ウェブ制作 仕事の進め方

2-4-2. 顧客

執筆 枌谷 力
代表取締役
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20

顧客の理解は、マーケティングにおいてもデザインにおいても、その成否を左右する最重要テーマとなっています。それはウェブサイトにおいても例外ではありません。

名義上、ウェブサイトはそれを運営する企業のものです。その「私たちのもの」という意識から、「私たちが言いたいこと」「私たちが伝えたいこと」「私たちが大切にしていること」を中心に、ウェブサイトのコンテンツを考えがちです。

ところが、顧客を含むウェブのユーザーは、そんな企業の想いに付き合ってはくれません。ユーザーが操作しているブラウザは、いつでもすぐに他のウェブサイトに遷移できるようになっています。再検索も、別タブにある他社サイトへの移動も、ワンクリック/ワンタップで実行できます。

ウェブのユーザーは10秒以内にそのページを見るか去るかを決めるという話もあります。この例を持ち出すまでもなく、ウェブサイトの閲覧権限はユーザーにあります。たとえ企業のものであっても、企業のルールに付き合う必要は、ユーザーにはありません。物理空間のように、一度入ったら出られないような制約も、仮想空間には存在しません。

ウェブサイトの設計においても、顧客を理解し、顧客の視点を獲得するプロセスが、ウェブサイトの成否を決定するのです。

前時代のウェブ制作においては、発注者と制作者だけが密室で議論し、不特定多数の集団=群に向けてコンテンツを発信していました。このアンチテーゼとして、ユーザーの観察やインタビューを中心とした顧客体験のリサーチが重視されるようになりました。

しかし、「群」ではなく「個」に照準を合わせ過ぎるのも、行き過ぎた弊害を生みます。特定の個に完全に最適化してしまっては、その他のユーザーにとっては都合が悪いウェブサイトになってしまいかねません。

ウェブサイトの設計における顧客観察とは、特定の個が持つ深い動機や心理を汲み取りながら、不特定多数の群に至る手前、個と群の間で、1人でも多くの人が自分事化できるウェブサイトのコンテンツやUIを作り上げることです。

このような、群と個を行き来する顧客理解を行うために、私たちの戦略フェーズでは「顧客」をテーマに、以下のような議論を行っていきます。

※複数の事業を取り扱う場合には、事業別にこれらの議論を行います。

※ベイジでは以前より独自の顧客分析プロセスを構築し、後進し続けてきましたが、最新版では西口一希さんの『顧客起点の経営』で解説されている概念やフレームワークを参考にして、よりシンプルで洗練された手法になるようブラッシュアップされています。

  1. 顧客の最大数と現状の整理
  2. 顧客タイプの整理
  3. 顧客価値の整理
  4. DMUの整理
  5. 心理的ペルソナの作成
  6. 体験モデルの作成
  7. アイデアの整理

1. 顧客の最大数と現状の整理

現時点で、事業が成長ステージのどの段階にいるかは、想定される対象の全体数に対して、どのくらいの認知を獲得し、どのくらい顧客化できているかを明らかにすることで、定量的に把握することができます。

BtoBの場合、対象とは企業になります。そのため、名称をTAM企業数(TAM=Total Addressable Market)と呼びます。TAM企業数を定めるということは、市場を定義することとイコールです。

その商材がもし日本国内にあるすべての企業に導入の可能性がある場合、TAM企業数は約360万社になります。その商材が上場企業を対象とする場合は4,000社弱、売上1000億円を超える企業を対象とするなら1,000社弱が、TAM企業数になります。

このTAM企業数を前提に、見込み顧客/顧客の分布をより細かく定義していきます。具体的には、以下のような6段階のピラミッドを描き、6つの段階にいる顧客数/割合を明確にしていきます。

  1. ロイヤルカスタマー
  2. カスタマー
  3. 離反カスタマー
  4. 商談化リード(顧客化できていない)
  5. 未商談リード(商談化できていない)
  6. アノニマスリード(リード情報を獲得できていない/潜在顧客)
6段階のピラミッド

その上で、事業として以下の6つのどのシナリオを重視するか、数字上の可能性や難易度を考慮しながら、優先順位を明確にしていきます。(カッコ内は主な実施内容)

  1. カスタマーをロイヤルカスタマーにする(カスタマーサクセス)
  2. 離反カスタマーをカスタマーに戻す(インサイドセールス)
  3. 商談化リードをカスタマーにする(フィールドセールス)
  4. 未商談リードを商談化リードにする(リードナーチャリング/インサイドセールス)
  5. アノニマスリードを未商談リードにする(リードジェネレーション)
  6. アノニマスリードを増やす(市場創造)

