社会における存在意義を明確にしたり、ブランドイメージを確立する上で、企業メッセージというのは非常に重要な役割を担います。一方、多くの大企業のメッセージは抽象的であり、かつメッセージだけを消費者に届けることはなかなか難しいため、工夫を凝らしてビジュアルで表現し、テレビやWeb、紙媒体などで展開していたりします。
ここでは、そういった企業メッセージのビジュアル表現をいくつかピックアップし、そこにはどのような意図があるのだろうか、そしてクリエイターとしてはどういう点が参考にできるのだろうか、といったところを見ていこうと思います。
資生堂のコーポレートメッセージは「一瞬も 一生も 美しく」。これは、2010年の映画公開にともなって展開された新聞広告のビジュアルです。
これは当時公開された映画『Flowers』の1シーンですが、ノスタルジックな白黒写真のトーンと伝統的な和装が、時代に流されないブランドの普遍性を強く訴えます。また、表情も特徴的です。結婚式でありながらの物憂げな表情は、繊細でやさしいブランドパーソナリティを想起させます。満面の笑みで喜ぶ写真だったら、この繊細さは伝わってこなかったことでしょう。
メッセージの文脈に従いながら、メッセージでは伝えきれない感情やストーリーが自然に拡がって行くような、素晴らしいビジュアルです。
アステラス製薬がWebサイトに使用しているビジュアルです。アステラス製薬のコーポレートメッセージは「明日は変えられる」。
ビジュアルは非常にシンプルです。薄暗い情景は夜明けでしょう。見渡す限りなにもない大海原は、制約など無く、無限に広がる未来を想起させます。また、病気で苦しむ患者に、希望に満ちた明るい夜明けを与えたい、というメッセージも連想させます。「アステラス」という企業名が、このビジュアルに込められているのは言うまでもないでしょう。
非常にシンプルなビジュアルですが、コピーとビジュアルが相乗効果を発揮し、単体で存在する以上の強いメッセージ性を作り出しています。
旭化成の2013年度版の会社案内に使われているビジュアルです。理念、ビジョン、スローガンという3種のコーポレートメッセージを「For Tomorrow」と束ねて表現しています。
多角化が進んでいる企業のビジュアル選定は非常に難しいです。単一の写真ですべてを表現することはできず、かといってステークホルダー全般に配慮しすぎると抽象化が進み、訴求力のないビジュアルになるためです。
ここでは「子供たちが風船を空に挙げるビジュアル」を選んでいます。子供というのは、未来の象徴としてよく使われるモチーフです。彼らが空に向かってたくさんの風船を上げているシーンというのは、旭化成の未来と社会に対する姿勢を象徴し、メッセージでは伝えきれないポジティブな印象を与えます。
やや無難な仕上がりで、インパクトはありません。しかし、手堅く誠実であるとも言えます。それがブランドパーソナリティと一致するならば、適切なビジュアルと言えるでしょう。
2012年から行っているグローバル・ブランディングの一貫で展開された広告です。
NTTデータのように、エンドユーザも事業領域も幅広い場合には、このように複数の写真を組み合わせるのも一つの方法です。様々な人種を載せたこの表現は「Data for:the people」というグローバル・メッセージを真正面から、ストレートに表現したビジュアルと言えます。
ただし、これはやや直球すぎる気もします。メッセージをビジュアルが補完せず、ただメッセージをなぞってビジュアルを起こただけ、という印象もあります。また、このように多くの写真を組み合わると、特長となるフックが希薄になり、見た人の頭に残りにくくなりがちです。
この手のブランディングキャンペーンは、一つの媒体上での表現ですべてを評価はできませんが、この新聞広告だけを見た人には、おそらく何も印象に残っていないのではないでしょうか。メッセージをそのままビジュアルに起こすだけではない、メッセージを膨らませるようななんらかのアクセントがほしい気がします。
コーポレートサイト内の企業メッセージ・ページのビジュアルです。「The Power Of The Dream」というHONDAの企業メッセージを分解して新たにキャッチコピーを作り、ビジュアルを配置しています。
子供はHONDAの直接ターゲットではありませんが、旭化成と同じく、これは夢や未来の象徴でしょう。しかし、単に子供が登場するだけでは印象に残らなかった可能性がありますが、これをHONDAたらしめているのは、やはりASIMOの存在です。
ASIMOが子供たちとともに走る姿は、人々の夢や未来と寄り添うHONDAのパーソナリティが垣間見えますし、また、単なる車メーカー以上の夢や理想を感じることもできます。走る先に光源が設定されているのも、明るい未来イメージをより際立たせています。
ASIMOのような、ブランドを体現する具体的な製品が存在しなければ真似できない表現ではありますが、シンプルでオーソドックスでありながらもイメージがぐっと広がる、非常に良いビジュアルだと思います。
NECの企業メッセージは「インフラで、未来を支える」。これはそのメッセージを中心に、連作で展開している新聞広告です。
