「営業を経験しない」という大きな機会損失

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代表取締役 枌谷 力

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ベイジはウェブ制作会社ということもあり、創業から14年間、専任の営業担当を置かず、コンサルタントやディレクターが営業を行ってきた。しかし今年、その方針を大きく転換し、営業専任の採用に踏み切った。来ていただける方は既に決まっており、11月入社予定である。

今後は、コンサルタントやディレクターの営業負荷が大きく減る。営業を兼務にするメリットも多くあるが、全体最適の観点でメリットが大きいと考え、このような意思決定をした。

ただし、キャリア形成という観点でいえば、営業経験が失われるのは機会損失でもある。だからそれに代わる経験を仕事の中でできるようにしなければ、と思っている。

営業力とはつまり、交渉力である

当社内では、「クリエイターであってもビジネス力が大事」という話がよく出てくる。

クリエイターに限らないが、作り手の目線が強くなりすぎると、ビジネスの常識的・初歩的なことで躓きやすくなり、それがクリエイター自身の価値を下げることも多い。当社のクリエイターはそうはなってほしくないと考え、ことあるごとビジネス力の大切さを伝えている。

そのビジネス力を、もっとも効果的に身に付ける絶好の機会こそが営業である。以前社内の勉強会の中で定義した「ビジネス力を構成する7つのスキル」の中に「営業力」を組み込んでいるのも、そうした考えが根底にある。

先日、無敗営業で有名な営業コンサルタントの高橋さん、LINEやメルカリなど、多数の企業のエンタープライズ営業を開拓してきたグロースXの杉本さん、そしてベイジの新営業担当という面々で、会食をする機会があった。

その時、「営業力とはようするに交渉力」という話になり、皆が深く頷いた。「営業が苦手」というのは「交渉が苦手」とも言い換えられる。

一般的な交渉と営業の違いでいえば、「最終的にお金を出す意思決定をさせる」という点にある。しかし、ゴール設定が違うだけで、基本的には交渉事であることに変わりはない。

この「営業という名の交渉」をまとめるには、以下のようなことをしなければいけない。

  1. 相手の真のペインを引き出す
  2. ペインの解決策を、論理的に説明する
  3. その上で、自分たちの価値と紐づけた提案をする
  4. 相手の予算に合わせて、現実的な落としどころを見つける

こうしてエッセンスを列挙すると、当然ながらこれは営業担当だけが身に付けておけばいい能力ではない。ビジネスに関わるなら、皆が一定持っておいた方が良い普遍的な能力である。

実際に私も、デザイナーという肩書でありながら、望まざる営業を「させられた」。しかし結果的には、デザイナーの割には比較的ビジネス感覚が強い人材になれたと思っている。営業経験がなければ、今の私の能力は大きく変わっていたはずで、今の会社を作ることもできなかっただろう。

なぜ交渉力を磨くのに営業が最適なのか?

例えば私たちのような顧客支援の仕事であれば、営業を経験しなくても、いわゆるプロジェクトの中で顧客とコミュニケーションを直接取る機会はある。そのため「営業を経験しなくてもプロジェクトで似たような経験ができるのでは?」と発想するかもしれない。

まったくない、とは言わない。

ただ、契約後のプロジェクトの方が関係性が甘く、営業ほどシビアな交渉になりにくい

プロジェクトだと契約という縛りがあるため、顧客もそれなりに試行錯誤してくれる。うまく行かなければ、立ち止まって一緒に考える機会も得られる。例え中間成果物の満足度が70点であっても、お互いプロジェクトを先に進めないといけないから、よほどの落ち度がない限りは先には進む。

そのためプロジェクトでは、よほど手厳しいクライアントを担当しない限り、交渉力の鍛えられ方が甘くなる。

一方、営業だと「納得できなければ発注しない」と、かなり明確に線引きをされる

その上で、数百万から時に数千万円を超えるお金を出す、そのために上長を説得する、という行為も相手の担当者に強いる。これらの行動を起こさせるための交渉をしないといけない。これが営業である。