さらに、どのシナリオのためにウェブサイトやオウンドメディアを活用するかも議論し、ウェブサイトの役割と紐づけしていきます。

このようにして、市場の定義と事業の現在地を定量的に表し、今やるべきことを明確にしていきます。

2. 顧客タイプの整理

BtoBにおける顧客定義は、「上場企業」「製造業」などのデモグラフィックで画一的に定義されていることも多いでしょう。TAM企業数を定義する上では、このような最上段のデモグラフィックなタイプ分類で構いませんが、コンテンツなどに落とし込むためには、より精緻で具体的な顧客タイプを描く必要があります。

この時に行いたいのが、属性ではなく、顧客ニーズによる分類です。

詳細に観察していくと、ほとんどの商材は単一の顧客ニーズではなく、複数の顧客ニーズに応えていることが分かります。その商材の入口になる接点という意味で「エントリーポイント」と呼ぶこともありますが、このエントリーポイント毎に、顧客タイプを分けていく必要があります。

例えば私たちベイジのウェブ制作事業における商材は「BtoB企業向けのウェブ制作」の1種類しかありません。しかしながら、エントリーポイントは複数存在し、売上の上位を以下のような顧客ニーズを持つ4種類の顧客が占めています。

4種類の顧客企業タイプ

このエントリーポイント/顧客ニーズ毎に分類された顧客の類型が、顧客タイプになります。

顧客タイプでは仮説ベースでWHO、WHAT、便益、独自性を定義し、さらに過去の顧客リストから顧客単価、対象社数の概数を導き出し、ウェブサイトの対象として有効化を定義していきます。

この仮説が正しいかを、この後に実施されるユーザーインタビューやユーザー観察で確認し、必要に応じて内容を更新していきます。

このような顧客タイプに分類した上で、共通する企業属性があれば、それも洗い出していきます。この共通属性の洗い出しについて、ベイジでは『コトラー&ケラーのマーケティングマネジメント』で紹介されている下記表を参考にすることが多いです。

ただしこうしてピックアップされる属性は、あくまで顧客の購買活動の累積から見えてくる結果や傾向に過ぎません。ウェブサイトの戦略、特にコンテンツの戦略を考える上でより重要なのは、属性の背後にある顧客課題や購買動機です。属性を列挙した重厚長大な顧客定義は「それっぽく見える」ので重宝されがちですが、本当に読み解くべきことは何かを見失わないよう、議論を重ねていく必要があります。

顧客タイプに関する解説の最後に、BtoBにおける顧客属性の中でも頻繁に目にする「エンタープライズ」と「SMB(Small Middle Business)」という分類について触れておきましょう。

BtoBの顧客戦略は「エンタープライズか?」「SMBか?」という視点から議論が始まることが多いです。BtoCにおいてはこうしたデモグラフィック的な視点で議論を始めることは意味をなさないことが多いです。しかしBtoBにおいては、企業規模から議論することには一定の必然性があります。なぜなら、企業規模によって、組織の風土や体質が変わり、問題、課題、動機、アプローチの仕方が変わることが多いからです。

より具体的には、以下のような違いが一般的に見られます。

企業規模による違い

BtoBマーケティングの世界では、「エンタープライズ相手とSMB相手では、同じ商材を扱っていてもまったく別のビジネスと思えるくらい違う」と言われることもあります。それくらい戦略が変わってきます。

ウェブサイトにフォーカスすれば、SMBの担当者は情報源としてウェブサイトを重視する一方、エンタープライズの担当者はあまり重視しない傾向もあります。これは大企業だからこそ既に社内で情報網が構築されていたり、決まった出入り業者が存在し、そこからの情報に依存していることが多いためと考えられます。

ただ、これらはあくまで一般論です。より詳細には、企業によって個別の違いがあります。また「SMB」とひとくくりにしても、10人の会社と1000人の会社では、組織の特性も抱えている課題もまったく異なります。議論の初期段階で、仮説ベースで戦略を組み立てるのに「エンタープライズかSMBか」という議論は便利ですが、やはり細部は個別に観察していく必要があると言えるでしょう。

3. 顧客価値の整理

顧客戦略を考える時、顧客の目線ではなく、企業の目線で勝手に価値を定義し、顧客に押し付けてしまうケースが後を絶ちません。それを防ぐためにここでは、タイプ分けしたそれぞれの顧客にとっての価値を明確にします。

価値定義のベースになるのは、顧客へのインタビューや行動観察になりますが、時にはフレームワークを用いることもあります。なかでも、「バリュープロポジションキャンバス」は、企業(提供者)側が考えていることと、顧客側が考えていることが対比的になり、顧客目線で考えるキッカケを作りやすいフレームワークです。

