会社で実力主義が成立する条件

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代表取締役 枌谷 力

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みんなの日報の中で「実力主義」について何度か話題になったことがある。

私自身も当然、会社は本来は実力主義であるべきと考えている。私の身近な経営者や人事担当者の知人も、その話の内容から同様に考えているようだ。まともな感覚を持っていれば、たとえ重厚長大な大企業であっても、年功序列ではなく実力主義でありたいと経営層は思っているはずである。彼らが様々な人事制度にトライしているのはその証拠といえる。

しかし、そんな実力主義が社内になかなか浸透しないように感じられるとしたら、それは人事評価システムではなく、社員が持つ心理特性に真の問題が潜んでいるからではないだろうか。

人間には、自分の経験したこと、自分が目にしたことを過大に評価し、適切な割合や統計的な確率を読み誤る心理特性がある。利用可能性ヒューリステックと呼ばれるものである。

例えば10人の組織があり、それぞれの実力から導かれた貢献度で給与を分配しようとする。その貢献度を各自に自己評価してもらうとどうなるだろうか。例えば少し自信があるAさんは自分は15%と主張するだろう。かなり自信があるBさんは自分は20%と主張するだろう。あまり自信がないCさんは5%と自己評価するかもしれない。

このようにして10人全員の自己評価のパーセントを足してもおそらく100%にはならず、100%を超える。100%を超えるということは、貢献度に応じて配分しようとしても、誰か、もしくは全員が、自己評価よりも低い給与になってしまう。

自分がやったことは細かなことも記憶に残っている。逆に他人がしたことはそんなに細かくは覚えていない。それゆえに自分自身の行動を過大評価し、妥当な割合を読み誤ってしまう。自己評価が高くなりすぎると、自分が思っているほどの評価を他者からは得られない実感が高まる。

このような自己評価が高い人、つまり利用可能性ヒューリステックが強く働いている人を多く抱える組織では、例え会社が実力主義を強力に推進し、それに対応したシステムを用意しても、そのシステムに対する満足度はおそらく低いものになる。そして自己評価よりも低い評価を下された社員たちは、会社は実力主義ではない、不公平だ、という考えに至るだろう。

これを解決するために、実力やスキルをより厳密にスコアリングし、客観性をもっと高めようという発想になりがちである。しかしこれは良策とはいいがたい。

スキルを細かく設定するほど運用の手間がかかるようになるし、各項目の判断基準はいくら細分化しても結局は主観に行きつくからである。その主観的判断が利用可能性ヒューリスティックにもとづくのだとしたら、問題は堂々巡りだ。

実力主義を妨げる自己評価のミスマッチをできるだけ食い止めるのは、細かなスコアリングシステムではない。突き詰めて考えていけば、会社や仕事の価値観、考え方、評価基準などを明確にした上で、「日頃から会社と社員の間でコミュニケーションをきちんと行い、双方の想い、評価、考えを日ごろから共有しあうこと」という、なんとも当たり前で面白くもない結論だが、結局そこに行きつく。実力主義かどうかはもはや関係なく、会社と社員が満足・納得できればそれでいいのでは、という考え方だ。

「わが社は実力主義だ」などというのは経営側の思い込みで、社員には伝わっていないのかもしれない。どんなに人事システムに実力主義を取り入れ、実力を客観的に定義しようと精緻にシステマティックに整備しても、各人の自己評価の精度次第でその実力主義システムの価値は儚くも崩れ去る。

おそらくは、実力を厳密にスコアするシステム、スキルを緻密に可視化するシステムではなく、ミスマッチを最小化し納得感を高めるコミュニケーションのための仕組みづくりに重きを置き、組織を作っていかなければならないのだろう。

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