私たちは皆、信頼のストックビジネスをしている

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代表取締役 枌谷 力

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昨年秋から、私が起業する前、フリーランスや会社員時代に仕事をした方からの連絡が相次いだ。タイミングが重なったのは偶然だろうが、何か大きな仕掛けの中に自分がいるような気分になった。

当時を振り返ると、必ずしもうまく動けていなかったと思うことも多い。しかしそれでも「枌谷さんと話がしたい」と、10年以上も経って連絡していただけるのは、嬉しいことである。

結果より過程

仕事で結果を出す。成果を出す。その姿勢は当然大事だ。結果や成果を追求する姿勢こそが、職業人としての信頼に繋がるからだ。ただし、信頼というのは、結果や成果の有無や大小より、その過程で生まれるものだとも思う。

不思議なことに、その時は結果が出なかったとしても、信頼を獲得することはできる。信頼さえ得ていれば、その時はうまく行かなくても、自分のことを思い出し、また頼ってくれる。仕事をすればするほど、こうした人たちが増えていく。そしてこの社会の中で、自分の影響力が徐々に拡がっていく。

逆に、結果や成果が出たとしても、信頼は失われてしまうこともある。

周囲の心を折る発言を繰り返す。常に他責で問題を他人のせいにする。いつも誰かと対立し、誰かを非難している。否定ばかりでなかなか協力してくれない。軽微なミスを多発させ、対策も講じない。裏で愚痴や悪口を言い続ける。SNSでネガティブな投稿をして周囲をモヤつかせる。感情をコントロールしないため、いつも周囲が心をすり減らしている。

そんなことをしていては、多くの人に「あの人は能力はあるが、仕事はもう一緒にしたくない」と思われてしまうだろう。そうなってしまっては、せっかくのスキルや知識も宝の持ち腐れになる。

信頼の賞味期限は良くも悪くも長い

恐ろしいのは、仕事を通じて与えた悪い印象は、消えないままずっと残ってしまうことである。

10年以上前に仕事をしたある制作会社の担当者さんは、納品が近づき、顧客からの要望が積み重なるにつれ、連絡が取れなくなっていった。最終的にはその会社の上司に掛け合い、やっと連絡が取れる状態になったが、SNSでその人の顔を見かけると未だに、「都合が悪くなると逃げてしまう」という記憶がどうしてもチラついてしまう。

このように長期記憶に残るのは、悪い印象だけではない。仕事を通じて良い印象を持ってもらえれば、そのことはずっと覚えてもらえる。10年以上も経って声をかけてくる方も、悪い印象より良い印象の方が上回っているから、声をかけてきてくれるのだろう。そう考えると、刹那的に感情に流されるのではなく、一つ一つの仕事を大切に丁寧に扱っていかなければ、と気持ちが引き締まる。

身近な人を大切にする

インターネットの発達やSNSの登場もあり、私たちは日常的な接点がまったくない遠くの人たちにも、信頼を感じさせることができるようになった。しかし仕事においては、身近な人から信頼を得ることが何よりも大切だと思う。

いかにネット上で話題でも、身近な人から信頼が得られなければ、その人は張り子の虎も同然である。外面が良ければ一時的には仕事が舞い込んでくるかもしれないが、仕事をすればするほど悪評が貯まってしまう。やがて「あの人は有名だけど仕事はイマイチ」という評判が先に立つようになると、正のサイクルは逆回転を始め、負のサイクルを描き出すだろう。そしてこの悪評が、長年に渡って効力を発揮してしまう。

私の会社には、野村さんというエンジニアがいる。野村さんとの出会いは20年以上前になるが、前職で初めて野村さんと出会った時に「この人とは長い付き合いになるな」とは思わなかった。

人との出会いとは、そういうものである。今目の前にいる人が、キャリアを通じて長く影響を与える人になるかもしれない。今一緒に仕事をしている人が、何年も後になって声をかけてくるかもしれない。こうしたこの世の仕組みを想像すれば、目の前にいる一人一人と丁寧な関係を築いていくことの大切さが、より一層身に染みてくる。

身近な人に信頼されていれば、大丈夫

久しぶりに声をかけてくれたある人は、以前私の顧客として関わっていた人だ。その時の仕事は賛否両論、というより、私の観測範囲では「批」しかないような、同業者には評価されない仕事だった。おそらく意図が伝わらないだろうと、許可をもらって解説をブログにアップしたが、それが火に油を注いだ。私が尊敬していた人たちからも「こいつは馬鹿」などと、ほぼ名指しでSNSで痛烈に批判された。

実際、大企業の顔となるウェブサイトが外部のデザイナーの一存だけで決まることはほぼない。関係者で長期間協議し、合意の上で決まることが多い。その案件も同様で、私の一存で決まったわけではない。しかし自分がどう批判されても、顧客の意思決定に疑問を示すような立場は取らなかった。「実際はどうなの?」と飲みの席で聞かれても、顧客の判断を支持するスタンスは崩さなかった。

これは、クライアントワークに従事する者としてはごくごく当たり前の話である。ただ、その時に一緒に仕事をした方が未だに声をかけてくれるのは、「プロとしてこれは守る」というその時の強い拘りが、良い方向に働いてたのかもしれない。(本人に確認してないので、違うかもしれないが)

いつも立派ではいられない

ただ、残念ながら私もそんなに完璧にキャリアを歩んできたわけではない。この世には「枌谷とは仕事をしたくない」「枌谷には良い印象を持っていない」という人もきっといるだろう。

自分の中では理不尽に思えるなど、自己中心な目線から相手に強い態度を取ってしまったことはある。また、言いなりになればいいわけでもない、そう考えて良かれと思ってやったことが、「自分勝手だ」「我儘だ」「融通が利かない」と受け取られたことも、おそらくはあるだろう。

判断ミスや行き違いでも、信頼貯金は目減りする。確かに、すべての人に好かれるのは不可能である。しかしそれでも、貯金がゼロになる前に、自分の言動を振り返り、貯金が自然と増える状態に軌道修正しなければならない。

今ならば、例え理不尽なことがあっても、安易に相手に批判の矛先を向けない。言うべきことを言ったとしても、総論としては、「自分が至らなかった」という態度を取るだろう。それでも信頼を失うことがあるだろうが、すべての仕事がうまく行くわけではないからこそ、状況を軟着陸させる対処法も身に付けないといけない。得られた信頼は何年もの空白期間を超えても目減りしない一方で、失った信頼は二度と戻ってこない。

フローかストックか

経営をしていると、フロー型ビジネスか、ストック型ビジネスか、という話によくなる。利益獲得が一過性でずっと顧客獲得をしなければいけないビジネスがフロー型ビジネス、顧客を維持するほど利益が蓄積されていくのがストック型ビジネス。

これはビジネスモデルの話ではあるが、私たち自身のキャリアに置き換えてみれば、どんな仕事であれ、私たちは皆、信頼のストックビジネスをしている、と捉えることができる。今日積み重ねた信頼がどうなるかは、誰にも読めない。だからこそ、目の前の仕事、周囲にいる身近な人を大事に、時にうまく行かないことがあっても腐らずに、これからも仕事に向き合っていきたいものである。

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