ただし、バリュープロポジションキャンバスをBtoBで用いる時は、BtoB商材は基本的に課題解決型/ペイン解消型商材が主であるため、上部のゲインクリエイター/ゲインの議論は必要ないかもしれません。

またBtoBの場合、「目の前の顧客」しか見ずに「顧客の先にいる顧客」を見ないことで、本質的な価値が分からなくなる、その結果焦点がボケたコンテンツやコピーを作ってしまう、ということも起こります。

BtoB企業の場合であれば、例えば以下のような流れがあり、それぞれで価値の交換がなされているはずです。

BtoB企業から、代理店企業に営支援業ツールを提供することで、BtoC企業の営業課題を解決し、最終的に消費者が望む価値を提供する。

この構造を捉えることで、ウェブサイトやコンテンツの制作において、短絡的ではない、顧客の心を捉える、本質的なメッセージが考えられるようになります。

上記のような手法を用いながら、顧客から見た時の価値を言語化していきます。

4. DMUの整理

BtoBとBtoCの大きな違いの一つに、意思決定者が複数存在することが挙げられます。もちろん、BtoBでも単独で決定したり(ワンマン社長が決める)、BtoCでも複数人で決定したり(家族で決める)、という例外は多々ありますが、大きくは、BtoB=組織購買、BtoC=個人購買、という傾向があります。

BtoBの意思決定に関わるのは平均して5.4人という調査データもありますが、こうした意思決定に関わるグループを、DMU(Decision Making Unit:意思決定関与者)と呼んだりもします。

DMUの構成員はそれぞれ、以下のような役割を担います。

  • Decision Maker(意思決定者):購買の最終的な意思決定を行う上司
  • Buyer(購入者):購買の検討を進める担当者
  • Influencer(情報通):特定の情報に精通して社内で影響を与える人
  • Gate Keeper(案内係):社内の担当まで繋いでくれる中継係
  • End User(利用者):実際の製品の利用者

このうち、ウェブサイトの主な利用者になりやすいのが、以下の2種類です。

  • Buyer(購入者)
  • Influencer(情報通)

BuyerはDecision Makerとのやりとりの材料を集める傾向にあるため、Decision Makerの情報ニーズをウェブサイトに反映しておく必要があります。

またInfluencerは日常的に情報を収集しているため、SNSやオウンドメディアでの情報発信によってInfluencerと繋がり、課題化した時にInfluencerが社内への紹介や推薦を後押しする、という動きが発生することがあります。

このあたりは実際には業種・業態・企業によってケースバイケースであるため、顧客インタビューなどで購買のプロセスを確認した上で、現実的なDMUの条件をウェブサイトやコンテンツに反映していきます。

5. 心理ペルソナの作成

ペルソナは、特にチーム内で方針や認識を明確にするのに有効なツールです。一方でペルソナ=ターゲットと誤解されることも多く、プロジェクト内や社内に周知する際には丁寧な説明が必要です。

一般的なペルソナには、名前、性別、年齢、職業、居住地、家族構成などが設定されます。アイデア発想ツールとしてペルソナを用いる場合、こうした属性を付与して具体化した人物像が想像力/創造力を膨らませるキッカケになります。一方、設定された各属性に引っ張られ、アイデアが偏る可能性もあります。

例えば、中古車を購入するのは40代の男性が多いというデータが得られたとしましょう。しかし、中古車は40代の男性だから買うのではなく、なんらかの要求と適合するから選択されるわけです。それなのに「40代の男性」に注目してアイデアを考えてしまうと、実際の購入動機とはかけ離れた発想をしてしまう可能性があります。

属性を具体化した精緻なペルソナにも、同様のリスクがあります。大事なのは「課題」「動機」「インサイト」などであって、年齢や性別や居住地ではありません。(もちろん、年齢や性別や居住地が購買を左右する商材の場合はその限りではありませんが)

また、BtoBにおいては、課題解決型商材を経済合理性を中心に集団で協議しながら組織購買する、という特性があります。それぞれの人は、それぞれの役割の中で行動しており、コンビニでドリンクを買う時のように、個人の性格・好み・気分で選択する、ということが起こりません。

つまりBtoBにおいては、ペルソナのように架空の人物像を細かく描くことは現実離れした議論を助長する可能性もあるわけです。「使うべきではない」という話ではありませんが、ケースバイケースで有効性を見極める必要があります。

ベイジでも長らくペルソナを扱ってきましたが、こうした諸々の経験から、最近は一般的なペルソナではなく、「心理ペルソナ」と呼ばれる、限定的に定義されたペルソナを用いることが増えています。