営業で求められる交渉力は、プロジェクトで求められる交渉力と比べて、かなりシビアである。だからこそ、ある一定期間営業を経験すると、必然的に交渉力が相当に鍛えられ、ビジネスパーソンとして逞しくなるわけである。

筋トレに例えるなら、プロジェクト経験と営業経験では、持つダンベルの重さがまったく違うといえる。そして交渉力とあわせて、お金の嗅覚、相手の意思決定の空気、刺さる提案書の書き方なども、芋づる式に鍛えられる。

営業を知っていればパワポの質も変わる

法人相手の営業を経験すると、提案書などの営業資料を作る機会が得られることも多いだろう。この時に学べるのは、「営業に特化した営業用の資料作成テクニック」ではない。「あらゆるビジネスに共通するドキュメントを使った交渉テクニック」である。

イマイチに思える営業資料は、大抵以下のような問題を抱えている。

  • 全体や前後の流れがなく、話が繋がっていない
  • 会社紹介や進め方説明なだけで、提案になっていない
  • 相手の視点に立った課題解決のメリットが書かれてない
  • なぜこうなるかの理由や根拠が不足している
  • 相手が飛びつくその会社ならではのアイデアがない

しかしこれらは、提案書だけの問題ではないはずだ。これらの問題を抱えている人が、他の業務の中で有益な資料作りができているかというと、私はかなり怪しいと思っている。

プロジェクトであれば、既に契約を済ませて開発に向けて進んでいる段階なので、中間成果物の質が低くても、よほどのことがない限り、顧客は協力的な姿勢を見せてくれる。またプロジェクトではそもそものインプットの量が多いので、とりあえず資料に書くことは色々と出てくる。

それが仮に「顧客の言ったことをただ整理しただけのもの」であったとしても、現実的に先に進められる内容が揃っていれば、顧客からはOKが出る。

しかしこれが、知識を売り物にする仕事における「理想的な提案」でないことが起こりえる。こうして甘い環境でぬるい資料作りを続けていくと、いざ厳しいクライアントと対峙した時に、「これって、わざわざお金を出して頼むこと?」「よくやってくれてはいるけど提案がない」と言われてしまう。

一方、当社で営業をクローズできるコンサルタントを見てても、彼らはプロジェクトでもしっかりした提案ができていることが多い。

つまり、「営業をクローズできる人は、プロジェクトの満足度も高い」といえる。一方で、「プロジェクトの満足度が高い人が、営業をクローズできる」とは、残念ながらいえない。理由は単純で、営業の方がより本質的かつ説得力のある提案を求められ、難易度が高いからである。

そして「営業はできません」という人の多くは交渉力自体がそもそも弱く、知識労働型ビジネス全般に求められる「真の提案力」も、おそらくは弱いのであろう。

営業に代わる経験

私自身、こういう能力は昔から備わっていたわけではなく、営業を何年も経験する中で培われた。
今回、営業を専任化することで、皆がこの経験ができなくなるのは、長い目でデメリットだ。

ただし、長年プロジェクトで成果を出し続けたコンサルタントに営業をやってもらったら、問題なく成果が出たケースもある。

ポイントは、プロジェクトの中で、単なる顧客満足や、社内の「さすが!」に満足することなく、「本来はこうあるべきである」と顧客の成功をストイックに追求する姿勢やマインドだろう。

そのロールモデルになるコンサルタントは、うちの社内にも何人かいるので、彼らを基準として働くと、営業に近い交渉力が培われると見ている。

小さなところから成功体験を積んで、自己効力感を高めていくのは大事である。一方で、「見上げる目線は常に高く」「そのための知識獲得や努力は貪欲に」というストレッチなマインドも必要である。営業専任を入れたからこそ、組織全体としては交渉力が強くなった、といえるような変化を目指していきたいものである。

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