今年の3月に、クリーク&リバーさん主催のアカウントプロデューサー向けの社内研修のトークセッションにお声いただくという機会がありました。そのトークセッションに先立ち、プロデュース業をするうえで私なりに意識していることを整理していたのですが、ある程度形になったので、遅ればせながらこのブログで共有しようと思います。
その冒頭でも触れたのですが、私自身はWebデザイナーとしてこの業界に入り、Webデザイナーとしての影響力を高めるためにディレクションやプロデュースに足を踏み入れただけで、今も昔も、Webプロデューサーという仕事を目指したことはありません。
そのため、私は果たしてWebプロデューサーなのか?と問われるとよく分からなくなります。自分が行っている業務内容でいえば、デザイナーでもあるし、アナリストでもあるし、インフォメーションアーキテクトでもあるし、UXデザイナーでもあるし、営業マンでもあるし、経営者でもあります。それを分かりやすく説明できる職種が「Webプロデューサー」という気がして、この曖昧な肩書を利用しているだけだったりします。
なので、これが正しいWebプロデューサーだ、と主張するつもりはまったくなくて、あくまで私の場合はこんなことを意識しています、というレベル感で読んでもらえると幸いです。
Webプロデューサーといえば「クライアントに貢献する」みたいなことを最大のミッションにすることも多いと思いますが、これは「クライアントの要求通りに動く」ことではないと思っています。
クライアントが生業としているビジネスについては、私たちよりもクライアント担当者に知見があることがほとんどですが、一方で必ずしもWebのプロというわけではありません。また大きな会社になると組織の力学が働き、本来目指すべきことが歪められて別の目的にすり替わることもあります。
こういったクライアント自身が抱えている問題や矛盾を正し、本来の目的に軌道修正させることもまた、Webプロデューサーの役割ではないかと思っています。言い換えるなら、「自分がクライアントの担当者だったら」という視点ではなく、常に「自分がビジネスオーナーだったら」という視点で物事を客観的に、ある面では冷徹に判断しなければならないと考えています。
Webプロデューサーなら、Webの制作スタッフと関わることも少なくないでしょう。その時、クリエイター経験があったり、クリエイティブに深い造詣があったりする場合、どうしても制作者の視点が強くなることがあります。
それ自体が悪いわけではありませんが、私たちの会社の場合、Webプロデューサーに求められる本当のゴールは「素晴らしいビジュアルデザインを作ること」「最新のテクノロジーを実装すること」ではなく、「ビジネス上の課題を解決する」であることがほとんどです。クリエイティブはそのための手段であり、本当のゴールを見失ってはならないといつも意識しています。
時間とお金をかければいわゆる「良いもの」に仕上がる可能性も高まりますが、投資に対するリターンとのバランスを見極めるのもWebプロデューサーの役割です。その1と合わせていえば、クライアントの担当者の味方にも、制作スタッフの味方にもならず、独立した思考で状況を俯瞰するのがWebプロデューサーの仕事ではないかと考えています。
トークセッションでは「Webプロデューサーは営業をしてはいけない」と発言したのですが、これは偽らざる私のポリシーです。Webプロデューサーが営業的な役割を兼ねることも珍しくはないと思いますが、プロデューサーは営業的視点をもってはいけない、と私は思っています。
前述のように、Webプロデューサーは独立した視点で状況を俯瞰し、ビジネスゴールに対してどうするのがベストか、という視点で常に動かなければいけません。そこに営業という「邪念」が加わると、本来必要ないソリューションをねじ込むように提案したり、プロジェクトの予算規模を拡げたりといったことを優先して行動しがちです。
Webプロデューサーの本来の仕事を考えると、できるだけ少ない予算で最大限の成果を生み出す方法を考える、という視点も必要です。営業ノルマ達成のために1000万円の売上げが必要だから、1000万円になる提案をする、などという発想であってはいけません。ビジネス特性や現実的なリターンから考えられる妥当な金額が800万円であれば、800万円の提案をすべきでしょう。
だからこそ私は「営業しない」「売り込みはかけない」「本当に必要なことだけ、必要な分だけを提案する」というポリシーを強く持つようにしています。
Webプロデューサーには当然Webに関わる幅広い知識が必要ですが、それを結びつけるのはマーケティングの知識でしょう。