心理ペルソナとは、DMUにおける役割、関与者との関係、仕事における心理やストレスなど、個人の性格ではなく、購買行動や購買動機に繋がる傾向のみをピックアップしたペルソナです。(これは厳密にはペルソナではありませんが、お客さまの社内で受け入れやすいようにペルソナという言葉を用いています)

また、接点を持つ人物の理解に、『隠れたキーマンを探せ!データが解明した 最新B2B営業法』で紹介されている7つのタイプを引用することもあります。

ゴー・ゲッター

  • 組織改善を第一に考えている
  • 常に優れたアイデアを探し続けている
  • 具体的な結果を出すことにこだわっている
  • 提案の「なぜ」より「どうやって」を重視する

スケプティック

  • 提案の「なぜ」を重視する
  • 新しいアイデアやチャンスをまず批判的に見る
  • 無意味に抵抗してるわけではなく、納得がしたい
  • 多くの情報を求め、注意深く下準備をする

ティーチャー

  • アイデアや知見の伝達を良しとする
  • 社内で助言を求められることが多い
  • 組織で信頼を得ており、説得に長けている
  • 理想を描くのが好きで、他者にもそれを求める

フレンド

  • 友好的で、社内でもネットワークを築いている
  • 人脈を大事にしており、礼儀正しく、人の話を聞く
  • 仕事上の成果に繋がらない話にも、親身に耳を傾ける
  • 人間関係を重視するあまり、組織を動かす力に欠ける

ガイド

  • 情報通で「社内の最新情報」に精通している
  • 情報を交換することで組織内の地位を高める
  • 社外の人には真実を話す
  • 噂話が好きで、部外者が困るような情報も提供する

クライマー

  • 自分にとっての利益を最優先する
  • 自分の影響力が高まる仕事を好む
  • 過去の実績や成功談を話すのが好き
  • 自分に得るものがないと思える仕事には無関心

ブロッカー

  • 変化を嫌い、現状維持を選択する
  • 安定や継続を好み、変化や混乱を嫌う
  • 変化を回避する理由を常に探している
  • 変化を目指す人物を妨害しようとする

顧客の「個を考える」という観点では、架空の人物を設定したペルソナより、実在の人物を観察するN1分析の方が有効です。実際に私たちも、予算や期間さえ合えば、できるだけ顧客インタビューや顧客観察の機会を設けていただき、個々の顧客の理解に努めます。

一方で、マーケティングにしろ、コンテンツにしろ、ウェブサイトにしろ、「個」に最適化することはできず、ある程度の「群」に対応していかなければいけません。その段階で、「個」の共通要素を類型化したパターン化が必要になります。心理ペルソナなどのツールは、こうしたパターン化に役立ちます。

こうした考えもあり、ベイジでは、顧客インタビューや顧客観察から個を知り、心理ペルソナなどを用いてパターン化を行ったうえで、ウェブサイトの主題である「どういうコンテンツを載せるべきか」の解を導き出していきます。

6. 顧客体験モデルの作成

顧客を定義したら、次に体験モデルを定義していきます。ここでも重要なのは、個の情報をベースに群のパターンをモデル化する、という視点です。具体的には「カスタマージャーニーマップ」をベースにした「顧客体験モデル」というツールを用います。

BtoB詳細の場合、ライフサイクルやライフイベントの中で課題が自然発生的に生まれるというより、「上司が変わった」「上司が知り合いから話を聞いた」「競合が新製品を出した」などの要因で突然課題化され、購買の検討が始まることが多いです。こうしたBtoBならではの事情を踏まえながら、購買プロセスを以下の4つのステージに分類していきます。

  1. 課題形成前(ゴール:課題化)
  2. 情報収集(ゴール:ロングリスト作成)
  3. 詳細検討(ゴール:ウェブ問い合わせ)
  4. 最終検討(ゴール:発注)

それぞれのステージごとに、主だった行動、情報ニーズを整理し、それに対応するコンテンツを発想していきます。同じことを、心理ペルソナ別、あるいは顧客タイプ別に行います。

ウェブサイトを中心とした顧客行動の詳細化は、この後の「チャネル」でも実施するため、顧客体験のモデル化は、それほど精緻には行いません。ただ、制作対象となっているウェブサイトが、顧客体験においてどのステージで訪問されるものかは、明確に定義しておきます。

7. アイデアの整理

1~6までのインプットや議論をしながら、ウェブサイトに反映しなければならないアイデアをリストアップしていきます。アイデアは『要求リスト』というスプレッドシートに整理され、ウェブサイトが満たすべき要件となっていきます。

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