広告表現から学ぶ「信用されないコミュニケーション」とは

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代表取締役 枌谷 力

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1~2年ほど前だろうか、高級マンションのキャッチコピーがおかしいとSNS上で話題になったことがあった。

 例えば、以下のようなものである。

  • 私の東京は、優雅です。(ザ・パークハウス アーバンス 文京小石川)
  • 継承と景勝の詩邸へ。(ザ・パークハウス 山王蘇峰公園)
  • 安心感を纏う、寛ぎの迎賓空間。(ソフィエスタワー船橋)
  • ゲストの期待感が自然に高まる静寂と言う名の圧倒感。(ラ・トゥール代官山)
  • THE MASTERPIECE~この地に名を刻む住まいがある。(パークタワーグランスカイ)

これらが滑稽に見えるのは「言い過ぎ」「大げさ」だからであろう。滑稽に見えるだけでなく、キレイごとばかりで肝心なことは何も伝えていないがゆえに、話を盛っている、信用できない、という印象すら植え付けている。

これは笑い話ではなく、損失である。露出すればするほど、人々は信用しなくなり、スルーしていってしまうわけである。

このような演出に酔い、大事なことは何も伝えない表現は、マンションに限らず広告全般で見受けられる。例えば近年では、以下のキャッチコピーがいささか滑稽に思えた。

  • このカメラに、世界は驚く(Xperia Z3)
  • 技術者たちよ、モンスターを作れ(VAIO Z)
  • 戦え!自由のために(DODA)※チャップリンの名言より
  • 挑戦の数だけ、保険がある(東京海上日動)

これらは結局のところ、ハリウッド映画の宣伝文句「全米が泣いた」と同じである。

本当はアメリカの全国民は泣いていない。しかし、それくらい感動作、という意味で、軽くウソをついているわけである。これは表現であって、クリエイティブであって、ウソではない、という考えかもしれない。しかしいずれにしろ、誇張された表現の積み重ねで、我々は「全米が泣いた」というキャッチがついた映画を、ストレートには信用しなくなった。

もちろん、広告の目的によってキャッチコピーの役割も変わる。時には、とにかく目立つことだけを目的にした、大げさでクサいコピーの方が良い場合もあるだろう。なので、広告としてアリなのかどうかをここで言及するつもりはない。

ただ、こういった広告に見られる「極端な言い回し」の影響を受けてか、実は私たち自身も、極端な表現を日常的に使いがちである。例えば、人を説得するときや何かを主張するときに、物事を極端に表現したり、効果やリスクを大げさに伝えてしまうことはないだろうか。

随分前に社内のデザイナーが作ったデザイン提案資料の中で、グリッドデザインの理由として、「ユーザの信頼感を醸成する」と書いてあったことがあった。そのことがブランドイメージを醸成するかのような書き方であった。しかしその時に私は、この説明を削除するよう指示を出した。「信頼感の醸成」までは言いすぎだと思ったからである。

グリッドデザインであるというだけで、ユーザが「これは信頼できそうだ」などと思うことは、現実的にはないだろう。もちろん、整理整頓された印象はどことなく与えるだろうが、ただそれだけのことである。

そもそもWebサイトのほとんどは広義でグリッドデザインであり、それがとりたてて「信頼感がある」などという印象を与えることはないだろう。対象となる一般ユーザーからすれば、グリッドデザインであるかどうかは認識の範囲外で、空気のように扱われてしまうものだろう。

だから、グリッドデザインにしてはいけない、という話ではない。色々な判断のもと、ユーザが気付かないような機能的な必然性を元に採用していい。あるいはデザイナーの主観やセンスで採用してもいいだろう。ただ、その効果を誇張して伝えるのは、言葉の信用を失うので止めるべきである、という話である。

これに限らず、大げさな表現、極端な前提条件を根拠に人を説得にかかるシーンを、仕事や日常生活でしばしば見かける。もちろん私自身も「ここで説得できなければマズい」という恐怖心や正常な判断力の欠如から、そういう表現をしたこともある。しかしこれは上記の広告と同じ結果を招く。ブランド戦略としてはマイナスなのである。

私たちは、ことさら大げさな表現はできるだけ控えるべきである。大げさな表現を繰り返すことで、この人の発言はいまいち信用できない、自分の都合のいいように事を進めようとする傾向がある、などという風に思われる危険がある。

逆に言えば、説得しようと言い過ぎない、実態とかい離した理想論や可能性の低い極論を持ち出さない、演出がかった大げさな言い方をしない、現実的な可能性にもとづいた現実的な説明をする、というのを日々心掛けていくことは、信用を培い、長期に渡って良好な関係を築く基本的な姿勢ともいえるだろう。

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