AIを使うことは、もはやマネジメントであるということ

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「AGI(汎用人工知能)」、すなわち人間と同等以上の知性を持ち、あらゆる知的作業をこなすAI。まるでSF小説のアンドロイドのような存在が、「数年内」という現実的なタイムラインで語られる時代になった。

「さすがにまだ遠い未来の話では」と考えるかもしれない。だが、本当にそうだろうか。AGIという大きな波の到来を待たずとも、私たちの働き方は、AIという存在をパートナーとして、どのようにマネジメントするかで成果が変わる段階にきていると感じる。

この記事では、AIへの指示がなぜ「マネジメント」へとその性質を変えつつあるのか、を具体的に説明してみたい。

AIの核心は「推測」という他者思考の想像

AIを使いこなす上で、まず理解すべきはその核心となる仕組みだろう。AIは、いわゆる「正解」を知っているわけではない。その本質は、与えられた膨大なデータから統計的なパターンを学習し、「次に来るべき最も確からしい言葉」を『推測』し続けることにある。

この「推測」という機能は、AIが私たちの指示をどう解釈しているか、とも言い換えられる。そしてこの構造は、実は驚くほど人間社会のコミュニケーション、特に組織内での意思疎通と酷似している。

例えば、上司が部下に「例の件、よろしく」とだけ伝えたとする。その意図が正確に伝わるかどうかは、両者の間にどれだけの共通認識(コンテキスト)が存在するかにかかっている。AIとの関係も実はこれと全く同じなのだ。

現場で起こる「すれ違い」のケース

簡単な例を挙げてみよう。

あるマネージャーの指示:
「先週の定例会議の議事録から、アクションプランをまとめておいてほしい。」

AIもしくは部下の応答:
「営業部と開発部の連携強化を課題としてまとめました。概要は…」

マネージャーの内心:
「うーん。決定事項と、誰が・いつまでに・何をするのか、という具体的なToDoリストが欲しかったんだけど…」

どうだろうか。このコミュニケーションの齟齬は、AIや部下の能力不足というよりは、指示を出す側に原因があるように見える。少なくとも、このマネージャーは、「議事録をまとめる目的(ToDoの明確化)」や「欲しいアウトプットの形式(誰が・いつまでに・何を)」といった、的確な推測を行うために不可欠な情報を与えていない。

つまり、AIに的確な指示を出すという行為は、「この指示を受け取った相手(AI)は、どう解釈するだろうか?」「どういう情報があれば、迷わずに動けるだろうか?」と、相手の思考プロセスを想像する行為でもあるのだ。これは、他者への配慮や想像力といった、極めて人間的な能力が問われる作業であり、相手が人間であってもAIであっても、優れたマネジメントとしての共通要素といえるのではないだろうか。

「マネジメント」とは、その本質

AIへの指示はまさに「マネジメント」である。そう定義する前に、ここで一度、私たちが使う「マネジメント」という言葉の本来の意味に立ち返ってみたい。

マネジメントとは、単に人を「管理」したり、「監視」したりする行為ではない。経営学の大家ピーター・ドラッカーによれば、それは「組織において成果を上げさせるための道具、機能、機関」と定義されている。つまり、より能動的で創造的な営みであるべきだといえる。

さらに噛み砕くと、マネジメントの本質的な活動は、主に以下の3つの要素に集約される。

  1. 目標の設定: 組織やチームが「何を達成すべきか」という明確なゴールを定める。
  2. 資源の組織化: 設定した目標を達成するために、人(リソース)、モノ、コスト、情報といった利用可能な資源を最も効果的に組み合わせ、配置する。
  3. 評価とフィードバック: 実行されたプロセスの進捗と成果を測定・評価し、次の改善に繋げていく。

つまり、マネジメントとは「目標を定め、資源を最適に使い、成果に責任を持つ」一連の活動そのものなのである。この本質的な定義を踏まえた上で、AIとの関わり方にマネジメントがどう活かせるのか検証してみよう。

「作業分担」から「権限委譲」|関わり方の質的変化

AIとの関わり方においては、前述したマネジメントの定義を踏まえると、対人間と同様にその質を変えていく必要がある。具体的には、単なる「作業の分担」からより裁量を持たせた「権限の委譲」へのシフトになるだろう。具体的に挙げてみよう。

▼フェーズ1:「作業を分担させる」(マイクロタスクの依頼)

現状、多くのAI活用はこのフェーズに留まっているのではないだろうか。「この文章を要約して」「この英文を翻訳して」「アイデアを10個出して」といった指示は、明確な一つの「作業」を切り出してAIに依頼する行為だ。AIを便利な「道具」として扱い、特定のタスクを効率化する。これは「作業分担」の段階だ。

▼フェーズ2:「相手(AI)に任せる」(プロジェクトの委任)

