落としどころ思考が失敗を招く理由

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執行役員 / コンサルタント 今西 毅寿

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先日、とあるプロジェクトの打ち合わせで「落としどころを探る」という言葉が何度も飛び交った。私自身も普段つい使ってしまう表現だが、ふと「この言葉が交渉やプロジェクトの進行に思わぬ悪影響を及ぼしていないか」と疑問を抱いた。

実は過去の案件でも、「早く合意を取ろう」と急ぎすぎたせいで、本来提示すべき価値をうまく説明できず、後から後悔した経験がある。

落としどころ思考がもたらす4つの罠

「落としどころ」という言葉には、「理想や目標を少し下げて合意を優先する」というニュアンスが含まれる。これによって、以下のような望ましくない思考パターンに陥りやすいのではないだろうか。

最初から譲歩を前提にしてしまう

「これだと相手は納得しなそう」「これ以上の条件は出せないのでは」といった心理が先に働き、自社の提供価値をきちんと訴求できない。

自社の強みを十分に説明しないまま進めてしまう

早く交渉を終えたいがために、実際には相手が望んでいる提案や差別化要素を盛り込まず、平凡な条件で妥協してしまう。

より良い解決策を探る機会を逃す

仮に相手と多少の溝があっても、そこで対話を重ねれば新しい価値が生まれるかもしれない。しかし、「とにかく着地点を見つけよう」という焦りが、その可能性を閉ざしてしまう。

早期合意を優先しすぎて、本質的な価値提案がおろそかになる

一見スムーズに事が進んだようでも、あとになって「もっと違う形で提案すれば、相手も満足できたはず」と後悔することがある。

実際、私も「落としどころ」を優先しすぎた結果、本来の自社の強みを十分に示せず、後から「ちゃんと提案しておけばよかった」と思う場面に何度か直面した。相手と誠実に向き合っていれば、もう一歩先の案が提示できたはずだという悔しさが残る。

戦略的な交渉を実現するために

本来、交渉において着地点を検討するのは、双方の主張が対立し、長期化しそうなときの最終手段だろう。その前に、より良い解決策を探る努力をしないまま「落としどころ」を急ぎすぎるのは、結果的にお互いの利益を損なうリスクが高い。

そこで役立つのが、『戦略的交渉入門』でも紹介されている「ファイブ・ステップ・アプローチ」である。交渉の場で焦らないためには、事前に以下のポイントを整理しておくことが重要だ。

①状況の把握

案件や市場、顧客の要望を客観的に分析し、どんな課題と機会があるかを明確にする。

②目標設定

交渉で何を実現したいのか、具体的な成果や数字として描く。たとえば「コストを下げる」だけでなく、「提供できる価値を最大化したうえで、この範囲に収めたい」など、双方にメリットがある目標を設定する。

③提供価値の整理

相手が交渉を望む背景や課題を掘り下げ、自社の強みとどこで結びつけられるかを明確にする。たとえば「戦略工程に強い」「運用支援が充実している」など、競合と差別化できるポイントをリストアップしておく。

④重要項目の特定

協議すべき事項を優先順位づけし、特に譲れない条件や、逆に譲ってもいい条件を仕分けしておく。ここが曖昧だと、実際の交渉で「どこまで譲っていいのか」がわからず、焦りに繋がりやすい。

⑤代替案の準備

メインの提案が難しい場合に備え、別のアプローチやプランBを用意しておく。たとえば納期を少し延ばす代わりにコストを下げる、要件を絞る代わりに品質を徹底するといった複数案があると、交渉が行き詰まりにくい。

これらを事前に押さえておくことで、交渉の場で「落としどころ」を探すだけの受け身な姿勢ではなく、より戦略的に「どうすれば互いの価値を高められるか」を追求できる。

本質的な価値を掘り下げることが信頼につながる

交渉は決して勝ち負けを競うものではない。むしろ、お互いの強みや求めるものを丁寧に洗い出し、それを最大限に活かす合意点を探る行為だ。そのために必要なのは、「落としどころ」という言葉に縛られず、自社の提供価値を存分に発揮しながら、相手が本当に求めているものを引き出していく姿勢である。

今回紹介した5ステップを意識し、交渉に臨む前の準備をしっかり行うだけでも、早期合意のために妥協してしまうリスクは大きく減る。もし議論が長引きそうになっても、何のためにこの交渉をしているのかを思い出し、最大限の価値提供を試みることで、双方にとって意味のある合意へとつなげられるはずだ。

「落としどころ」を急いだ結果、相手との関係が浅くなったり、自社の強みを見せられなかったりするのはもったいない。長期的に良好な信頼関係を築き、より豊かなビジネスを展開するためにも、戦略的な交渉の準備を怠らず、自分たちが本当に届けたい価値をまっすぐ提示していきたい。そうすることで、単なる妥協や早期合意ではなく、両者の成長につながる本当の“着地点”を見いだせるのではないだろうか。

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