私自身、元々はWebデザイナーでしたが、マーケティングを意識的に学ぶようになってから、デザインの美観やユーザビリティ起点ではなく、その上位にあるマーケティングを起点に物事を捉えるようになりました。プロジェクトを俯瞰する仕事だからこそ、ビジネスを俯瞰できるマーケティングの知識は不可欠です。
一方でWebプロデューサーはテクノロジー、コピー、デザインの専門家でもなければなりません。その知識が多いほど力が増す仕事です。そのため私も、デザインやフロントエンド、サーバサイド、制作ツールに至るまで、専門スタッフとの勉強会などを通じて、最新トレンドを幅広く収集しようと努めています。この分野は苦手だから自分はいいや、ではなく、Webに関わることは幅広く関心を持ち、できるだけ深く掘り下げなければWebプロデューサー職は務まらないと感じます。
Webが他のメディアと大きく違うのは、データが取りやすい点でしょう。だからこそWebプロデューサーはデータの取り扱いに長けているべきです。
サイト全体の数値であれば誰もがサラっと見ると思いますが、全体を平均化したサマリーにほとんど価値がないことをWebプロデューサーは知っておかなくてはなりません。大事なのは仮説を持ち、データをセグメントして細かく見て確認すること、細かなデータからインサイトを得ることです。
企画を立てるなら、その成功の指標を定義すべきでしょう。データ取得を目的としたコンテンツの企画も時には必要になります。そして公開後は、計画が実行されているか数値で確認し、うまくいってなければ、改善の指針を打ち出す。ここまで関与するのがWebプロデュース業なのだと思います。
Webプロデューサーが解析ツールを触るべきか、という点については議論が分かれるところでしょうが、私は自身でツールを触り、できるだけ自分の目で確かめるようにしています。なぜなら、数字を自分自身の目で確かめることで、ユーザーの行動が肌感覚で予測できるWebプロデューサーになれると考えているためです。
理論や事例は、勉強していて楽しいものです。ためになる理論や事例に触れると、自分も同じ成功を手にできるのでは、という想像が膨らみます。もちろん、こうした勉強が非常に大事な基礎を築くことは間違いありません。
一方でWebプロデューサーには「現実を見る」という使命もあります。限られた予算、差別化しにくい製品、見えないターゲット、硬直化した社内体制、リスクを嫌う社風、戦略と矛盾するトップの意向など。個別の事情を見つめれば、理論や事例の使いまわしは役に立たないと気付きます。
先駆的な最新事例や海外事例を紹介するのは、あえて言えばエバンジェリストの役割であり、Webプロデューサーの主体業務ではありません。ビジネスが本当に求めていることに対して、理想と現実との調整を効かせ、クライアントのビジネスにきちんとフィットするアウトプットまで導くのがWebプロデューサーの重要な責務の一つと考えています。
クライアントの希望に必ずしも応えられないケースが出てきます。この時に「できない」と却下するか、代替案を提案するかで、Webプロデューサーの成長を大きく変えます。
計画通りで何も起こらずにプロジェクトが進むことは稀です。戦略実行の社内合意が取れない、技術的には可能だが政治的問題で実現が難しい、ブラウザやハードウェアの問題でアイデアがそのままでは実現できない、力のある部署から予期せぬ追加要望が生まれてコンセプトが揺らぐ。Webプロデューサーとは、次々と出現するこういった障壁に対して、常に新しいカードを切りながらゴールを目指す仕事ではないでしょうか。
そのために必要なのが広く深い知識であり、状況をコントロールするコミュニケーション能力です。こうした次々と現れる障壁を乗り越えるときに、「却下ではなく代替案」というマインドがなくては、考えたことの1割も実現できない、ということになるのだと思います。
Webプロデューサーが「もう一人のビジネスオーナー」であるということは、自分には不利な情報も明らかにする、という姿勢が不可欠です。これを伝えたら難色を示す、リスクを伝えるとわずらわしいタスクが増える、弱点を明らかにすると意見が覆り売上げが減少する、などといった判断でネガティブな情報を隠すことはあってはなりません。
また、機能やデザインを過大評価したり、大げさに効果を強調したりするような伝え方も控えるべきでしょう。脚色された情報ばかりを話していては、やがて話を信じてもらえなくなります。
リスクを隠して一時的に時間的・経済的メリットを得ても、リスクが顕在化した瞬間、そのWebプロデューサーの信頼は失われます。短期的に利益を得ても、長期的には不利益になります。結局、プロデューサーが長期間にわたり評価されるには、フェアであることが一番の近道なのだと私は考えています。