さらにAIの能力が向上するにつれ、AIの関わり方は次のフェーズへと移行していく。具体的には、AIを単なる道具ではなく、ある程度の裁量権を持った担当者としてみなし、一連の業務プロセスを「任せる」という考え方である。

例えば、ある担当者がAIに次のような指示をしたとしよう。

あなたは市場調査のプロフェッショナルです。

1.作業:競合製品Aについて、以下の点を調査し、クライアントへの提案に活用可能なPowerPoint資料(5枚程度)を作成してください。

 調査項目:
  ①主な機能
  ②価格体系
  ③ターゲット顧客
  ④ユーザーレビューにおける強み・弱み

2.最終目的: 私がクライアントに対し、自社製品の優位性を論理的に説明できるようにするため。

3.注意点: 専門用語は避け、図やグラフを多用すること。

「AIに役割を与えよう」などと言われて久しい。これくらいなら同じようにやっている、という人も多いはずだ。では、これを相手をAIではなく、人に変えたと仮定してみたらどうだろうか。

1.何をすべきかの内容とアウトプット形式を指定し
2.何のための作業か、の目標を設定し
3.評価・判断する基準を示す

こう考えれば、細切れの「作業分担」ではなく、ゴールを示して一連のプロセスを「任せる」わけで、ほぼ同じであることがイメージできるのではないだろうか。

つまり、まさに人に対するマネジメントと変わらないのである。私たちの指示の性質を「命令」から「マネジメント」へと変質させていくことで、実際にAIに委任することが可能になるわけだ。

組織マネジメントからみる「AIを使える人」の価値

このように、AIを使いこなせる人材が価値を持つ時代である。その人物像は、先ほどの考察から考えれば、優れた組織マネージャーの姿から類推できる可能性がある。

優れたマネージャー(対 メンバー)AIへのスタンス(対 AI)
メンバー一人ひとりの特性を理解し、最適な仕事を割り振る。各AIモデルの得意・不得意を理解し、タスクに応じて最適なAIを使い分ける。
仕事の目的やビジョンを共有し、メンバーの主体的な貢献を促す。プロンプトを通じて目的や背景を明確に伝え、AIの「推測」の精度を高める。
期待するアウトプットのイメージを具体的に伝え、手戻りのない進行を管理する。求める形式や制約条件を具体的に指示し、AIのアウトプットを望む方向へ導く。
定期的な対話を通じて進捗を把握し、的確なフィードバックで成長を支援する。一度の指示で終わらず、対話を重ねてアウトプットの質を向上させる。

このように比較してみても、AIを効果的に活用するスキルが、本質的に人間に対するマネジメントスキルと深く相関している可能性は高い。

この仮説に基づくなら、メンバーとの円滑な連携を築けない人が、AIの能力を最大限に引き出すことはおそらく難しいだろう。逆に、AIを巧みに「マネジメント」できる人材は、その能力の根底に、目標設定、言語化、他者への想像力といった、普遍的なマネジメント能力を備えていると考えられるのではないだろうか。

未来のマネジメント人材は、今、何をすべきか

では、このような変化の中で、私たちは今日から何を意識すべきなのだろうか。いろいろな手法が考えられるが、日々の業務の中で試せる、いくつかの具体的なアプローチを考えてみた。例えばこのようなことはどうだろうか。

1.自身の指示そのものを言語化してみる

現場の担当者であれば、まず自分の定型業務を一つ選び、それをAIに任せるならどう指示するかを文章化してみる。いってみれば、その仕事の「目的(Why)」、「期待する成果物(What)」、「守るべきルール(How)」などを5W1Hで分解し言語化する訓練だ。これは、AIの活用スキルだけでなく、自己の業務を客観視し、思考を整理する能力そのものを鍛えることに繋がるだろう。なんとなく文章にして伝えているだけで満足していることが見えてくるかもしれない。

2.チームや複数メンバーで「AIへの仕事の振り方」を議論する

管理職であれば、チームの定例会議などで「この業務をAIに任せるなら、どんな指示やプロンプトが必要か?」を議題にしてみるのも有効かもしれない。多様な視点が加わることで、より洗練された指示の在り方が見えてくるし、足りない部分も明確になるだろう。それは同時に、チーム内の業務プロセスを見直し、標準化する絶好の機会ともなり得る。メンバーの考えがそのまま言語化されることになるからだ。

AIというテクノロジーは、いまや私たちに「仕事とは何か」「人間の価値とは何か」という根源的な問いを投げかける存在に変貌しつつある。AIを上手に使うことのメリットはすでに自明だが、“彼ら(AI)”を上手にマネジメントするという思考こそ、さらに上のレベルで仕事の質を上げる大きな一手にもなるはずだ。

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