この広告では、メッセージそのものの表現には向き合わず、象徴的な事例の紹介を中心にしています。ビジュアルそのものは、CGを使った合成写真やエンドユーザーの利用シーンの一コマなど、事例をできるだけストレートに表現できるものとしています。
いずれも強く印象に残るものではありませんが、スケールの大きなビジュアルを目にすることで、インフラIT企業としてのNECの顔に気付くことができるでしょう。
抽象的なメッセージを、抽象的なまま表現するのが難しければ、このように、事例紹介という体裁を取ってビジュアルを具体化してしまうというのも、一つのやり方です。
リクルートは「まだ、ここにない、出会い」をコーポレートメッセージとしています。リクルートでは2002年より、このメッセージを表現するイメージビジュアルを毎月発表しています。
生活に根差したサービスを幅広く展開しているリクルートもまた、ブランドを1枚の絵で伝えるのはなかなか難しい企業でしょう。
ここでは、月ごとのビジュアルの連作で、企業メッセージを伝えようと試みています。また本年度はイラストが大々的に採用されています。写真では表現しきれないアクティブで楽しげな印象は、ポップなイラストならではの表現でしょう。
惜しむべきは、なんとなく楽しそう、という雰囲気は伝わるもののメッセージとの連続性をあまり感じにくい点でしょうか。メッセージ性やストーリー性では、過去のビジュアルの方がわかりやすい気はします。リクルートのサイトでは、過去のビジュアルを全て公開しているので、こちらも見てみてください。
日立グループではグローバル共通のブランドタグラインを”It’s Our Future”として、全世界でブランドキャンペーンを行っています。これは、そのキャンペーンの一環として行われている、新聞広告の連作です。
「未来」がメッセージとして掲げられているためか、ここでも常套手段である「子供」が使われています。コーポレートメッセージから子供のセリフを導き出し、子供たちがそう想うであろう瞬間を切り取り、ビジュアル化しています。
ビジュアル自体に個性は乏しく、直接的にはメッセージが伝わりにくいです。おそらく、同じコンセプトでメディア展開し、ユーザがブランドに接触するたびに一貫したメッセージを伝えることで、ブランドの定着を図ることが前提なのでしょうが、日立という誰もが知っている企業のイメージを補強するなり転換するなりできる、ビジュアルとしてのフックがもう少しないと、情報過多な世の中で埋もれてしまうのでは、という気がしてしまいます。
「水と生きる」という、サントリーの企業メッセージにもとづく環境活動をPRした新聞広告です。印象的かつ美しいイラストのみで表現しているのが大きな特長です。
水というシンプルなテーマをメッセージとした企業らしく、イラストもシンプルです。色は単色で、切り絵をモチーフにした造形は、全体として複雑な美しさを作りつつも、細部は単純化されたかわいらしく素朴なイラストの集積です。
「水と生きる」という、ストイックなメッセージに対して、丁寧に作り込まれたクリエイティブからは、繊細で細かやかな感性、どこか憎めないチャーミングさ、ホッとするような安心感をかんじさせます。これらが社会貢献活動のビジュアルとして展開されることで、サントリーのコーズ・ブランディングに貢献できるビジュアルになってるのではないでしょうか。
ライオンのコーポレートメッセージは「今日を愛する」。このメッセージを伝えるため、この広告では文章を主役にしています。ビジュアルはシンプルですが、朝の澄んだ空気感が伝わるよう、色調やライティングには細心の注意が払われています。
文章で伝えるというのは、とても挑戦的です。これだけの文章を読ませるには、それなりのコピー力と、メディア選択の確かさ、そして当然ブランド力を必要とされるからです。
この企業広告に関しては、幅広くブランドを浸透させる効果は、あまりないかもしれません。ただし、しっかりと読んだ人には、「今日を愛する」というメッセージに込めた真摯な姿勢と想いがつぶさに垣間みれるものになっています。
またこのように文章に特化した表現は、LIONの謙虚で控えめな姿勢にはよくマッチしています。文章を多く使ったビジュアルにする、という選択もまた、ビジュアル表現なのです。
今まで多くのコーポレートサイトを手掛ける中で、またこの記事を作成するにあたっても、これの数十倍のビジュアルを見てきましたが、数多く見ていくと、企業メッセージをビジュアル化するには、いくつかのパターンが存在することに気が付きます。表現、モチーフ、印象の3つの視点から考えると、以下のようなパターンの組み合わせに集約されるように思います。
表現
モチーフ
心理的印象
冒頭に書いたように、企業メッセージというのは複雑な背景のもとに生み出されるものなので、抽象的にまとまっていることが非常に多いです。抽象的でコンセプトが大きすぎるがゆえに、デザイナーとしてはそのビジュアル作りに非常に苦労しがちです。しかし、こういった基本パターンを抑えておくと、最初にデザインを生み出す時のジャンプ力と振り幅に大きな差が生まれるのではないかと思います。
是非、参考にしてみてください。