ユーザ体験(UX)を語るWeb制作会社に求められるサービスの質とは

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代表取締役 枌谷 力

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僕はコーヒーを飲まないのだけど、外出時に時間が空くと、ついスタバに行ってしまう。コーヒー以外に飲むものがあるから、というのも確かにそうなのだけど、理由はそれだけではない。

快適な店内空間、隣と程よく離れた席のレイアウト、PCが繋げる電源、禁煙であること、どの店員さんも必ず愛想がよいこと、といったような、スタバで体験する様々なことの質がおしなべて高いため、わざわざGoogleMapで検索してまで最寄りのスタバに行く。行ってみたらやたらと狭いお店でガッカリすることもたまにはあるのだけど、そういうことが一番少ないのがスタバだと思う。

そして、これこそが「良質なユーザ体験がデザインされている」ということなのだろう。

Webやアプリを作る業界では、毎日のように「UX(=ユーザ体験)」という言葉が飛び交っている。僕はいろいろと考えがあって、この「UX」という言葉はあまり使わないようにしている。なのでこの文章でも以降は「UX」ではなく「ユーザ体験」という言葉を使うのだが、根底にある「ユーザ体験が大事」という考え自体は当然と思っていて、ギャレットの『ウェブ戦略としてのユーザーエクスペリエンス』に出会ったその昔から、強く意識して取り組んでいる課題でもある。

Web制作やアプリ開発におけるユーザ体験の話は、具体的にそれがどういう機能、コンテンツ、インターフェースに落ちていくのか、というところが肝になってくる。自然と、その周辺が議論されることが多い。ただ、それとはもう少し別の視点で、受託のWeb制作会社の場合、その会社が提供しているサービスそのものの「ユーザ体験」が良質でなければ説得力がない、というのもまた、結構重要な話ではないかと思っている。

では、受託のWeb制作会社における「ユーザ体験」とは何か。

先ほどのスタバの例でいうと、(値段に見合った)美味しいコーヒーみたいなところが、サービスの中心に据えられた要素だろう。しかしスタバは、美味しいコーヒーを提供しているだけで良いユーザ体験を実現しているわけではない。先ほど述べたような、スタバと接しているすべての時間、接点で良質なサービスを提供することで、良質なユーザ体験を実現している。これがスタバにおけるサービスデザインであり、商品レベルでの競合が登場しても揺るがないスタバの強みである。

Web制作会社でいえば、良いUIをデザインする、高度なWebシステムを作る、みたいな部分が、スタバにおけるコーヒーに相当する部分だろう。一方でスタバのサービス設計に相当するのは、スムーズなコミュニケーションや気が利く対応、安心できる担当者、といった部分ではないだろうか。単にいいものを作る、高度なものを開発できる、ということだけでなく、プロジェクト全般を通してクライアントとの良好な関係を築くことが、Web制作会社における「良質なユーザ体験」であり、サービスをデザインする、ということである。

私たちが、新規のクライアントからお声掛けをいただく時、大抵はその前に付き合っているWeb制作会社がいて、そこからスイッチするタイミングであったりする。そしてヒアリングに伺うと、前任のWeb制作会社に対する不満を口にされることが非常に多い。しかもそれは、技術的な不満ではなく、以下のような不満がほとんどである。

・言ったことをするだけで、自ら提案をしてこない
・こちらから催促しないと、何も連絡してこない
・事前に考慮すべきことをいってくれず、突然決断を迫られる
・時間にルーズで、どんどんスケジュールがズレていく
・できない、無理というだけで、代替案を教えてくれない
・スコープ以外のことは、フォローもアドバイスもしてくれない
・メールや電話をしても、なかなか返事もない
・いつも説明が難しく、分かりやすく説明してくれない
・海外事例や、先進事例ばかりすすめてきて、実情に合わせた提案をしてくれない
・突然若いスタッフに担当が変わり、そのフォローを誰もせず、安心できない
・クライアントにきれたり、露骨に不服そうにしたりする

こういう話はこわい。なぜなら、自分たちも同じ理由でスイッチされてしまう、ということを意味するからだ。実際我々も自分の胸に手を当ててみると、過去に、成果物のことばかり考えて視野が狭くなり、こういう部分をおそろかにしてしまった経験もあるはずである。

結局のところ、こういう思いをクライアントが抱くのは、Web制作会社が、いいデザイン、いいシステムを提供していたとしても、「良質なユーザ体験」を提供していないからである。そして、こういう会社が「ユーザの気持ちになって考えましょう」「快適なユーザ体験を提供しましょう」と説いても、そこに説得力は生まれないのではないだろうか。

また、さらに突き詰めると、良質なユーザ体験という考えは、そこで働く人たちの「良質な仕事体験」にまで浸透していた方が、より説得力を増す。例えば以下のようなことである。

・業界内でも高い水準の給与で働いている
・キレイなオフィスで働いている
・自宅からアクセスしやすい場所に立地している
・広い机やすわり心地のいい椅子が用意されている
・できるだけ新しいPCやソフトウェアが提供されている

メガネをしている眼医者さん、虫歯のある歯医者さんは優秀ではない、とは言えないように、そこは確かにイコールではない。しかし、ダイエットを指南するフィットネスクラブのコーチが肥満だったり、人の心を救う牧師が私利私欲にまみれていたりしたら、やはりそこに説得力は生まれないだろう。

僕自身が会社としてこだわりたいのは、こういった整合性である。つまるところ、「お前が言うな」とクライアントに言われる状況には決してなりたくはない。

だから、うちの会社では、デザインやテクノロジーの話ばかりでなく、我々のユーザであるところのクライアントと良好な関係を築くためにどうすればいいか、という観点からの議論も多くする。社内・社外問わずコミュニケーションで違和感があったらディレクターからすぐにツッコミが入る。担当不在時やメール返信などの社内ルールは徹底するし、分かりやすいドキュメンテーションに時間を割いたり、行動指針を整備したり、日報の中で行動指針を振り返ったり、週一のディスカッションタイムを設けたりもしている。これらすべてが、うちの会社のサービスの「ユーザ体験」を向上させる取り組みである。

僕がいつもうるさく言うので、そんなことはみんな十分に理解しているだろうけど。

ともかく、Webサイトやアプリのユーザ体験をベストにしたいのであれば、それを取り扱うクリエイター自身も、空気が読める気が利く人間であった方がいい。こういった細かな気遣いが実践できるからこそ、Webやそれを使うユーザの細かな心理に気が付く、「ユーザ体験を設計できる」クリエイターになるのでは、などと考えている。これは精神論なのだが、会社としてこだわりたいポイントである。

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