初心に帰る=昔と同じ努力をすることではない

先日、デザイナーの採用面談に参加した。そこで応募者さんの話を聞いて、自分がベイジに入社した頃の気持ち、いわゆる初心を思い出した。

入社当時と比べると、 今のほうがスキルは上がっているし、知識も経験も増えたが、その代わりに「がむしゃら度」が失われてしまったような気がする。

そう感じたのは、 枌谷さんが応募者さんに向かって、「ここ2週間で気になったデザイントピックスはありますか?」と質問した時だった。私なら何て答えるかなぁ、とぼんやり考えてみたものの、出てきた数が思ったよりも少なく、正直少し焦った。

確かに最近はインプットよりもアウトプットに時間を割いていたが、こういう質問に対する答えは入社したての頃の方がたくさん出せていた。

この「あの頃できたことが、できなくなっている」という状況に自分は危機感を覚え、初心を思い出したのだが、ここで「じゃあ、あの頃に戻ろう」と考えるのは、少し違うような気がする。

もちろん、初心に帰って自分が本当にやりたいことを再確認したり、新鮮な気持ちを取り戻したりするのは、モチベーション的にもいいことだと思う。だけど、そこで生まれた焦りを、どういう努力に繋げるかは、もっと深く考えなければいけない。

なぜなら、昔の自分と今の自分で必要なものは違うし、この2つは完全に比較できるものでもないからだ。「初心に帰る」と聞くと、原点に立ち返って昔の自分がやっていた努力をなぞるように繰り返す、というようなイメージがあるが、それが必ずしも正しいわけではないと思う。

改めて考えてみると、質問に対して多くの答えを出せなかったのは、今の自分が昔の自分に負けているからではない。新人の頃は手あたり次第のインプットをしていたが、今は情報を取捨選択できるようになったので、努力の性質が量から質に移っていっているのだ。

昔はできたことができなくなるのは、確かにいい気持ちがしない。しかし、その状況だけを見て焦り、ひたすら過去の努力にこだわるよりも、スキルや知識がついてきた自分を正しく把握して、今だからこそできる努力をするべきなのだと思う。

場合によってはシンプルに努力が足りていないこともあるだろうが、どちらにせよ「あの頃の方が頑張っていたな〜」と感じるままにしておくのは、非常によくない。次に初心に帰る時が来たら、努力の質では昔の自分に勝ってると思えるようになっていたい。