのか、確信が持てないんです」という率直に感じていることを顧客に伝えることで、顧客から新しい意見が引き出されたり、同じ不安感が共有されたり、顧客の期待値が下がったりと、良い影響があることが多い。

もっとも嬉しいシナリオとして「真剣に向き合ってくれてありがとうございます」という方向に行くこともある。

もちろん、「そこまでに信頼関係を作っていれば」「ある一定の能力の信用があれば」という話かもしれないが、大きく信頼を損ねていなければ、関係が浅い間柄や多少の経験不足でも通用することがある。また最近の顧客は、発注先には発注先の事情があり、意見はなるべく尊重した方が良いと、大人な判断をしてくれる人も多い

そのことに甘えるという意味ではなく、双方の関係をチューニングする意味で、思っていることはその都度本人に直接言うのがいいと思っている。

さて、ここまで書いて、私が「お花畑」に思えたのだとしたら、実際そうなのかもしれない。私がこんな考え方に至ってるのは、顧客にしろ社員にしろ、ここまで基本的には人間関係に恵まれてきたからなのだろう。

私が知らない「修羅の国」では、別の考え方が必要になるのかもしれないが、修羅の国での生き様は修羅の国専門の方に聞いてみてください

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